第195話

まずは、入ってすぐにクローゼットがあり、その奥に扉がある。

その扉は洗面所につながっている。

……手洗い場が二つある! 珍しい。

洗面所は扉が三つある。

一つは入ってきた扉、もう一つはトイレ、最後の扉は浴室につながっている。

トイレ、バスが別っていいよね。

浴室を覗いてみると、洗い場は狭いものの湯船は足が伸ばせそうな広さがあった。

そして何より湯船に面した壁に大きいはめ込み型の窓があり都会の景色が一望できる。

夜景を見ながらのお風呂……いいね。

夜に入るのが楽しみになったなと思いながら寝室へと移動した。


「あら……もういいのかしら?」


「――っはい」


オリヴィア様からの声で我に返る。

寝室へ足を踏み入れて目に飛び込んできたのは、浴室で見たよりもずっと広い圧巻の都会の景色。

二面が大きな窓になっていて、部屋が角部屋の為、まるで壁が無いかのように錯覚してしまう。


ゆっくりと窓の方に歩みを勧めれば、先に窓の傍のソファーに腰を下ろしていたオリヴィア様が私の為に場所をずれて空けてくれる。


そして二人して窓の下を覗き込む。


「……経験したことのない高さ……少しだけ足がすくんでしまいますね」


「……そうですね、ちょっとだけ……いえ、普通に怖いですね」


あの相良さんのジェットコースターを思い出して首がすくんだ。


アイテムボックスから暖かいお茶を取り出して傍にあるテーブルに置く。

オリヴィア様と一緒に喉を潤し今後の予定を話した。


「今日はこの後そこに見える大型商業施設に行きます」


「おおがたしょうぎょうしせつ? そこに見えるというのは……どれですか? 建物と言うのは分かるのですが建物が多くてどれがどれか分からなくて」


その場から立ち上がり手で指をさしながら説明をした。


「この建物……この建物自体にお店がたくさん入ってます。 ここでお買い物です」


「まぁ……私ちゃんと歩けるかしら、心配ね」


そう言われてオリヴィア様の足元を見る。

歩きには向かないヒールの高い靴を履いている。


「もしよろしければ靴を歩きやすいものに変えますか?」


「歩きやすいもの?」


そう言って私が持っている靴を出して見せた。

……出して見せたが足のサイズが合わない事に気づき、最初に見るのは女性向けの靴屋となってしまった。




部屋に入って一時間後、私とオリヴィア様がサフィリア様を、長谷川さんとアルフォート様が公爵と陛下を部屋に迎えに行った。

エレベーター前で待ち合わせをし1階へと降りる。


――ホテルの敷地を出る。


ここに来る前に事前確認はした。


最初カタログギフトを使用した時はたとえ宿泊であろうとホテルの敷地から出たら異世界に戻っていた。

何度か試してみても誰が行こうとも結果は同じ。

これは宿泊場所以外行けないのかな、と思いわしたものの諦めきれず片っ端から書きこめるところに注釈みたく書きこみを入れてみた。

そうすると最後のご要望欄に観光ありと書いたら敷地から出ることが出来たのだ。

ただ、その書き込みをするときっちり泊まらなければならず途中での帰還が出来なくなった。


……それに気づいたときは焦ったなぁ。


気づいたときは皆で来ている時ではなく、昼間に一人で試している時だった。

夜には皆で泊まりに来る予定だった。

しょうがないからその日は泊まって翌日朝一番でホテルを出ると帰れた。

皆にはずいぶん心配されたなぁ……とその時のことを思い出した。


そんなことを考えながらふと皆の様子を見る。


長谷川さん以外全員が緊張した面持ちだ。


長谷川さんは行けるようになってから何度か試したから分かっている。

ローレンツ様、アルフォート様とオリヴィア様は、ホテルの敷地外に行けるようになってからはこちらに来たことが無かった。

ただ、サフィリア様や陛下よりもこちらに来た回数が多い分、緊張よりも期待感が上回っているようだ。


瑠璃さんは何とも言えない表情をしている。 困惑している? 嬉しい? 悲しい? よくわからない。


陛下やサフィリア様は隠し切れない緊張が伝わってくる。

扉越しに見える人込み、ホテルと商業施設を繋ぐ歩道橋、空には飛行機、建物は高層。

こんなに見るものすべてが初めまして、の場所に来るのも初めてだ、仕方ないよね。


「さあ、行きますよ」


「ああ」


連絡手段は私と長谷川さんと瑠璃さんの携帯電話しかない為、どこかに行くときは必ず三人の誰かが付き添うことになった。


……と言うか私はともかく長谷川さんと瑠璃さんは携帯電話を持ってたんだ。 数十年あっちに居たんだよね? 時間の流れどうなってるの? と疑問には思ったが追及しても謎が深まりそうなので今はやめておいた。


隊列は私が先導、続いてアルフォート様とオリヴィア様、陛下、瑠璃さん、ローレンツ様とサフィリア様、最後尾は長谷川さんとなった。


皆が頷いたのを確認し歩き出す。


自動ドアが開く、初夏独特のカラッとした暑さが身を包んだ。

海が近いせいか熱されたアスファルトの匂いに混じり微かに潮の匂いもする。


「……これは何故橋が架かっているんだ? 随分高さがあるようだが」


おっと、ホテルを出て早々質問が陛下から来たよ。


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