第一一七話 迷宮主(メイズマスター)

「こっちらしいな……とりあえず急ごう」


 私達、迷宮メイズへと入ってきた三人と先輩を入れた四人は闘技場の奥に開いた通路を歩いている。リヒターとエツィオさんが先導し、私は先輩と並んで歩いている。

 先輩はあの後泣き止むまで少し時間がかかったが、オレーシャから伝えられた迷宮メイズ消滅までの制限時間や、通路をどうやって抜ければ出口へと向かえるのかを話してくれた。


『闘技場の観客とは別に、脱出用の通路があるんだそうだ。そこから迷宮主メイズマスターの部屋を経由して出口へと抜けられるんだって言われた』

女淫魔サキュバスだろ? 信用できるのかい?』

『それは大丈夫……僕は彼女の治療で命を取り留めたし……嘘はついていないと思う』

『青梅君がそういうなら、信じてあげようじゃないか……いいね灯ちゃん』


 久々にみた先輩の横顔を見て、少しだけホッとすると同時になんだかじっと見つめてしまう自分がいて少しだけ混乱する。

 あるぅれぇ? なんで私こんなに彼のこと見てドキドキしてるんだろ? 私の視線に気がついたのか、先輩は微笑むと私の手をそっと握る。先輩が繋いでくれた手の温かさに急に恥ずかしさが増してきて、頬が恐ろしく熱くなる。

 うう、なんで急にこんな気持ちに……そうか、無事に彼を助けられたからホッとしてそんな気分になってるんだな、そうだ、そうに違いない。

「灯ちゃん、心配かけてごめん……あとここから脱出したら大事な話がしたいんだ」


 だ、大事な話!? その言葉を聞いてさらに顔が熱くなる私……前世で大事な話といえば、どちらかというと愛の告白とか、お前が欲しい的な何かが多くノエルも多くの女性にを持ちかけていたものなので、とてもじゃないけど今の私に彼の話に耐えられる気力は残ってなさそうだ。

 うーん、ちょっと先輩に迫られちゃったら私どうしよう、自分はそんなにチョロくないと思ってきたけど、案外目移り激しいし、今は先輩の顔見てドキドキしっぱなしだし、前世がノエルじゃなきゃこのままでいいんだけどなあ。

 昔ミカちゃんに読ませてもらった雑誌の『初めてのH特集』の内容を思い返してまた顔が熱くなる……記事の内容で顔を真っ赤にしている私を見てミカちゃんがとても意地悪そうに笑っていたのが鮮明に思い出せるわ。


『灯……お前……はぁ……』


 全て破壊するものグランブレイカーがめちゃくちゃ呆れたような声で話しかけてくる……あ、いかん。この剣には私の考えが筒抜けだったんだ。


『ノエルもまあ酷かったが、魂を継いでいるお前も相当、その……アレだな』


 あ? アレってなんだよ……カチンときた私は全て破壊するものグランブレイカーの柄を軽く叩く。私こう見えても女子高生だし、好きな人の一人や二人くらいいるってーの。

 ノエルの記憶は私も持ってるけど、彼はどちらかというと無差別だったでしょ? それと一緒にされるのはどうかと思うんだけどなあ。


『いや、思い出せていないようだがノエルも毎回同じこと言ってたぞ、本気で愛を育むとかなんとか。これは真実の愛だとか、全ての女性に平等に愛をとか……毎回シルヴィとかいう女性に殴られていたな』


 ……それとは私は違うと思うんだけどなあ……どちらかというと私一途だと思ってるんだよ? 確かにそのエツィオさんとか志狼さんとか色々素敵な男性が出てきてグラグラしっぱなしだけど、別に全員とどうこうなりたいなんて願望はないわけだし。

 それにどちらかというと私はそれまで男性に興味が全くなかったんで、ここ最近だけなんだよなあ。


『……まあ、ノエルとお前の共通点は惚れっぽいところだな、良くも悪くも……』


 惚れっぽいって……私別に男性とお付き合いしたいわけじゃないもの。ノエルと一緒にされても困っちゃうんだけど。

 こめかみに指を当ててうんうん唸る私を何やってんだ? という顔で先輩が見ていることに気がついて、慌てて笑顔を取り繕う。

 そんな私をキョトンとして見つめた後、優しく微笑む先輩……うう、そのイケメンスマイルはちょっと心に毒ですよ。

 でも実はわたし、剣と話ができるんです! なんて言ったらやっぱり速攻で病院送りになってしまいそうだし……なんか秘密が増えていっている気がするなあ。


「部屋だ……」

 そんな私たちの前に通路が開け、大きめの部屋が出現する、部屋の中央には巨大な水晶のようなオブジェが置かれており、壁一面には本棚が設置されていて大量の書籍……背表紙に書いてある文字は全く読めないのだけど、書斎のような部屋が広がっている。

