第1章 聖王国編

第4話 もう一人の転生者 ※ソフィア視点※


 私、一条絵理香いちじょうえりかは『エボファン』の世界に転生した――プレイヤーキャラの一人、ソフィア・グレネードとして。


 ゲームのエボファンは、100人以上いるプレイヤーキャラの中から、1人を選んでプレイするスタイル。

 選ばなかったキャラも、NPCとして登場して。キャラたちが複雑に絡み合って、物語が展開するんだよね。


 私もエボファンは結構遊んだから。愛着のあるこの世界に、転生できたことは素直に嬉しいよ。

 でも、できればメインキャラのレイナやエリスに転生したかったけど。そこまで贅沢を言っても仕方がないよね。私はソフィアも可愛いから好きだし。


 ソフィア・グレネードは聖王国クロムハートの冒険者。金色の長い髪とエメラルドの瞳。小麦色の肌がトレードマークの17歳の美少女。


 さすがに自分で美少女というのは、抵抗があるけど。ソフィアのキャラデザは勝気な美少女って感じだから、仕方がないよね?


 私が前世の記憶に覚醒した時点で、ソフィアはすでに冒険者だった。

 細かい設定まで覚えていないけど。ソフィアは貴族出身とか、美味しい設定はないみたい。


 初めからスキルと魔法が使えたから。冒険者として生きることは難しくなかったよ。

 だけど、この世界はゲームじゃなくて現実だから。死んだらリセットできないって、自分に言い聞かせながら慎重に行動した。


 そして覚醒してから2年――17歳のソフィアはB級冒険者になった。


 冒険者ランクは一番下がFで、一番上がSの7段階。ゲームのソフィアの冒険者ランクは知らないけど。B級なら頑張ったって言えるよね?

 

 ここまでは順風満帆という感じだね。スマホもネットもない世界だけど。それさえ我慢すれば、ご飯もお菓子も美味しいし。可愛い服だって結構あるんだよ。


 アイスやチョコは高級品。化粧品コスメはメチャクチャ高いけど。B級冒険者になった今の収入なら、問題ないよ。


 それと私なりに色々調べたり、記憶を思い出して。まだゲームのエボファンが始まる前だって気づいたの。


 今日は帝国歴1985年3月18日……エボファンが始まるのって、いつだっけ? そこまで覚えていないよ。


 とりあえず、ゲームの最初のイベントは憶えているから。私は聖王国クロムハートの東部の都市クルセアに向かうことにした。


 パーティーのみんなには『クルセア名物のお菓子が食べたい!』って言ったら。ジト目で見られたけど、結局みんな一緒に来てくれたよ。


 だけど、そのイベントにソフィアは登場しないんだよね。ゲームのときはレイナでプレイしたから、ソフィアのイベントを知らなくても仕方ないよね?

 もしクルセアのイベントに参加できなかったら。まあ、そのときはそのときだよ。 


 クルセアまでは2週間掛かった。移動に時間が掛かるのだけは、ちょっと問題だよね。

 馬車に長く乗っていると、お尻が痛くなるし。この世界にも車や電車があれば良いのに。


 クルセアに着いたら、冒険者ギルドに登録して。街の近くのダンジョンに向かった。

 ここなら近いから日帰りできるし。いつイベントが起きても問題ないよね。


 毎日ダンジョンから帰ると。みんなと一緒に夕ご飯を食べて。宿屋のお風呂に入ってから眠る。

 ダンジョンの冒険は楽しいから全然退屈しない。明日はおやつにチョコを買って行こうかな……なんて一昨日までの私は考えていたけれど。


 冒険者ギルドでを見掛けてから、ずっとドキドキしている。


 長い黒髪で金色の瞳がミステリアス。ちょっと大人っぽい感じ……いやいや、そうじゃなくて!


 二本の角も翼も生えていないけど。あの顔は……エボファンのラスボス、魔王アレクだよね?


 だけどパーティーのみんなも他の冒険者も全然反応なくて。驚いているのは私だけだよ。

 え……誰も魔王だって気づいていないの? それとも本当に別人?


 ギルドの職員の人に、それとなく訊いてみたら。彼はD級冒険者のアレクだって教えてくれた。


 名前まで同じって、絶対本人じゃない。

 だけど私が唖然としても。職員の人は何を驚いているのかって感じだった。


「だって……アレクって魔王の名前だよね? 目も金色だし」


「そうですけど、良くある名前ですし。金色の瞳は確かに珍しいですけど。魔王がこんなところにいる筈がないでしょう?」


 言われてみればそうなんだけど。顔まで魔王そっくりなんだから、本人だよね?


