第一一二話 魔剣(マジックソード)

「お前はぶっ殺す……絶対殺す……」


 私は熱に浮かされたようにボソボソと呟きながらジリジリとテオーデリヒとの間合いを測っていく。集中力は最高に高まっており、身体中の痛みは感じない。

 少しだけ視界に赤いものが混じっているが、これも気にならない……息が荒くなる、小刻みな呼吸で上がりすぎないように整えていく。その途中で一息、大きく息を吸い込み、吐き出す。


 さて、冷静に思考を巡らせよう……私の身体は正直結構ガタガタだ。痛みは全身から感じるし、今日本刀を握っている手も軽く震えがきている。

 頭カチ割れたんじゃないかってくらい痛みを発していて、先ほど視界に入った赤いものは自分の血液だし……長時間の戦闘は明らかに私に不利だ。

 テオーデリヒと私の体格差を考えたらヘビー級とフェザー級が戦っているようなものだし……その辺りは致し方ないところではある。


 私が勝つには……手数しか無いだろう、相手が防御不可能なまでに攻め立てて一気に主導権を握る。

 先ほど衝突したことで気がついたけど、広場を覆っている障壁は足場に使えそうだし、ここであれば全方位攻撃オールレンジアタックである隼鷹ジュンヨーが使える。

 何度か日本刀を振るって自分の体がまだ動くことを確認すると、私はテオーデリヒに向かって限界まで前傾姿勢をとる。


「ふむ……よかろう、その攻撃を受けて立つ」

 テオーデリヒは私の構えを見て、少しだけ表情を引き締めると、構えを崩さないまま私の動向を注視している。私が現在繰り出せる手数の多い攻撃は、紫雲英レンゲ隼鷹ジュンヨーあたりだがミカガミ流にはまだまだ技がたくさんある。

 もちろんこれで決まるとは思わない……でもやられっぱなしではミカガミ流の剣士としてノエルに申しわけが立たないのだ。

「いくわよ……ミカガミ流……隼鷹ジュンヨーッ!」


 一瞬私の姿勢を低くして一気に跳躍する。テオーデリヒを中心として私は障壁内を凄まじい速度で移動し、障壁を床を蹴り飛ばして一気に彼へと襲い掛かる。

 テオーデリヒは咄嗟に一撃目を腕でブロックする……かかった! 防御に入ったテオーデリヒを多方向からの連続攻撃でその場に釘付けにしていく。


『うぉおおおおお! ねーちゃんすげえぞ!』

『何やってるのか見えねえ!』

『これは獣王危ないんじゃないか!?』


「むうっ……これは……」

 私の超高速全方位攻撃オールレンジアタックがテオーデリヒの毛皮に切り傷をつけていく……驚きの表情を浮かべながらも全身の筋肉に力を込めたらしく、私の攻撃が彼の肉体の表面で滑るような感覚が出てきている。

 攻撃が弾かれている?! まさか……私はさらに強い斬撃を繰り出すべく、次の一撃で大きく懐に飛び込む。テオーデリヒの目が輝くと、その攻撃に合わせて彼の構えが変わる……スローモーションのような流れで、テオーデリヒの巨大な拳が私に迫る。


「しまっ……」

 私は咄嗟に日本刀を使って拳を受け止める……だがカウンター攻撃と私の隼鷹ジュンヨーの勢いを受け止めてしまった日本刀が甲高い音を立ててへし折れ、拳の勢いはかなり減少するものの私は腹部にテオーデリヒの剛拳をまともに食らって、そのまま再び障壁へと叩きつけられた。

 そのまま地面へと崩れ落ちた私を見て、観客の歓声が大きくなる……私はなんとか動こうともがきながら、膝をつくが……猛烈な嘔吐感に襲われて、口から吐瀉物とそれに混じった血を吐いてしまった。

「ガハッ……ゲホッゲホッ……うげええええっ……」


 凄まじい打撃だった……お腹のあたりが全部吹き飛んだかのような一撃だった……片手でお腹の辺りに手を当てるがなんとか腹部が吹き飛んでいるということはないのが確認できた。

 ひとしきり胃の中のものを吐ききると、私は手に持った日本刀の残骸を見て……愕然とする。この日本刀はKoRJで開発された特殊な金属で鍛えられたもので、今までそんな状況下にあっても折れるようなことはなかったのだ。

「ああ……嘘……ごめん……私が弱いから……」


 日本刀を抱えて私はボロボロと涙を流す……この日本刀はKoRJのみんなと同じ……私にとって大切な仲間なのだ。苦しい時も辛い時も、この刀は一緒にいたのだ。

 突然視界が暗くなる……見上げると、テオーデリヒが目の前に立って……涙を流す私を見て薄く軽蔑したかのような目で私を殴り飛ばした……なすすべもなく私は吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。

「……不愉快だ……武器が折れた、それは不幸だ。だがそれに涙する……お前は戦士ではない」


「うがっ……いやああ……もうやめて……」

 地面に倒れ伏した私をテオーデリヒは足で踏みつける。目から涙が……口から悲鳴ともつかない、声が漏れてしまう。痛い……辛い……何度もテオーデリヒは私を踏みつけると、動けなくなっている私の髪の毛を掴んで投げ飛ばす。地面に倒れた血だらけの私を見て観客の一度さがったボルテージが再び上昇していく。

