白い街の夢
ゆーせー
1
プロローグ
夢とはある種の「希望」なのか。
それとも…「願望」。
それとも…「妄想」。
―ましてや「その他の何か」…、なのかもしれない…―
1
「また、ここか…」
周りが真っ白な空間。俺はひとりで佇んでいる。
少しずつ目が慣れてくると、とある街が姿を現す。でも、建物などは真っ白。
この光景は何度も見ており、望まずして見慣れたもの。でも……。
ピキッ…!
突然、どこからともなくガラスのひび割れるような音が聞こえてくる。
そう。この現象によって真っ白い街が壊れていくのだ。
あらゆる箇所でひび割れ始め、それは連鎖するように空間に大きな爪痕を完成していく。
次第に足下にも爪痕は浸食していき、真っ白い街は崩壊の一途を辿る。
毎回こんな感じの崩壊に遭うのだが…、どうしてもこれだけは慣れない。
どうしたらいいのか、全く分からないのだ。焦りと恐怖が俺の精神を、もの凄い勢いで蝕んでいくのが分かる。
どこまで逃げても追ってくる恐怖は、まるで生きているかのようで。
どんなに走っても、おぞましい光景は変わらない。
だけど、そんな世界の終りのような状況の中、そっと俺の左肩を触れる手があった。
なぜかその手に安心感を抱いてしまう。俺以外、誰もいないはずなのに。
思わず立ち止まってしまうと、手の主であろう気配が耳元まで近づく。
そして…、そっと優しい声で囁きかけてくる。
――大丈夫だよ――
「ううぅぅ…」
さっきまでとは違う場所。色のついた天井が、視界を埋め尽くす。
ここは…、俺の部屋。
言わずもがな、先ほどまでのは全て夢の中の出来事。幾度も繰り返し見る悪夢だ。
「クッソ……、起きるか…」
顔を洗いに洗面所に向かうと、鏡の向こうにすごく疲れた顔をしている自分がいる。
ただ寝て起きただけだというのに、なんともひどい顔。
そんな自分の顔にため息をついていたら、寝室の時計から八時を知らせるアラームが聞こえてきた。
「…行くか。しゃーねぇ…」
五分で身支度し、家を後にした。
今日は七月二〇日。夏の暑さを全身で感じられる…、実に鬱陶しい日。
太陽がギラギラと己の存在を主張してくれている今日この頃。日陰を探して歩いてはみるが、どうせ無駄骨だろうことは分かっていた。
日陰などどこにもないうえに、あったとしても暑さを紛らわせられないことは、経験論に基づいて考えれば容易に想像できるからだ。
まぁただ暑いだけならいいんだけど、アイツがいるともっと暑く感じる。
「うおぉ~~~~い!」
噂をすれば、後ろからデカい声が聞こえてきた。さっきのアイツとは、この声の主のこと。
通行人の何人かの目線が…、痛い。
とりあえず前を向いて、他人のふり…。
「おいおい~。無視すんなし~」
このクソ暑い日だというのに、いつも通り俺の右肩に腕を回してくる。
気温も、絡み方も、暑苦しい。
「なんだよ、大空」
こいつは神井大空(かみい たく)。なんと幼稚園の頃からの腐れ縁らしい。
身長が百八十後半あるだけでなく…、イケメンなのだ。二人で出掛けると、大空だけ逆ナンされるほどに。
「今日、一限目から美人サンなんだよ~。いいだろ?」
こんな感じで、俺以外の周囲に誤解を招くようなチャラい言動を度々する。
原因は中学の頃に遡るのだが、大空自身も触れられたくない問題なので俺も無理に踏み込まないが、まぁ色々あったのだ。
それはそれとして、さっきの謎自慢が理由で朝から元気なのか…。
確かに毎週月曜日の朝はテンションが高かったが、初めて知ったその理由は…、別に大したことなかった。
まったく…。その元気、分けてほしい。
「あー。いいなー」
テキトーな台詞が勝手に口から零れ落ちたことに自分自身、さほど驚きがなかった。
きっと疲れの取れない睡眠が原因だろう。最近、真っすぐ歩いている感覚がない。
「ん~? どした? 元気ないな~皇輝。……昨日も見たのか? あの夢を」
「んまぁ。でも、なんでわかった?」
「俺らの友情は伊達じゃねぇからな!」
胸を叩きながら誇らしげな仕草をしているが、会話が嚙み合ってないような気がする。
ところで自己紹介が遅れた。