 あ……私はゲームでアレクの顔を知っているけど。この世界の人は、魔王の顔なんて見たことないか。


「なあ、ソフィア……おまえの行動、かなり怪しいぜ」


 パーティーの仲間のグランに、声を掛けられて。カウンターに隠れながらアレクを覗き見している自分の怪しさに気づく!


「アハハ……もうグラン、何言ってるの? ちょっと疲れたから、カウンターに寄り掛かっていただけじゃない。もう大丈夫だから、さっさと行くよ!」


「おまえなあ……」


 グランのジト目を無視して、その場から慌てて逃げ出した。


 そのときも、アレクは何の反応もしなかったし。昨日も冒険者ギルドでお酒を飲んだり。他の冒険者と話をしているのを見掛けただけ。

 これといって怪しい行動はしていないみたいだけど――


 そもそも彼が本物の魔王アレクなら。魔王がいきなり登場するなんて、どういうイベントよ? こんなイベントがあるなんて、全然聞いてないから!


「なあ、ソフィア。3日もサボって身体が鈍ったから、さすがに明日はダンジョンに行こうぜ」


 今夜もパーティーのみんなで夕ご飯を食べている。戦士のグランと神官のメアに、魔術士のカイと盗賊のシーラ。そしてソフィアの5人がB級冒険者パーティー『チョップスティック』のメンバーだよ。


 一昨日から急に服を買いに行きたくなったとか。限定のお菓子を買いたいとか。色々理由をつけて、私はダンジョンに行くのをサボっている。

 私の我がままに、みんなを付き合わせるのは申し訳ないけど。冒険者のアレクが魔王かも知れないから、見張っているとか言っても。信じて貰えないよね。


「みんな、悪いけど……明日ダンジョンに行くなら、私抜きで行って来てよ。ちょっと体調が良くなくて……私は明日もお休みにするね」


 勿論嘘だけど。アレクの正体が解るまで、クルセアの街を離れたくない。


「ふーん……体調がねえ?」


 疑わしそうな顔をしたのは、今度もグランだ。


「何なの……身体のことなんだから、仕方ないでしょ」


「いや、その割にいつも通りに食ってるし。明日もサボる理由は別にあるんじゃないかってね……おまえさ、あいつのことばかり見てるよな」


 グランの視線の先にいるのはアレクだ。


「な……何を言ってるの。そんなことないよ!」


 アレクをずっと見ていたのは本当だけど。笑って誤魔化す。


「なあ、ソフィア。俺たちに隠すことないだろう。おまえも女なんだし、好きな男ができても不思議じゃないよな」


「え……グラン、な、何言ってるの? 勘違いしないでよ!」


 慌てて言い返したら、思わず声が大きくなる。

 もう! 見張っていることをアレクに知られたら、どうするのよ!


「あの……俺に何か用があるんですか?」


 いきなり声を掛けられて、ドキッとする。いつの間にか、アレクが隣に立っていた。

 長い髪に金色の瞳……ちょっと、顔が近いよ!


「よ、用なんてないよ!」


 誤魔化そうとしたら、アレクに苦笑された。


「何言ってんだよ? バレバレだって……一昨日から俺のことを見ていただろう。何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ」


 覗き込むように、金色の瞳がさらに近くなる。

 顔が熱くて、ドキドキして逃げ出したかった。


「だよなあ……ソフィア、俺もそう思うぜ。良いタイミングだから、こいつと二人で話をしろよ」


 グランがニヤニヤ笑って席を立つと。他のみんなも生暖かい目で離れていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ。みんな!」


「ソフィア、ごゆっくりー!」


 シーラまでニヤニヤしてるし。絶対、勘違いしてるよ。

 アレクはじっと見てるし……もう、どうすれば良いの?


「そういうことか……何となく想像がついたよ。おまえも仲間に勘違いされて、苦労してるみたいだな。俺も同じような経験をしてるから解るよ」


 アレクの目が優しくなる……なんか、凄く嬉しい。


「そ、そうだよね……勘違いしないでって言いたいよね。私はソフィア・グレネード、B級冒険者だよ。あの……ア、アレクも座ったら?」


 恥ずかしくて。まともに顔が見れなくて、視線を逸らす。

 アレクは私の正面に座った。


「まあ、同じ冒険者だし。俺の名前くらい知ってるよな。ところで、ソフィアは何で俺のことをずっと見ていたんだよ?」


 やだ……完全バレてる!


「えっと……その……」


 どうしよう……何て言えば良いの?


「わ、私はアレクが……魔王に似ているし、名前も同じだから……」


 私はアレクを魔王じゃないかって疑っていた……んだよね?

 なんか色々混乱して来て……思わず言ってしまった。


「ア、アレクって……か、彼女とかいるの?」


 何言ってんの、私? 恥ずかし過ぎて気絶しそう。


「……え?」


 だけど唖然としているアレクの顔を見たら、もっと恥ずかしくなったよ。

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