第一二〇話 馬鹿げた世界(リディキュラス)
「出れましたね! いやあどうなるかと思いました」
私たちは地下街から抜けて、ようやく地上へと抜けることができた。結果的には敵の首魁であるテオーデリヒを倒し、先輩を救い出して誰一人欠けることはなかった。迷宮探索としては満点と言ってもいいだろう。
開発部の作ってくれた日本刀は折れてしまったけど……
『……まあ、あんな武器と一緒にされる方が不愉快なのだが、我は世界を変える魔剣だぞ? もっと恭しく扱ってもらっても構わないのだぞ?』
そっと柄に手を添えて撫でると、なんとなく満足そうな気持ちが伝わってくる……お前猫かよ! くだらないことを考えつつ外の空気を吸っていると、先輩が少しだけ安心したような顔で私のそばへと近寄ってくると、そっと私の手を取って微笑む。
暖かい……先輩にそっと手を握られたことで私は頬が少しだけ熱くなるのを感じる。
「灯ちゃん……ありがとう。僕はあのまま帰れないかと思っていて……君は命の恩人だよ」
「い、いえ……恩人だなんて。私先輩を助けたかったので……無事でよかったです」
私は先輩の手の暖かさに少しだけほっとした気分になって、目を逸らす……なんだか恥ずかしいんだもん。先輩の手ってこんなに大きいんだな……いつも手を繋いだりすることもなかったので、なんとなく彼の手に触れていることが嬉しくなってそっと握り返す、手を繋ぐってなんか幸せな気分になるよなぁ。
「それで……僕は君に大事なことを……伝えたいんだ」
「え? だ、大事なこと……ですか?」
その返答に先輩は真剣な表情で頷く。
え?! こ、ここで?! 私は大事なこと、という言葉に心臓が跳ね上がりそうになる。私は彼の言葉をじっと待つ……すごく恥ずかしくて彼の顔を見ることができない。
心臓が高鳴る、頬も恐ろしく熱い……ちょっと怖いけど、でも私も彼のことす……いや、好感を持っていたし、一生懸命頑張る彼の姿を見るのは本当に尊敬していたのだから。
よく考えるとエツィオさんとリヒターが近くにいるんだけど、まあエツィオさん中身女性だし、リヒターは死体だし問題ないだろう。
ドキドキしながら彼の言葉を待っていると、意を決したように先輩は驚くべき一言を発する。
「今の僕は君と一緒にいられない……ごめん……」
「……は? ……ふぇ?」
間の抜けた声を出してしまったが、えーと……え? ちょっと待って? なんで一緒にいられないって……。口をあんぐり開けて放心している私に、先輩は目に涙を溜めて……頭を下げる。
そして再び顔を上げた時、彼は本当に心の底から私をドキッとさせるような、男性の顔を見せた。
「僕は弱すぎる……強い君の隣にいることができない……だから、僕が強くなるまで、自信を持って君のことをずっと好きだって言えない」
「……あ、あの……え? ええ? わ、私そんなこと気に……えええええ?!」
私は、頭が真っ白になっている……先輩が努力をしている姿がとても好きで、勉強だって教えるの上手だし、一緒にいてほっとする人なので好きなのに……なんで? 思考がまとまらない……全身に脱力感というか、体を支えることも辛くなってきた。
お茶してる時にニコニコ笑って私の他愛もない話を聞いてくれるあの時間が大好きだったのに、それもなくなるってこと?! なんで?!