 水晶は私たちの接近と同時に奇妙な音を立て始め、ぼんやりと光り輝くとその中に女性のような人影が映し出される。

 警戒して構えようとする私たちを抑えるように、リヒターが手を振ると水晶に語りかけ始めた。

「……現在の迷宮主メイズマスターは誰か?」


迷宮主メイズマスターはテオーデリヒ……いえ、生命活動の停止を確認しましたため、現在は迷宮主メイズマスターは不在となっております」

 人影はとても不思議な声色でリヒターの質問に答える。その返答に満足そうな表情で頷くと、リヒターは私たちへと向き直る。

「ここが迷宮主メイズマスターの部屋だな、テオーデリヒの死によって一時的にこの迷宮は所有者不在だ。このまま放置しても良いが……接収してしまおうかと思っている、異論は?」


「……リヒターはこれを手に入れて何をするつもりだ?」

 エツィオさんは少しだけ警戒した表情でリヒターに尋ねる……先輩が私と繋いでいる手に少しだけ力を込める、返答次第ではという気持ちが伝わってくる。でも私はそれほど心配はしていない……。

「手に入れたら……KoRJの訓練用施設に使えるなと思った次第だ、今回の件だけでなくKoRは明らかな人手不足……人材の育成は急務だと思ったが」


「そりゃ困るよ、せっかくの迷宮メイズを子供の遊園地みたいにされちゃ困るからね……迷宮主メイズマスター権限移行を命じる」

 背後から急に声をかけられて私たちは慌てて構えながら振り向くと、そこには黒いタキシードに身を包み、ニヤニヤと笑みを浮かべる闇妖精族ダークエルフララインサルが立っていた。

「おっと……戦闘は無しだ、この部屋に設置されている水晶に傷でも入ったら……みんな出れなくなっちゃうよ?」


「ララインサル様の迷宮主メイズマスター登録を完了しました、おかえりなさいませ古き迷宮主メイズマスターよ」

 水晶の人影が恭しく頭を垂れ、新しい迷宮主メイズマスターを歓迎する。満足そうに頷くと、ララインサルは歪んだ笑顔のまま私たちの顔をじっと見つめて、まるで執事のようなお辞儀を見せる。

「どうもみなさん、新しい迷宮主メイズマスターのララインサルです……よろしくね」


「ララインサル……お前何しにきた?」

 リヒターの問いに、アハッとまるで無邪気な笑みを浮かべ、少しだけ頭を傾げるような仕草をするとララインサルは頬に指を当てて口を開く。

「そりゃあもちろん、廃品回収さ……リヒターは気がついているでしょ? 世界の均衡が大きく崩れ始めていることに」


「……ふん……私もお前らのいうところの異邦者フォーリナーだからな、魔素が濃くなってきているのは感じている」

 リヒターの言葉に、ララインサルは満足そうな表情を浮かべて頷くと続けて喋り出す。

「でも、こういうオモチャはそれなりにコストが高いんだよ、だからきちんと回収して再利用リサイクルする……エコでしょ? オレーシャだって呼び出すのにとても時間とコストがかかるんだ、だから回収して使った、わかるよね」

 だからオレーシャが先輩を捕まえていたのか……ララインサルは先輩を見ると、翠玉エメラルドのような輝く目でじっと見つめて、ニコリと笑う。

「重傷だったオウメもオレーシャが治療できたし、彼自身にも色々とがついたし……よかったでしょ?」


「なっ……お、お前……あ、あんな……」

 先輩はララインサルの言葉に激昂したかのように言葉を詰まらせるが、私と繋いでいる手に気がついたのか慌てて私の顔を見つめる。どうしたんだ? 私がキョトンとした顔をしていると急に目を伏せてぎりぎりと歯を噛み締めている。

 そんな先輩を見るララインサルが口元を押さえて笑いを堪えているが……電光石火の早業で、彼の胸元に刺突剣レイピアが突き刺さる……誰もが目の前の闇妖精族ダークエルフの言葉を聞いていた中動けたのは、エツィオさんだ。

「癇に障るな……この闇妖精族ダークエルフが……」


 刺突剣レイピアが突き刺さったままで彼は歪んだ笑みを浮かべると、まるで汚泥のような姿になって崩れ落ちる……すると再び部屋の入り口から、が入ってきた。

 なんだこれは! そういえばKoRJに現れた時も私は彼が逃げ出す際も何度も致命傷になりかねない打撃を叩き込んでいるのに、まるで泥を殴っているかのような感触で攻撃が通用していなかったのを思い出す。


「この部屋で戦闘はダメって言ったじゃない、せっかちだねえ。昔僕の森を焼いていたあの大魔道ソーサレスの女みたいだねえ……」

 ど、どういうことだ? 今私たちの目の前にいたララインサルは確かにエツィオさんが剣で貫いた……でもそれは身代わりだったのか崩れ落ちた後に新しいララインサルが出現して何事もなかったかのように話をしている。エツィオさんも何度も地面の汚泥と入ってきたララインサルを交互に見て驚愕の表情を浮かべている……。


「汚泥のララインサル……やつの本体は今見えているものではないのだ……あくまでも仮初の体を動かして、やつは別の場所に存在している」

 そんな光景を見たリヒターがポツリと呟く。ララインサルは、再びぐにゃりとした笑顔を浮かべて、再びお辞儀をする。そして顔を上げたララインサルの顔を見て、私たちは言いようのない恐怖と、不安感を感じて一歩後ずさった。


「では改めて、僕の名前はララインサル……そこの不死の王ノーライフキングが話した通り、汚泥のララインサルと呼ばれているよ」



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