第2話 理論上はそう

 右を見ても、左を見ても――そこにいるのは女の子。

 ここはいわゆる女子校であり、貴族の女の子が多く通う士官学校であった。

 そう言えば、以前に学校の名前を聞いたこともある気がするが、あまり記憶してはいなかった。

 まさか、女子しかいない学校に入ってしまうとは……。

 いや、本来であれば全く問題はないし、むしろ教える方も助かるはずなのだ。

 問題は、ここで『私より強い子』を育てたとして、それは同じ性別同士なわけで――恋に発展するわけでもない、ということだ。

 ……そもそも、女の子同士でそういう関係になる、というのはまあ、騎士団でも聞いたことはある程度の話で、私には無縁のものだと思っていたし、今もそう思っている。

 しかし、『後進の育成に努めて参ります!』と張り切って進言してしまった以上、今更『女子しかいないとは聞いてないので……』なんて理由で止めるわけにもいかない。

 私はもう引き下がれないので、残念ながらここで剣術講師を務めるほかないのだ。

 ――思えば、邪な考えを持って、ここにやってきたことが間違いだったのかもしれない。

 きっと、そうだ。しっかりと、騎士として次代に繋がる者を真面目に育てろ、と女神様が仰っているのだ。

 そうやって自分自身を納得させて、私は校舎内を歩き出す。

 担任をしているわけではなく、私が教えるのはあくまで剣術の授業のみ。けれど、騎士にとって剣術は最も大事なものだ。

 生徒達からの『憧れ』の視線を、ただの憧れで終わらせてはならない。気を引き締めていなかなければ――


「アリシア先生、ちょっといいですか」


 そう考えていた時、不意に一人の生徒から声を掛けられる。

 やや赤みがかった髪色をして、凛とした顔立ちをした少女は――真剣な眼差しを私に向けていた。


「ん、君は?」

「私、リンス・テレンシアと言います。ここの一年生です。先生に一つ、質問したいことがあって」


 一年生、ということはまだ授業をしたことはない。

 けれど、これから騎士を目指す大事な時期だ――質問にはしっかりと答えよう。


「何かしら?」

「アリシア先生より強かったら結婚できるって言う話――本当ですか?」

「あ、そ、その話?」


 いきなり答えにくい質問が来てしまった。


「えっと、どうしてそれを聞きたいの?」

「私にとっては、大事なことなんです」


 何が大事なのか分からないが、まあここの生徒にも噂話として伝わっているくらいに広まっているのだろう。


「そうね。『私より強い人がいれば』結婚してもいいと思ってるわよ」


 そのために自分を超える人材を育成しようとして講師になり、結果女子校の講師になってしまうという、なんとも言えないオチがついてしまっているのだが。

 大事なこと、というくらいだし、ひょっとしたら彼女の家族が、私に決闘を申し込みたいとでも考えているのだろうか。

 私の答えを聞いて、リンスは嬉しそうな表情を浮かべ、


「……それを聞いて安心しました。では、先生。私と決闘してくれませんか?」

「望んだ答えで良かった――え?」

「それで、私が勝ったら、私と結婚してください」

「え、えええ……!?」


 ――講師になって早々、女子生徒から決闘と結婚を申し込まれてしまった。

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