第一〇〇話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 〇九

「起きてください……先輩……起きてください」


 青梅 涼生は声をかけられてゆっくりを目を開く……確か僕は……あのテオーデリヒの圧倒的な力の前に負けて……その事実を思い出して身を起こすと、そこはとても現代の風景には見えない、古めかしい個室の部屋のベッドに寝かされていた。

「先輩……どうしました?」


「あ、灯ちゃ……なんて格好を」

 横から声をかけられて、びっくりしてそちらを見ると、そこには裸にシーツだけを纏った新居 灯がいる!? 思わず目を逸らした青梅に優しく微笑む灯。

 ふと今置かれた状況を見て違和感を覚える青梅……そうだ、なんでここに灯ちゃんがいるんだ……おかしいじゃないか。

「お前……灯ちゃんじゃないな?」


「なんだもう気づいちゃったの……お姉さん悲しいわぁ」

 彼が距離をとり始めたのを見て、目の前に立っている新居 灯の姿をしているものは残念そうに笑うと、その姿がまるで溶けるように別のものへと変化していく。

 現れたその姿は、以前捕縛したはずの女淫魔サキュバスオレーシャの姿となり、まさかの姿に青梅は息を呑む。

「お、お前は……なんでここに……」


「逃がしてもらったのよぉ……で、今はあなたの看病をしているってわけ」

 ウインクをして豊満な肉体をちらりと見せつけるようなポーズをとるオレーシャ……青梅は揺れるその胸部を見て、思わず目を逸らす、頬が熱い……女性の体をこんな間近で見てしまうのはほぼない……いや正確には子供の頃に姉たちとお風呂に入っていたことがあったので、全くゼロではないが。

 いやそれでも年がそこまで離れているわけではないから、当時は気にしなかったし今はそんなことできるはずもなく……そんな間の抜けたことを考えていると、オレーシャはずい、と近くに寄ってくる。

「私はね……あなたのお世話を承っているの……朝よりも、花よりも何よりもあなたを大事に扱うわ……」


「な、何を馬鹿な……うっ……」

 青梅の胸に指を這わせると艶かしい吐息を吐くオレーシャがそっと彼を押し倒し、唇に指をそっと押し当てる。怪しい笑顔を浮かべながらもまるで優しく愛撫するかのように青梅の体に指を這わせていく、首筋を、胸を、腕をそして……。

 指が這うたびに堪えようのない快感が青梅の体に走る……なんて、なんて快感なんだ……びくびくとからを震わせる彼を見て、オレーシャが満足そうな笑みを改めて浮かべる。

「この見た目だといやかしら? なら貴方の愛する女性の姿で……お互い楽しみましょう?」


「や、やめろ……灯ちゃんを汚すな……そんなこと僕は望んでいない……」

 必死に争う青梅を見てオレーシャが身を震わせる……なんて、なんて素晴らしい! 愛するものを想い必死に抵抗する目の前の人間を見て、胸が打ち震える……欲しい、この若者の初めてを奪い取り、あの憎たらしい女の前で快感に負けているこの若者を蹂躙したい……汚してしまいたぁい……奪い取りタァアアイ……。

 オレーシャの目がドス黒く、邪悪に変色し……情欲に塗れた表情で青梅に覆いかぶさるオレーシャ、必死に抵抗する青梅の悲鳴のような声が部屋に響く。

「や、やめてくれぇっ! ……僕はお前とそんなことしたくない……たすけ……て」




「う、うまい……い、いや、まあまあな感じですね」

 即席でお茶を入れているはずなのに……なんでリヒターが淹れた紅茶はこんなに美味しいのだろう。グギギ……自分で淹れる紅茶はここまで美味しく淹れられる自信がない。

 なんでだ? ちゃんと本に書かれた通りの淹れ方をしているのにこんなに風味が出ないぞ?

 そして竜牙兵スパルトイが上手なのではなく、リヒターが恐ろしくお茶を淹れるという技術に長けているということだろうか。

「……君、無理してそのセリフ言ってない?」


 エツィオさんの冷静すぎるツッコミが入るがあえて私はその言葉には反応しない。彼はとても優雅にカップから紅茶を飲んでいて、リヒターと談笑しているが……そういえばリヒターはお茶には手をつけていないが消化器官がないからだろうか?