 さらに地面へと倒れた私を蹴り飛ばすテオーデリヒ……目には怒りのような、悲しみのような色がある。


『殺せ! 腹を引き裂いて内臓を引き出しちまえ!』

『裸にひん剥いてから、殺せ!』

『もっと痛めつけろ!』


「だめだ……死ぬな! 最後まで抵抗しなさい! 立ち上がって!」

 私は朦朧とした意識の中で障壁の外で叫んでいるエツィオさんに気が付く。彼の目から涙が溢れている……リヒターも何かを叫んでいる。先輩はどこに、ふと視線を動かすと私を見てやはりボロボロと涙を流しながら叫んでいる。

 なんて叫んでいるんだ? 耳の中に別の音が混じってよく聞こえない……どうしたら勝てる? 武器がないのに……必死に相手の攻撃を防御するが、どうやって反撃をすれば……。

 テオーデリヒの攻撃による衝撃で、私の意識が一瞬途切れかかり……視界が暗転しながらも昔の記憶が蘇っていく。




「武器がない時の対応?」

 俺は剣を振りながら、その訓練の様子を見ていたシルヴィの質問について考える。そういえば剣を失う、という状況を想定したことがなかったので、まさか考えていないなどとは答えられずに悩み始めてしまう。その様子を見ながらシルヴィはニコニコと少しだけ悪戯っぽい笑顔で俺を見上げる。

「絶対考えてなかったでしょ……私が教えてあげないとノエル兄はだめだからなー」


「あ、お前何保護者ヅラしてやがんだ……剥いてお嫁にいけないくらいのことしてやるぞ?」

 俺の返答に舌を出して拒絶を表すと、シルヴィは俺の持っていた剣を取り上げて地面へと投げ、そして俺をそのまま抱き抱えるように地面へと優しく投げ落とす。

「エッチなノエル兄にいいこと教えてあげる……地面に倒れて相手の攻撃を受けなければいけない時、大体は防御に専念するといいよ。体の重要な部分を守りつつ相手が焦れて大技を繰り出そうとした時に、反撃するの」


「あ、おい……グエッ……」

 やってみてと言わんばかりにシルヴィは倒れている俺に強烈な蹴りを繰り出した。予想外だったためモロに俺はその攻撃を腹に食らってしまい悶絶するが、シルヴィは容赦無く蹴りを繰り出す。

 何度か防御をしている俺の状況を見て、彼女は得意とする掌底の突き技竜爪ドラゴンクローを繰り出す。

 ここか! 俺は彼女の竜爪ドラゴンクローに反応してその腕を軽く掴むと突きの勢いを利用して跳ね起き、シルヴィの横っ面に竜爪ドラゴンクローを叩き込む。

「よくできました、でも私をノエル兄が剥くのは相当かかるわね」


 俺の竜爪ドラゴンクローは彼女の片手での防御に阻まれている……格闘戦では本当に叶う気がしないな……軽く体ついた埃を払って、頭をかいて誤魔化す。

 シルヴィはそんな俺を見て優しく微笑む……ああ、眩しい……なんて可愛いんだ、俺のシルヴィ……憎まれ口を叩いてしまっているが俺にとって彼女は本当に眩しくて……素直な気持ちを伝えるのに戸惑ってしまう。

「なあ? 相手が強すぎて反撃できない時はどうするんだ?」

「そうね、絡め技に持ち込むとか色々あるけどね、じゃあ次はその練習を……」




 急速に意識が現代に戻る……防御に専念している私に焦れたのか、それまで隙の少ないコンパクトな打撃や蹴りに集中していたのと対照的に、大きく振りかぶった拳を私に叩きつけようとしてくるのが見えた。

 私は咄嗟に記憶の中にあるように、相手の突き出した拳を絡めとるように勢いを使って体をはね上げると、テオーデリヒの横っ面に思いきり竜爪ドラゴンクローを叩き込む。

「な……ぐああっ!」


 私のカウンター気味になった竜爪ドラゴンクローは彼の頬骨にあたる部分に食い込み、衝撃で軽く自分の体も後ろへと飛ばしながら地面へとなんとか着地する。

 息が切れている……耳の奥で音がしている……油断すると意識が途切れそうなくらい痛い、そして視界が定まらない。でも戦わなきゃ……どうやって……。

 格闘戦でこの巨体の獣人と戦うのは自殺行為に等しい、武器さえ折れなければ……反撃だけでもできるのだが。


『我を呼ぶか? 新居 灯……』 


 ふとあの時、夢の中で見た声が頭に響く……この声は、あの夢で見たノエルの愛剣である全て破壊するものグランブレイカーの声か?


『全然我を呼ばんから……ちょっと心配になっていたのだが、どうやらお前の危機のようだな』


 声は少しだけ不満げな口調で文句を告げる……いやいや、だってまだあなたを使えるような危機が起きていなかったのだもの。

 何かに気を取られているかのような私を見たテオーデリヒはチャンスと見たのか、一気に剛腕を振りかぶって突進してくる。

 しまった……やられる……私が声に気を取られて反応できずにいると、突然視界がまるでモノクロの世界になったかのように色を失い、時が止まったままになる。


『やれやれ……我の所有者は皆一様に癖があるのだな……安心しろ時を止めた。少し話をしようではないか、新居 灯』


 目の前の空間からまるで闇を切り裂くかのようにずるりと一振りの刀が湧き出てくる。夢で見た全て破壊するものグランブレイカーよりも少し小降りで……装飾は少し変わっているが、サイズや刀身の刃文などまるで日本刀のような姿をした刀だ。

「あなた……夢で見たのとちょっと違くない? 本当に全て破壊するものグランブレイカーなの?」


『なんて失礼な、こんなことできるのは魔剣くらいだろうが。まあいい……いくつか話をしよう、この世界のノエル・ノーランド……いや所有者の魂を受け継ぐ少女よ』

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