第一一一話 苦戦(ストゥラグル)
「行くぞ!
私に向かってテオーデリヒが駆け出す……巨躯からは想像もつかないレベルの速度で私の前に現れると、剛腕を振るう……その攻撃を間一髪で避けると、彼の攻撃が広場の床にめり込むが……この場所は先ほどまで歩いていた
だがその一撃は凄まじく、地面は大きく陥没してしまう……そんな攻撃を見て観客のボルテージは一気に上がる。
『殺してしまえ!』
『八つ裂きだ!』
『出来るだけ苦しませてから殺せ!』
『女子高生が苦しんで死ぬのを見せろ!』
くっ……こいつら……救えないのが、これらの暴言は全て魔物ではなく……明らかに人間側の観客から発せられたものだ。魔物側の発言は相変わらずよくわからない言語なので、何を言っているのかわからないが、おそらく大差ないと思う。
人はここまで醜くなれるのか……目の前で人が死ぬかもしれないんだぞ! 私は日本刀を片手で構えながらテオーデリヒの攻撃を避けていく。
恐ろしいまでの圧力だが、私の目であればきちんと見てから避けることができている……そんな動きを見てテオーデリヒは驚いたような表情を浮かべる。
「ふむ……目が良いな。剣士に必要なものはきちんと持っているということか。」
「そんなにジロジロ見ないでください……よっ!」
テオーデリヒが猛攻を繰り返しながらも私の動きを観察しているのがわかる……あまり見られ続けると私の気がついていないクセなどを知られる可能性があるな。
私はあえて前に出る……その行動に観客から怒号のような歓声が上がる……まさか防戦一方になると思われている私が前に出るとは思わなかったのだろう。
『女子高生! やれ! 相手を殺せ!』
『パンツ見せろ!』
『おっぱい揉ませろ!』
『ねーちゃんエロいぞ!』
「くそっ……ゲスすぎる!
私はあえてカウンター攻撃である
なんて腹筋だ……世の男性が渇望してやまない最強のシックスパックがここにあるような気がするぞ。
「グフフッ……良いな、私の攻撃に合わせてカウンター攻撃、実に素晴らしい……」
テオーデリヒはゆっくりと振り返ると、私の顔を見てニヤリと笑う。腹部には少しだけ斬撃の跡が見えるが……
「ちょっと聞きたいんですけど、テオーデリヒさんは怪我で死んだりするんですか?」
「ふむ? 突然質問か……まあいい。
テオーデリヒは自らの胸を軽く指差すと、口の端を持ち上げて笑う。やれるもんならやってみろ、と言わんばかりの表情だ。
おそらく、というのは今までそういった死の危険に晒されたことがないくらい強いと言いたいのかもな。表情は余裕があるし、まるで私に負けるはずがないと目が語っている……舐めてやがる。
「じゃあテオーデリヒさんをバラバラにして心臓細切れにしたら……先輩返してもらいますね」
私は姿勢を低く落として片手突きの構えをとる……これは先日歳三様のドラマを見た時に、俳優さんが構えてたのを見よう見まねで再現したものだけど、ミカガミ流にも似たような構えがあって、ここから
私はそれまでの高速移動ではなく、テオーデリヒの予想を覆すレベルまでスピードを落として……ふわりと前へと進む。あまりの速度差に咄嗟に回避行動を取ろうとしたテオーデリヒのタイミングが崩れ……腰砕けになった。
その感激を縫って私は斬撃を一気に横凪に変化させてテオーデリヒの腹部へ
「ミカガミ流……
手に相手の腹部を切り裂く手応えが伝わり……私は体を回転させながらテオーデリヒの後背に回り込む。しかし……私は目の前の光景に愕然とする。
切り裂いたことは切り裂いたが、テオーデリヒの腹部に開いた傷はあっと言う間に塞がっていく、その間に血はそれなりに流れているもののテオーデリヒは腹部を軽く叩いてなんともない、と言いたげな顔をしている。
「
テオーデリヒの目から涙がこぼれ落ちた……彼は本気で悲しんでいる、それは私にも理解できた。
おそらく彼はノエルの攻撃を見ているのだ、私ではなく本物の
