ヤンデレ聖女は女神様の為に戦う
どくどく
アンジェは女神の存在を実感する
「天に住まう女神フローラ様。朝日の恵みに感謝します」
アンジェの朝は祈りから始まる。両手を合わせ、朝日に向かって祈りを捧げる。今日と言う一日の始まり。太陽そのものではなく、平和な一日の始まりに。
女神フローラ。天秤を手にする女神。その目が見た司るのは、平和と調和。
『汝、不要な争いは避け給え。諍いを避け、話し合いをもって解決せよ。
汝、恵み与え給え。必要以上の財を持たず、貧する者に分け与えよ』
太陽神ラーズを筆頭とした善なる神の一柱。争いを好まない慈悲の神。戦いを生業とする仕事からは敬遠されるが、そうでない仕事の人からは愛される。そんな立場の神。それ女神フローラ。
五分近く祈りを捧げていたアンジェは、おもむろに近くにあったハサミを手にする。フローラの聖印が彫り込まれたハサミ。それを愛おしげに手にした。そして恍惚とした表情でそれを自分の方に向け――躊躇なく突き刺した。
深々と突き刺さる刃。流れる血。出血と共に失われていく生命。死に近づくアンジェは、迫りくる死を感じながら聖なる言葉を捧げていた。
『
それは祈りの言葉。神の奇蹟を請う言葉。天上の神に願い、癒しの力を降臨させる。世間では『
一言一句、違えることなくそして確かな神への愛をこめてアンジェは口にする。女神フローラよ、慈悲を与え給え。その言葉に添うように女神の力がアンジェの傷を癒す。深々と自らを貫いた傷は、見る間に塞がり癒えていく。失血による失調も取り払われる。
「ふふふ。女神フローラ様のお力。それを感じることができてアンジェは幸せです」
自らを指した部分を撫でるようにして微笑むアンジェ。そこには傷一つない自分の体がある。それは女神の深い愛の結果。そして自分が女神に愛されている聖女と言う証。それを確かめ、頬を赤らめた。女神の慈悲、女神の愛。それを感じ取り、恍惚に浸る。
血まみれのハサミ。それを丁寧に拭いていく。血を完全に払った後に砥石で研ぎ、鋭さを保つ。刃が鈍ってはいけない。だって深く傷つかないと、女神様の愛を感じられないから。痛くて苦しいからこそ、あの癒しを深く感じられるのだ。
「ふふふ。今日はギュレスダケにしましょう」
その後でアンジェは小瓶を手にする。紫色の毒々しい液体。ギュレスダケと呼ばれる毒キノコのエキスを集めた小瓶。これだけあれば巨人すら葬れるほどの毒瓶を――一気に飲み込んだ。
体内に回る毒。アンジェを襲う頭痛と吐気。ハンマーで殴られたかのようなめまいが脳を揺さぶり、体中をひっくり返すかのような嘔吐感が繰り返される。死に至る数秒の間、アンジェは迷うことなく祈りの言葉を捧げた。
『
解毒の奇蹟。体内に入った毒や病魔を打ち払い、健康体に戻す神の奇蹟。柔らかな女神の抱擁を感じ、アンジェは涙する。ああ、これが女神フローラの愛。これが女神フローラの奇蹟。私は確かに目が見に愛されている。それを強く感じることができた。
「ああ、フローラ様。あなたの慈悲を感じることができてアンジェは幸せです。次は――」
アンジェは自らの指をつかって、躊躇のない動きで両方の眼球を抉った。脳を襲う強烈な衝撃。消える視界。あまりの痛みで地面に倒れるが、アンジェの笑みは深い。嗚呼、痛い。痛い。痛い。痛い――死にそう目が見えない真っ暗だ。だけど――女神様はここにいる。
『
欠損部位回復の奇蹟。落盤や倒木などにより四肢を失った人たちの部位を回復させる奇蹟だ。これを使えるのは高位の司祭。しかも複数の僧侶を伴った儀式により行われるが普通だ。それをアンジェは単独で、しかも苦痛の中で成功させる。
「見える! 見えます! フローラ様が与えてくれた瞳! あはぁ、これでアンジェの体のほとんどはフローラ様の力が宿ったものになりました!」
自らを抱くアンジェ。その顔はこの上ない喜びに満ちていた。
流れるような髪も。瞳も、鼻も、口も、両腕も、両足も、白い肌も、ふくよかな乳房も、子を産むための器官も、すべてすべてアンジェ様の奇蹟が携わっている。そのことに歓喜していた。
「自らに死者蘇生がかけれない事だけが不満ですが……」
心臓や脳と言った取り除けば即死亡する部位はまだ女神の奇蹟を受けていない。それが不満のようだ。できるなら、この体全てで女神の奇蹟を受けたい。この体全てがフローラ様の手で触れてほしい。
だけど自分一人ではそれがかなわない。死ねば奇蹟は使えない。死者蘇生が使えるほかの司祭に頼めばそれは可能かもしれないが、そんなことは許されない。他人の愛が混じった奇蹟など、女神様の純度が下がる。
「いいえ、いいえ! これも試練なのですね、フローラ様! 女神への愛を深め、その域に達せよという試練!
ええ、アンジェは理解しました。できないなどとあきらめず、女神様の愛を広め、奇蹟をさらに深めよと!」
落ち込んでいたアンジェだが、すぐに顔をあげて笑みを浮かべる。誰もアンジェに声などかけていないのだが、アンジェには確かにそう聞こえたのだろう。世界を愛するように両手を広げた。
「さあ、今日と言う一日の始まりです。女神フローラ様のために、頑張りましょう」
聖女アンジェの一日が、始まる――
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