第8話 3人目 ※エリス視点※


 私、加藤真奈かとうまなは『エボリューション・ファンタジー』の世界に転生した――エリス・クロームとして。


 なんでエリスなのって、最初に思った。

 天真爛漫なお姫様なんて、私のキャラじゃないから。

 前世の私は全然可愛くなかった。性格も悪いって自覚しているわ……どうせ私はエリスみたいに、素直な良い子じゃないもの。


 だけど転生した以上は仕方がないから。私はエリスを演じることにした。

 前世の記憶に目覚めたのは12歳で。突然性格が変わると、不審に思われるもの。


 正反対の性格のエリスを演じるのは、正直苦痛だったけど。決して難しくはなかった。

 12歳までのエリスの記憶も一応ある……まるて他人の記憶みたいで、記録データというべきかも知れないけど。知識としては役に立った。

 王族としての礼儀作法や、パーティーのときのダンスも。スキルを習得済みだから問題なかった。


 あとは性格……天真爛漫な良い子って。言い方を変えれば、世間知らずの馬鹿ってことよね。

 馬鹿を演じるのは、自分よりも能力が高い人を演じるよりも簡単だから……こんなことを言う私の性格が、悪いのは自覚している。だけどそんなに間違ったことを言っているとは思わない。


 ううん、本当は解っている……私はエリスみたいな素直な良い子じゃないから。表面的には馬鹿に見える彼女を、演じることしかできないことくらい。

 だけど私は偽物だから、仕方ないじゃない。


 私は下手な演技をしながら思っていた……私を転生させたのが何者なのか、何を考えているのかと。


 一度も会ったことがない相手のことは理解できないけど。私をエリスに転生させたってことは、エリスの役目を果たせってことだと思う。


 『エボリューション・ファンタジー』にそっくりなこの世界で。私が完璧にエリスを演じれば、魔王アレクの魔の手から世界は救われる。

 そのために私は転生したと仮定して行動しよう……もし間違っていたら、私を転生させた何者かが妨害するだろうから。そのときに軌道修正すれば良い。


 あとは私以外にも転生者がいる可能性。

 もしも私以外に転生者がいるなら。転生者同士だからと協力し合えるかも知れない。

 だけど私は人に好かれるような性格じゃないから。他の人と上手くやれる自信がなかった。


 相手に嫌われて、足を引っ張られるかも知れないし。初めから悪意がある相手という可能性もあるもの。

 だから他の転生者には、気を付けようと思っていたけど……


 2度目の人生でエリスとして17歳になって。ゲームの設定通りに王宮を抜け出す計画を立てていた矢先に――彼が現われた。


 人間の姿をしているけど、間違いなく魔王アレクだと思う。

 ゲームにこんなイベントはないから、つまり彼も転生者だということね。


 だから私は気づかないフリをした。

 アレクにとってエリスは、自分を倒す邪魔者だから。協力なんてできる筈がないから。


 だけど魔王アレクが転生者なら。エリスの私は世界を救うために、同じ転生者を殺さなければいけない。

 そんな覚悟が自分にあるのか……人を殺したことなんてないから解らなかった。


 答えが出ないまま。私はセリカたちと旅に出ることになった。


 セリカとパメラとガレイ。現実の世界でも、彼女たちは私と一緒に来てくれた。

 私は偽物のエリスなのに……エリスみたいに良い子じゃないのに……

 だからせめて彼女たちが不幸な結末を迎えないように、頑張ろうと思う。


 同じ転生者のアレクを殺せるかなんて、まだ解らないけど……

 セリカたちのためにも、私はエリスの役目を果たすつもりだ。


 ゲームの物語が始まるクルセアに到着すると。冒険者ギルドでアレクに再会した。

 偶然の筈がないから、待ち伏せされたってことね。

 一緒にいるのは……ソフィア?


「あっ、エリスにセリカ、それにパメラとガレイもいる!」


 え? いきなり何を言い出すの?

 転生者であることを隠す気はないってこと?

 でも目的は……


「エリスにセリカって……まさか王女様と聖女様か?」


「あの髪の色……もしかして本物じゃないか!」


 なるほど、そういうこと……アレクとソフィアに転生した二人が手を組んで。エリスたちの行動を妨害するつもりね。

 だけどアレクが実力行使に出ないなら……私にも勝ち目があるわ。


※ ※ ※ ※


 冒険者ギルドの端にあるテーブルで、俺はエリスと向き合っている。

 他の奴に聞かれたくない話をするなら、個室の方が良いに決まっている。

 だけどエリスがあえてギルドの一角を選んだ理由は、魔王アレクである俺を警戒しているからだ。


 逆の立場なら、俺だって警戒する。現時点でラスボスのアレクに勝てる筈がないからな。

 俺に敵意がある可能性を考えれば、人目につかない場所に一緒に行くなんて自殺行為だ……ゲームのエリスなら、絶対にそんなことは考えないけどな。


「『防音サウンドプルーフ』……これで問題ないわね。だけど読唇術を使う冒険者がいるかも知れないから。口元を隠して喋ってくれるかしら」


 もう完全に転生者であることを隠す気はないみたいだな。

 冒険者ギルドの中で、魔法を使うのはNGだけど。攻撃魔法じゃなければ、グレーゾーンだってことも解っている。


 ソフィアに名前をバラされたときの対応力といい。エリスに転生した奴は侮れないな。


「貴方たちはエリスとセリカの行動を妨害したいみたいだけど。メインキャラの行動を阻止してシナリオを変えるつもりなら、やり方が手緩いわよね。いつでも妨害できると私を脅して、何かをさせたいってこと?」


 そう考えるか。完全に的外れだけどな。


「え……シナリオってどういうこと? エリスは何を言ってるの?」


 ソフィアがキョトンとした顔をしている。


「呆れた……まだ惚けるつもり? ソフィアと魔王アレクが一緒に現れて、いきなり私とセリカの名前をバラしたんだから。貴方たちが私と同じ転生者だってことくらい解ってるわよ」


「え……ちょっと待ってよ! アレクが魔王で転生者?」


「だから、いい加減にしなさいよ……え? まさか、本当に気づいていないの?」


 エリスとソフィアが同時に俺を見る。

 まあ……こうなったら、キチンと説明する必要があるな。

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