「灯ちゃん……僕は君に並び立つくらい強くなりたい、でも今のままじゃ……追いつけないんだ。だから僕は強くなる……その時に再び君に告白したい」
「え? いや……べ、別に私ほど強くなくても……私先輩にそんなこと望んでなくて……」
「違うんだ……僕は今のままでは君の足手まといになる、それでは僕は自信を持って
「ひゃうっ……!」
あ……愛してる……ッ! その言葉に頬が真っ赤に染まり、心臓がまるで矢に射抜かれたような衝撃を受けて私は思わず悲鳴をあげそうになる。い、いや……そんな愛してるとかちょっと、その……他の人いる前でめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
あいつら何やってんだ? と言わんばかりのリヒターの赤い目と、非常に興味なさそうな視線を受けて殺意をちょっとだけ覚えたが……エツィオさんもこちらをチラリと見ていたが、興味がないのかそのままリヒターと話し込み始める。
「せ、先輩……そのお気持ちは嬉しいですし、でも、私今までみたいにお茶とか飲めるだけでも……」
「僕は君の笑顔が大好きだ……ずっと抱きしめていたいくらい心の底から好きなんだ」
「はうぁっ!?」
思わず顔が綻んでしまうが、おっといけないそんな締まりのない顔を先輩に見せるわけには……って今どういう状況なんだ、もう本当に何が起きているか私自身理解できていない。
『どう見ても愛の告白アンド強くなるまで会わないってイベントみたいなやつだろ? 灯の中身がアレなのによくやるよなあ……』
こ、こいつ……一週間くらい海水につけてやろうかしら。武器のくせにイベントとか言ってんじゃねえよ! お前現代知識なんで知ってんだよ! という文句を心の中で叫ぶも、
「僕と一緒にいてくれる君の横顔も、剣を振るっている君の凛々しい姿も……本当に好きなんだ、でも……僕は君の隣にいれるほど強くない、君を守ることができない」
「そんな……そんなことないです、先輩は別に弱くなんて……」
私のその言葉を聞いて、先輩は手のひらを見つめて本当に悔しそうな顔で首を横に振り、改めて私の手を握りなおすと……再び口を開いた。
その言葉に、私はどうしてこうなったのかもう何が何だか状況が理解できずにその場でひっくり返りそうになる。ちょっと待って! 大事な話って……こんな話なのかよ! これは私は望んでない!
「だから……僕は強くなる、どんなことをしてでも。だから……少しだけ距離を置かせてほしい。僕が君を迎えに行ける自信がついたら僕から声をかけるよ……我儘でごめん」
「よかったんですかぁ? 正直あそこで殺せましたよ?」
ララインサルは前を歩くアンブロシオに不満そうに声をかける。どうして止められたのだろうか? 彼の問いに歩みを止めて、アンブロシオが微笑んだまま振り返る。
ああ、優しい笑顔だ……魔王と呼ばれ恐れられているのに、このお方は本当に慈愛に満ちている。
「すまんな、お前の好きなように戦わせなくて。だが、今この場で彼女を殺すことに違和感を感じた。異世界でも何度も感じた違和感だ……」
アンブロシオはララインサルの頭をそっと撫でて微笑む。その手の感触に頬を染めつつ、嬉しそうな表情でされるがままになるララインサル。
ああ、お優しい……敵であっても情けをかけられるお方なのだ、僕はこのお方がやめろというなら戦いを止めるし、死ねと言われれば喜んで命を投げ出すだろう。
「彼女の持っていた刀……あれは
アンブロシオは記憶にある
まあ、いい……あの剣が再び自分の前に立ち塞がるのであれば、全力で立ち向かうだけだ。彼が軽く手を振ると、その手の中に光り輝く剣が出現する。
「わぁ、久しぶりですね!
ララインサルがアンブロシオの手に生み出された美しい装飾の
「わかっています……まさかこの世界に存在しているとは……あの邪悪な魔剣が……」
ララインサルは主人の微笑みを見つめて、少しだけ心が温かくなった気分を感じて……目的地であった古い神社に目を移す。
世界は変わってきている、自分達がこの世界へときた際にはここまで魔素が多くなかった。でも
地道な努力が身を結び、ララインサルが住んでいた世界とこの世界の魔素は近づき始めている。
「では、始めますね」
その言葉にアンブロシオは
そう、この日本という国には忘れられた伝承や、数々の逸話が残されている。海外でも多くの存在が確認できる……それらは次第に忘れられて、その姿を消してしまっているが……こうやって小さな神社に祀られていることもあるのだ。
「へえ、ここには虫が祀られているんですねえ。昔の日本人って色々なものを神格化するんですね」
「文献にもあったが、この国には
アンブロシオが朽ちた神社をそっと撫でると、不思議な光があたりを包み、小さな甲虫が地面から湧き出す……まるでその中から王者のように、巨大な
怪物は何語かわからない不思議な言葉を捲し立てているが、その姿を見てアンブロシオがその怪物へと笑顔で、優しく語りかける。
「※X▲●! *+=$&%!!」
「他の場所も回らんといかんからな、手っ取り早く話すとしようか……小さき神よ、我の言葉を聞き、我に従え、そしてこの馬鹿げた世界を……共に滅ぼすのだ」
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読者の皆様
自転車和尚と申します。
第二章終了です、今後も読んでいただけますと幸いです。
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