第10話 魔王だって参加するから


「そう……じゃあ、もうエリスには用がないってことね」


 確かに用件は済んだけど。俺にはまだ気になることがある。


「いや、強いて言えば用と言うか要望だけど。エリスとしてエボファンの世界を楽しんで欲しいな。

 俺はエボファンが好きだから、みんなにもリアルエボファンの世界を楽しんで貰いたいんだよ」


「ふーん……言われなくても楽しむわよ」


「そうか? エリスは全然楽しそうに見えないけどな」


「……仕方ないでしょ。私は本物のエリスみたいに、素直で良い子じゃないもの」


 エリスは憮然とした顔をする。地雷を踏んだか。


「悪い、余計なことを言ったみたいだな。だけど俺も全然アレクらしくないって自覚しているけど、それで構わないと思ってるよ」


 ゲームのアレクは世界を支配しようとする魔王だ。反魔王派は粛正するし、魔族以外の全ての種族を敵に回して戦争を起こす。

 だけど俺には誰かを支配したいなんて欲求はない。『始祖竜の遺跡』の戦士たちは支配しているけど、支配する前は自我のないモンスターだったし。あくまでも目的は自己防衛のためだからな。


「だけど……私がこの世界に転生してたのは、エリスの役目を果たすためだと思っているわ。

 私がエリスを演じないと、物語が変わるかも知れないじゃない」


「ああ、そう考えているのか。だけどさ、悪いけどアレクが魔王を辞めた時点で、話は変わっているからな。

 これからだって……なあ、エリス。俺は他にも転生者を知っているんだ。そのうちの一人とエリスは直ぐに会うことになる」


「それって……レイナでもライラでもないってことよね?」


 残りのメインキャラの2人が転生者だと判明していないことは、さっき教えたからな。

 俺の知っていることを全部話すつもりはないけど。エリスに直接関わることについて、隠し事をするつもりはない。


「エボファンの最初のイベントで、エリスたちは魔族と戦うことになるだろう? その魔族の中に転生者がいるんだよ」


 俺が転生者を探していた対象は、プレイヤーキャラだけじゃない。敵キャラやモブキャラに転生した可能性もあるからな。

 全部虱潰しという訳にもいかないけど。エボファンの物語メインストーリーに絡むイベントの登場キャラは、可能な限りチェックしている。


 魔族を探るときは、アレクの姿を見せる訳にはいかなかった。今のアレクは失踪中の魔王だからな。

 だからが転生者だと解ったのは幸運だと言える……探りを入れたら直ぐに解ったけど。


「魔族の中に転生者って……私は転生者を殺さないといけないってこと?」


 エリスの表情が変わる。躊躇ためらいと戸惑いが見える。いきなり転生者と戦うだなんて、予想してはいなかったんだろう。


「え……えーと。魔族でも転生者なら、話し合えば良いんじゃない?」


 戸惑っているのはソフィアも一緒だ。だけど本物のエリスを演じなければいけないと思っている彼女とは立ち位置が違うから、ソフィアの方が楽天的だ。


「相手にその気があればな。俺が探りを入れた限りだと、そんな雰囲気でもなかったけど」


 別にエリスを困らせるために、こんな話をしている訳じゃない。


「まあ、そんなに心配する必要はないよ。アレクもイベントに参加するし、魔族の転生者のことは何とかするからさ」


「え! アレクも参加するの! 私もクルセアのイベントに参加したかったの!」


「だよな。エボファンの物語に絡むイベントには参加したいよな。だったらグランたちと一緒に、チョップスティックとして参加するか?」


「うん! 早くグランたちにも伝えないと!」


「ちょっと、待って! 魔王の貴方が本気で参加するつもり?」


 ソフィアと二人で盛り上がってると、エリスが割って入る。


「アレクの顔を隠せば問題ないだろ。せっかくエボファンの世界に転生したんだから、俺は物語に絡むイベントには全部参加するつもりだ」


 いや本気マジで。

 俺たちを転生させた黒幕とか、俺より先に転生した奴とか。警戒すべき相手はいるし、可能な対策は全部打つつもりだ。

 だけどリアルエボファンの世界を楽しむことも、俺にとっては同じくらい重要なんだよ。


「貴方がイベントに参加したら、魔族同士で殺し合うことになるのに?」


「俺はアレクを演じるつもりはないから、自分が魔族だって感覚はないけどな。

 それに感覚の話をすると、俺にとっては魔族も他の種族も人間だって一緒だ。

 ゲームじゃなくてリアルだがら、魔族を含めてを殺すことになるかも知れない。それも承知の上で、俺はイベントに参加したいんだよ」


 俺は別に人を殺したい訳じゃないけど、アレクに転生した時点で覚悟はしている。

 ここはリアルエボファンの世界だから、モブなんて存在しないし全てのキャラに人格がある。


「私は……そんな覚悟なんてないよ」


 俺が現実を告げると、ソフィアが泣きそうな顔になる。

 人を殺す自覚はなかったみたいだけど。別にソフィアを責めるつもりはない。


「だったら、イベントに参加しなければ良い。ダンジョンを攻略してモンスターを倒すだけなら、人を殺す必要なんてないからな」


「だけど……アレクは参加するんでしょ?」


「ああ。だけど俺は好きで参加するから、ソフィアが付き合う必要はないよ。

 それでも参加するなら、覚悟はしておいた方が良い。

 俺がフォローしても良いけど、自分で魔族を殺さないと生き残れないケースだってあり得るからな」


「うん……ちょっと考えてみる」


 これでソフィアがイベントを参加することを諦めても、それはそれで良いと思う。

 覚悟のないまま人を殺すか、自分が死ぬかという二択になる方がきついからな。


「アレク……貴方は本当に人を殺す覚悟があるの?」


 エリスが俺をじっと見ている。


「覚悟はしてるつもりだけど、俺もまだ人を殺したことはないからな。

 本当に殺してしまったら後悔するかも知れないけど、それを含めて覚悟はしているよ。

 ああ、だけど俺とエリスは条件が違うからな。

 俺は魔王に転生したから、その時点で人を殺すことになるだろうって思っていたし。

 リアルエボファンの世界で生きる以上、理由がある・・・・・なら人を殺しても構わないと思っているよ」


 俺の考え方を誰かに押し付けるつもりはない。


「エリスは自分の考え・・・・・で、リアルエボファンの世界を楽しめば良いんじゃないか。

 メインキャラに転生したからって、無理にイベントに参加する必要はないよ。

 おまえが参加しなくても、俺が全部イベントをクリアするからさ」


 魔王に転生したからって、俺は敵キャラを演じるつもりはない。


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