第一〇五話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一四

「それでは……召喚魔術コンジュレイションを極めるということがどういうものなのか、身を知ってもらうか」


 リヒターが複雑な手の動きを見せると、急速に魔力の高まりを見せていく。フランシスはあまりの異様な雰囲気に近寄ることができない……近寄ったら手痛い攻撃を受けそうな気がしたからだ。

 急速に高まった魔力を集中させると、リヒターが地面へと片手をつくと一気に炎が巻き起こり……あたりの温度が一気に上昇していく。

炎の巨人ファイアジャイアントよ……久々に働いてもらうぞ」


「……賢者にして愚者……珍しい……そしてここは……随分と妙な場所だ」

 炎が一段と大きく吹き荒れると、そこにはまさに炎の化身とも呼べる巨体、髪の毛は炎と化し全身から煌めく火花を散らした炎の巨人ファイアジャイアントの姿が現れる。ただ、実体なのかそうでないのか不安定な様子で時折体の向こう側が透けて見える状態だが。

 上背は八メートル程度だが、全身に刻まれている紋様は炎をイメージしたものらしく、紋様からは時折炎が噴き出している……。

 フランシスは初めて見る炎の巨人ファイアジャイアントの姿に驚きながら、神話で伝えられる巨人族のことを思い出していた。


 異世界では最大の大きさを誇る単眼巨人サイクロプスは有名な巨人族の末裔とされており、知能が低く大半が食う、寝る、戦う程度の判断しかできない種族まで退化している。

 しかし……神話の時代にはその身に魔力や精霊の力を宿した巨人族が存在していて、神々との戦争に明け暮れていたとされており、巨人族は超戦闘能力を有した異世界における戦闘民族であったといえる。


 戦争に負けた後、巨人族は能力のほとんどを奪われ虐げられ……哀れな単眼巨人サイクロプスや、丘巨人ヒルジャイアントなどの矮小な種族へと押し込められていった……。

 動けなくなっているフランシスの目の前で、炎の巨人ファイアジャイアントが恭しくリヒターへと首を垂れる。リヒターは満足そうに頷くと、フランシスを指差して首を垂れる巨人へと命じる。

「やつを焼き殺せ……好きなだけ燃やしていいぞ」


 炎の巨人ファイアジャイアントがゆっくりとフランシスへと顔を向ける……まるで無機質な視線を向けられて、フランシスは背中が凍りつくような寒気を感じた。

 どうしてた? こんなにあたりは暑くなっているのに……なぜ……ふと手を見ると、フランシスの手から煙が立ち上り、毛皮が焦げ、そして大きく燃え上がっていく。

 獣人ライカンスロープの自己治癒力が崩壊していく手を再生しようとするが、その再生速度よりも速く体が炭化して崩れ落ちていく。

「な、なんで……僕の体が崩壊していくなんて……おかしいよ……燃えていく……助け……」


炎の巨人ファイアジャイアントは原初の炎を宿す巨人だ……その炎は世界を作った神々の火に等しく、神すらも焼き殺したのだそうだ。それと……神は君を見ている、次の生では幸せに生きると良い」

 リヒターは赤い目を輝かせて体の端から炭化していくフランシスを見てカタカタと笑う……次々と崩壊し、涙を流しながら燃え尽きていくフランシスを見ながらリヒターは、そっと祈りを捧げる。腐っても侍祭アコライトだ、と自分では考えているから……完全にフランシスが燃え尽きたのを確認すると、炎の巨人ファイアジャイアントがその姿を消滅させていき、それと同時に周囲の温度が一気に下がっていく。

「さて……あとは新居が活躍すれば……この部屋は終わりだな」




「どうしたどうした! 女! 手数が減ってるぞ!」

 ラルフの連続攻撃を日本刀で捌きながら、私は仲間の様子を軽く確認していた。エツィオさんはなんかよくわからないけど相手を退けていて、リヒターは途轍もなくやばいものを召喚していた気がする……。

 私はリヒターの呼び出していたものの存在感で一瞬身がすくんでしまい、ラルフに対して攻勢に出る事ができていなかったので……ある意味この状況を作り出したのは、リヒターのせいということにしておく、うん。

「そんな減らず口叩いたところで……私に当たってないじゃないですか」


「クハハッ!」

 ってかラルフはあんなヤバそうなものの気配を感じてないのか、全く動きに影響してなかったな……そっちの方が怖いよ……リヒターの召喚したあの存在は本当にやばかった……エツィオさんですら真顔で凝視していたくらいだったのだから。

 鋭い爪の攻撃を日本刀で捌きつつ、一気に後方へと距離を取るために跳び、片手で日本刀を構えて少しだけ腰を落としたいつもの構えをとる私。

「いつまでも防戦一方だと思ったら大間違いよ!」


 一転、私は自ら距離を詰めるために駆け出す……ジグザグに高速移動しながら接近する私を見て、嬉しそうな表情を浮かべるラルフ。

 それまで私は積極的な攻勢には出ておらず、比較的防御に徹していた……ラルフの咆哮ハウリングは大きく息を吸い込むという予備動作があり、彼が攻めている状況だと反撃を恐れて予備動作を出しにくかったからだ。

「なんの……呪縛バインド!」


「ぐ、が……あああああ! なんのぉ!」

 全身が鉛のように重くなるが……先程のようないきなり体の自由を奪われるような効果が出ない……連続で効果を受けると、それなりに耐性が出るようで私は速度を大幅に落としながらもなんとか前に進む。