俺は、四ノ宮皇輝(しのみや こうき)。大空と同じ大学で二回生。
大空は俺の信憑性のないぶっ飛んだ「白い夢」の話を真剣に聞いてくれて、一緒に悩んでくれる数少ないイイやつなのだ。
「まぁ、なんかあったら言えよ? 俺には白い夢はよ~わからんけど」
昔からそうなのだが、なんだかんだ頼りになるやつなんだよな…。だから嫌えない。
「サンキュ。あてにしてるぜ」
「おう! まかせとけって! 今度のは、結構いい感じのおまじないなんだが…」
「怪しい臭いしかしてないが、大丈夫か? それ」
「駅前で占いしてたおばちゃんの受け売りだぜ?」
「それ、なしで頼むわ」
そんなくだらない会話をしていると、同じ年の瀬の人達をちらほら見かけるようになってきた。たま~に奇抜な恰好の人もいるが…、大学はそんなもんだろう。
ふと空を見上げると、相も変わらず眩しい太陽が覗き込んでくる。
「今日もがんばらねーと」
なんてガラにもないことを、天に向かって呟いていた。
ここは、天夢(あまゆめ)大学。東京ドーム約三つ分の敷地を有していて、校舎数も二十を優に超えるビッグスケール大学。
俺が講義を受けている校舎は新設で、茶色がベースカラーのレンガ造り。そこに大きなガラスがたくさん埋め込まれており、室内に日の光が満遍なく注ぎ込まれる。
頭には鋭角屋根を被り、そのすぐ下にはどこから見ても時間が分かるくらい大きな時計が設置されている。
どこをどう見ても、漫画とか小説で出てくるような魔法学校をモチーフにしているとしか考えられない造り。それに何故か、俺の使っている校舎以外は、普通に白塗りで四角い豆腐のような造りばかりなのだ。
そんな校舎が因果関係にあるのかさっぱりなのだが、この大学は意外と人気らしい。
その証拠に毎年、入学生を多く抱え込んでおり、生徒数が他の大学に比べて数倍多いらしい。
俺はと言えば、当時の偏差値的になかなかレベルの高かったこの大学。入学当初は「本当にこの大学の生徒なのか?」とか「周りから浮いていないか?」とか気にしたものだ。
今やその大学の、新設校舎三階の第七講義室の最後尾窓際が俺の特等席になっていた。
大学生になってからの二年はとても早く感じる。なんて考えながら講義室の時計を眺める。
講義が始まるまでまだ五分程ある。まぁ本でも読んでおこう。
以前まで読んでいたページに挟んでおいたしおりを抜き取ると、物語がそこから再び始ま…。
「おはよ~~う♪ 皇輝君」
「うおっ!?」
いきなり耳元で囁きかけてくるせいで、声が裏返ったのだが。
「可愛い声だしちゃって~」
などと茶化してくるこいつは、この一限目の講師で夢籐正悟(むとう しょうご)。歳はトップシークレットらしい。素性の殆どが謎で、そこが他の生徒から人気があったりなかったり。
わざと自分で謎に包ましている部分もあり、面白がっている節がある子供みたいな人なのだが、「夢が人にもたらす影響」などの論文で賞をもらっている、実は凄い人。
以前、大空経由で知った夢籐の凄さに驚きつつも、なんとなく「白い夢」について話してみたことがあった。
『へぇ~。それは大変興味深いねぇ~』
俺の一生の不覚は、この男に気に入られてしまったことだと思う。
謎男である夢籐に親密に関わっているのは俺ぐらいで、そのせいでデキているのでは? と陰で囁かれているのだ。…正直勘弁してほしい。
ほら。視界の端の女子生徒達がこちらを見ながら騒いでいる。
それもそのはず。夢籐は兎に角、若く見える。
俺と一緒にいても違和感がないくらいなのだ。そしてこいつも、大空と同じくらいイケメン…。
大空といい夢籐といい、どうして俺の周りはイケメンだらけなのか…。
やべ、目尻に涙が…。
「僕に会えたのがそんなに嬉しいのか~。お兄さん照れちゃうぞ!」
俺のため息と同時にチャイムが鳴り響く。この時ほどチャイムが救いの音だと思ったことはないだろう。
「ばか。鳴ったぞ、はやく前に行けよ…」
「おんや~? 照れ隠しぃ~?」
「どこ見たらそんな考えになるんだよ」
「んも~、つれないな~」
などと言いながら、教壇の方に向かう。その途中で、女子生徒から何か手紙と小包を受け取っていた。