「お前は何者なのだ……単なる女かと思えば……あのような剣技を見せる本物の
テオーデリヒは流れる涙を拭いながら、私をじっと見つめる……そんな目をされましても、ノエルさんちょっと前に出ちゃったんで。
私の中にいるはずのノエルさん、全く存在を感じない……いや私のせいだってわかってるけど、彼が今どのような状況なのかすらわからないのだから。
「わ、私では敵にならないって話ですか?」
「ならない……先ほど伝えたが、お前の剣は余りに軽い……お前がその剣を出せないというのであれば、無理矢理にでも引き出してやろう」
テオーデリヒが大きく咆哮する……ビリビリと私の体が震える。その咆哮を聞いて観客のボルテージはさらに上がっていく。観客は足踏みをしているのか闘技場は凄まじい勢いで震える。
これは……テオーデリヒの咆哮にはなんの効果も載せていない……にもかかわらず私の心が押しつぶされそうなくらい、凄まじい恐怖を掻き立てられる。
これは彼自身が持つ圧倒的な力によるものなのだろうか……だが私は必死に心を奮い立たせて踏みとどまる。
「くっ……も、もう逃げないって決めた……」
「グフフッ……見た目よりも勇気はあるな……そこだけは
テオーデリヒはメリメリと上半身の筋肉を大きく盛り上げると、まるで空手の正拳突きの構えのようなポーズをとる。何をする気だ? 異世界には空手なんかないだろうしな。
引き絞った拳に恐ろしいまでの力が集中していく……これはとてもまずい攻撃の気がする。私は咄嗟に受け流すか避けるかの判断に迷う。魔法か? それとも単なる武術の技か?
「大丈夫……私なら防げる……ッ!」
咄嗟に私はミカガミ流
「……受けてみよ! お前が
テオーデリヒが本当に真っ直ぐ拳を打ち出す……なんだ? これは? 私は少し困惑しながらも相手の攻撃を受け流すために日本刀を構える。
打ち出された拳からまさに
構えを解かずに私はテオーデリヒの衝撃波を受け流す……だが、今回の衝撃波はそんなレベルではなかった。
「……え? きゃあああっ!」
衝撃波は凄まじい速度で到達すると今までに感じたことのないレベルの重さで私の
衝撃波の余韻で全身がメリメリと音を立てる……まるで圧力で私を押し潰そうとするかのように私は障壁に貼り付けられた状態でもがく。
いけない……このままでは……私は必死に力を振り絞ってフラフラになりながらも余韻から逃れる……それでもまだ衝撃波の余韻は障壁に波紋のような波を作り続けている。
「ガハッ……くそっ……」
私は全身の状態を軽く確認していく……骨にヒビでも入ったのか全身が凄まじい痛みを発している……こめかみに生暖かい感覚……これは頭についていた傷が開いて血が流れ出しているのだろう。足が震える……でもまだ動く。
日本刀も握れている……私はまだ、戦える。
『すげえぞ獣王! お前が最強だ!』
『姉ちゃん諦めて降参しとけ!』
『あの子まだ戦うつもりだぞ!』
『殺しあえ!』
私がフラフラになりながらも構えを解かなかったことで、観客のボルテージが一気に上がっていく。その様子を見てテオーデリヒはまるで闘技場の
勝者のつもりか? 私はまだ死んでいないぞ!? 私は怒りで表情を歪めるが、その表情を見たテオーデリヒは凄まじい笑みを浮かべた。
「そうだ……その表情だ……
テオーデリヒはその場から一気に高速で跳躍し、私に向かって飛び蹴りを放つ……だがこの攻撃は大雑把だったため、私は難なく横方向へと跳んで一気に距離をあける。
歯を食いしばる……怖がっている暇なんてない、痛がっている暇すらない、ただ目の前にいる敵を斬り殺すために……私が一息大きく息を吐くと、集中力を上げていく。テオーデリヒも笑ったまま、再び構えると軽く吠える。
「かかってこい! そして私を絶頂に導いてくれ!」
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