 無理矢理に呪縛バインドの効果を破ってきた私を見てラルフが驚くが……すぐに気を取り直したのか、一気に襲いかかってくる。

「まだ動きも戻るまい……死ねえっ!」


「……その動きは、もう慣れたわ……朧月オボロヅキ

 私は少しだけ足に力を込めると、攻撃を避けると同時に一瞬でラルフの後背へと高速移動する。うまく引っ掛かってくれた……朧月オボロヅキの射程内にうまく飛び込んでくれたのと、呪縛バインドの影響を完全に無視できるこの技の存在を隠して戦闘を行なっていたのはこうやって罠にはめるため。間髪入れず日本刀を振るい、ラルフの背中を袈裟懸けにする……手応えはあった。

 だが、ラルフは左腕を切り裂かれながらもなんとか私の間合いから逃れると、グルルと唸り声を上げる。

「き、貴様……そんな隠し技を……」


「……結構見せてるんですけどね、勉強不足じゃないですか?」

 少しだけまとわりついた髪をかき上げて、日本刀を突きつける私……それまでも彼の攻撃は私に到達していないし、呪縛バインドも連続では効果が薄くなってきている。

 こちらの攻撃が入って、彼は致命傷ではないものの大きな手傷を負った……負ける要素はほとんどない。だがラルフは不敵に笑いながら、大きく息を吸い込んで……咆哮ハウリングを放った。

「くふふ……お前強いなあ……だがこれはまだ見せてないだろ? 恐慌フィアー




「あれ? ここは?」

 私は真っ暗な沼地のような場所に立っている……どこだここは……ふと足を誰かに掴まれた気がして、下を見て私は全身が総毛立つような感覚に襲われる。

 私の足を掴んでいるのは……前世の記憶で時折見る事ができる……ノエルが斬った人たちの顔? ど、どういうことだ? 彼らは私の足を掴んで、ゆっくりと私の体に這い上がってくる。

 それはまるで汚泥のような、ねっとりした感覚で私を見つめて何かを呟いている。


『暗い……暗いよ』

『怖い……どうして』

『痛いよ……死んじゃう』

『殺さないで……灯……』


「私……あなたたちを殺してなんかいない!」

 私は凄まじいまでの恐怖を感じて思わず足をもつれさせると、その沼地に尻もちをついてしまう……私の左腕をしっかりと掴む……これはノエルの師匠アルス・クライン・ミカガミか?

 右手も掴まれる……そちらを見ると、それはエリーゼさんが私の右腕をしっかりと掴んで泣いている……。


『ノエルを返せ……この体は我が弟子ノエルのものだ……お前のじゃない』

『返して……私のノエルを……貴女には渡せないの……私のものだから……』


「ひいいっ! やめてっ……やめてええええええ!」

 思わず悲鳴をあげてエリーゼさんを振り払うが、まるで泥のような液体になってエリーゼさんは溶けていくが、すぐに新しいエリーゼさんが泥の中から生まれて……私へとしがみつく。

 ふと水面を見ると優しく微笑む前世で一番よく見た……シルヴィの顔が浮かび上がってくる。助けて……私……ノエルじゃないのに!

 水面から身を起こしたシルヴィは私の頬をそっと愛おしそうに包むと、凄まじく怒りに歪んだ表情を浮かべて私に吐き捨てる。


『ノエルを返しなさい……貴女のものじゃないのよ? 私のものなの……この売女が……』


 心を鷲掴みにされたような恐怖を感じて、私は必死にみんなを振り払って走り出す……いやだ、嫌だ、嫌だ! 私が何をしたっていうんだ……この世界にいる限り私はノエル・ノーランドじゃないんだ、新居 灯なんだ……。どうして……どうして返せなんていうの!

 必死に走るが、私の足は重く……全く進まない……泥の中に沈んでいく? 私は必死にもがくが、泥は重く……頭を押さえつけるシルヴィとエリーゼさんの歪んだ笑顔が見える。

 目の前にお父様とお母様、ターくんが現れて私をまるで化け物のような顔で睨みつけているのを見て、私はその視線の恐怖感を感じた。


『お前はこの世界にいてはいけない、怪物だ灯……』

『そんな化け物だとは思わなかった……お前は私の子供じゃない……』

『こっちに来るな、化け物! お前なんか姉様じゃない!』


 違う……これは悪夢だ……あの咆哮ハウリングは私の心に侵入して……恐怖を与えて心を壊そうって……だからすぐに逃げ出さなくては……必死にもがく私をシルヴィとエリーゼさんはニヤニヤと笑いながら押さえつけて沈めようとする、苦しい……私は……普通の人間でいたいと思っているのに。

 必死にもがく私の前に……今一番見たくなかった人の顔が現れる……ミカちゃんが目の前に現れたのだ。


『あかりん……私……そんな化け物だったなんて知らなかったよ。もう友達はできないね、バイバイ……』


 その言葉に……私はあまりの恐怖に震えて、叫び出した。いやだ……ミカちゃんいなくなったら私どうやって生きていったらいいんだ? ずっと友達だって言ってくれたじゃない。

 ミカちゃんそんな言葉を私にぶつけないで! 震える私を見てミカちゃんはまるで汚物でも見るかのような目で睨みつける。

「やだ、やだよ私……やめてミカちゃん! ……私をそんな目で見ないでっ!」




お嬢さんシニョリーナ? どうした?!」

 それまで優勢だと思っていた新居 灯が突然膝をついて動かなくなったのを見て、エツィオとリヒターは彼女に異変が起きたことを悟った。

 彼女の肩が震えている……先程の咆哮ハウリングの効果か? 慌てて彼女を助けようとする二人だが、ラルフがニヤニヤと笑って彼女の首へと鋭い爪を突きつけたことで、二人はその場から動けなくなる。リヒターが軽く舌打ちをして新居 灯の状態を認識した。

「……いかんな……飲まれている」


「動くなよ? 動いたらこの小娘の命はない……ここまで心に隙があるとはな……」

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