差出人の頭を優しく撫でながら一言、二言と会話をすると、後ろを振り返って俺にピースサインを送ってきた。
ドヤァと言わんばかりの顔で。
あれは講師として大丈夫なのだろうか。
ちゃらんぽらん夢籐の講義は、その人間性とは反比例してレベルが高い。あまりにも難しい話に、集中力が切れやすい俺の意識は窓の外に行ってしまうこともしばしば。
この大学内の校舎の配置上、俺の視界に映るのは本館と東館。普段はあまり校舎の方は見ず、空を眺めていることが多いのだが、今回は何故か東館に目がいった。
その時、東館二階の講義室にいる窓際の女子生徒と目があってしまった。
黒髪は肩まで伸びていて、ゆるやかなウェーブを描いている。どちらかというと寝癖より癖毛感がでている。
目はぱっちりしていて、口元のえくぼが印象的。その整った顔は綺麗というより可愛らしいが当てはまるだろう。
だが、何より気まずい。知り合いなどではないのと、二年通っているにも関わらず、初めて見た顔だったから。
この場合、何事もなかったかのように向ける視線を外せばいいのだが、何故かそれが出来なかった。
あまりにも可愛らしいのは認めよう。でも、目が合った程度で恋に落ちるような軽い人間じゃないことは自負しているつもりではいる。まず間違いなく、色恋には発展しないだろう。
では何故、ここまであの子に惹きつけられるのか? 数十秒が経った今も尚、目が合い続けているのは?
不格好に悩んでいると、不意に相手の子が軽く会釈してきた。それに反射的に会釈し返すと、何とも言えない表情で苦笑いされた。
それを合図に、お互い前を向…。
「僕の話を聞かずに、女の子に夢中になっているのは誰かなぁ~?」
「うおっ!」
夢籐の顔が十センチもないところにあったせいで、またも叫び声が裏返ってしまう。
「またまた、可愛い声出しちゃって♪」
わざわざ最後尾の席のところまで来て、尚且つ俺が前を向くまでそこにいたのだろう。なんかもう色々とめんどくさい。
挙句、周りの女子生徒達からはさんざんな言われよう。
「私もしてほしい~」
「なんであいつばっかりなのよ!」
「先生ってそっち系?」
とか聞こえてくるが、普段に比べてこの程度で済んで良かったと思ってしまう俺はきっと重症なのだろう。
当の本人は気に留める様子もなく、今も俺の顔を見ながらニコニコしている。
ブレないというか、無関心というか。俺に理解できる次元ではない事だけは確かだ。
その後、夢籐との謎の言い合いで午前の授業が無事? 終わった。
昼はいつも食堂を利用しているので、寄り道せず食堂に向かう。
昼時の食堂は言わずもがな、いつも学生でごった返している。広大な敷地と校舎があるということは、その分学生も多くいるのは当然なのだが、なぜかこの大学には食品の販売所が食堂の一か所しかない。利用する度に、不便だの非効率だのぼやいていたのは誰にも言えないが。
そんな見慣れた烏合の衆に飽き飽きしていると、先程目が合った子を偶然見つけた。
周りに友人らしき人達がいるが、一際異彩を放っているように見える。
はっきり言って、友人達とは比べ物にならないくらい可愛らしい。それだけでなく、身に纏うオーラ的な雰囲気が違っている。なんていうか…、「大学生はおしゃれして可愛く!」とかではなく「自然な感じが一番!」みたいな?
語彙力が乏しい俺では言い表しづらいその子は、要するにザ・自然体の体現者だということだ。
にしても、我ながらよくこんな場所で見つけられたなと感心してしまう。
目が合った子は、他の学生に比べて割と背が低いのだ。同じ女子同士でも目線が上を向くほどに。
その子の特徴を見つけては驚いたり感心したりと長々と見つめていたせいか、その子が俺の存在に気づいた。
その子は一緒にいた友人達に何か言うと、人の波をかき分けながら一人で俺の方に駆け寄ってきた。その姿はまるで子犬の様。
そして俺の目の前まで来ると、思わずドキッとしてしまう上目遣いで話しかけてきた。
「あ、あの…。私が誰か、分かりますか?」
思わず…、ドキッとしてしまった。
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