 私の視線に気がついたようでリヒターが少し考えるような仕草の後カタカタと音を立てながら話し始める。

「生前幼少期に神官長の小間使いのような仕事もしておったからな……お茶の淹れ方については厳しく躾けられたものだ。年季が違う、というやつだろうな」


 リヒターは満足そうな顔……そういえばこのところリヒターが大体何を考えているのかわかるようになってしまっているが、彼も骸骨のような顔でありながら細かい仕草や動きで表情や感情を表現することがとても上手い。

 KoRJにおいても彼自身が存在を認知され、信頼されているのも外見の怖さを上回る魅力があるということなのだろう。前世の不死の王ノーライフキングでは想像もしないようなキャラクターではあるのだけどね。


「私もお茶を飲めるぞ、ほれこの通り。垂れ流しになるかと思っていたが、実はそうではなくてな……」

 目の前でお茶を飲み始めるリヒターだが、確かにそのまま服が濡れるということもない……どこかに吸収されているのか、そうではないのか、もうこの辺りはよくわからないな。

「ど、どこに吸収されているんですかね……」


不死の王ノーライフキングと言っても私のような骸骨型もいるし、比較的生前の姿を保つものもいるからな。私は食糧を必要としてはいないが、飲み食い自体は可能だからな」

 リヒターがどこから取り出したか、とても可愛いデザインのクッキーが入ったブリキ缶を取り出して薦めてくる・…しかもこのクッキーは有名遊園地のブランドのやつじゃないか……どうやって買ってきているんだ?

 缶の蓋を手に取って考え込む私を見てリヒターがカタカタと笑う。

「ああ、KoRJの桐沢嬢がお土産にくれたものだぞ。流石に私が買いに行ったら事案だからな」


 この不死の王ノーライフキング……どこまで地位を確立してやがるんだ……頭の痛くなってきた私だが、そんなことをしている間に迷宮メイズの変形が終了し、先ほどまでの大きさから少し広めの会議室レベルまで縮小した部屋となった。

 私たちが入ってきた場所とは反対側に扉が見えており、そこ以外には進む場所はなさそうだ。

「変化終わりましたね」


「ああ、そろそろ片付けるか……ええと、この辺りに入れてたかな」

 リヒターがお茶セットを片付け始める。どこから出したんだろう? と思っていたがどうやら彼自身が異空間にスペースを確保しているようで、何もない空間に手を突っ込んでいろいろ荷物の整理をしている。

 あの魔法すっごいなー……私も欲しいなあ……物欲しそうな顔で空間に手を突っ込むリヒターを見ていると、エツィオさんが私の肩に手を置いて、首を振る。

「魔法の素質がないとあれはできないよ……お嬢さんシニョリーナは剣士だろ?」


「そ、そうですね……便利だなってちょっと羨ましくなりました」

 羨ましいんだけどね……この収納場所を異空間に作り上げる魔法、名前は失念してしまったが前世では魔法が使えるキリアンやエリーゼさんなら普通に使えたんだろうな。

 ノエルは魔法が使えないから、バックパックに収納をしていて必要以上の荷物は持ち歩かない主義だったし、生活も食生活もシンプルそのものだった。

 甘いものなんか一度か二度程度しか食べたことがないんじゃないだろうか? 今の体になってスイーツ大好きになったのはその反動と言われてもおかしくはない。

 それから比べると今の私の生活は物に溢れていると言われても仕方のないものだ……でもこれ使えたら私のやりたかったことが全て叶うのではないだろうか……ああ、ほしぃいい……魔法使ってみたーい……。

「ちなみに……君が大好きなパフェとかケーキ入れると普通に腐るし形が崩れるからな」


「……じゃあいらないです……」

 エツィオさんの一言に私のやりたかったことが全て瓦解してしまい、舌打ちしたい気分になった。そりゃ私がやりたいことって好きな時にパフェとかケーキ取り出して食べることだからな。

 高校では弁当とプラスアルファでお菓子を持ってくるか、購買部でお菓子を買ってミカちゃんと食べるのが楽しみだけど、この魔法でいつでもスイーツを取り出せれば……そうか閃いた。

「あ、でもドライアイスとか入れてみたらどうですか? 少なくとも腐らないのでは?」


「……話は終わったか? そろそろ進もう。青梅のことも心配だからな」

 めちゃくちゃ呆れた顔をしているエツィオさんの後ろから、リヒターがひょっこり顔を出す。そうだった……先輩今何をしているんだろうか?

 あの動画に写っていた先輩はかなりの怪我をしており、相当に苦しそうな顔をしていたからな……彼自身も相当に鍛えているので簡単に命を落とすようなことはないと思うが。

「テオーデリヒなら、人質を無下に殺すことなどすまいよ……やつはプライドの塊だ」


 私の顔を見てリヒターが声をかけてくる。

 テオーデリヒは二度私たちの前に姿を現している……一回目は先輩の目の前に現れて、彼をほぼ一撃で倒した後また戦おうと先輩に声をかけてから退散している。

 二回目はたまたま任務中に悠人さんが遭遇しており、ほぼ互角に戦ったがビルを崩されて悠人さんが退散している。


『悠人さんが戦った虎獣人ウェアタイガーのテオーデリヒってどんなやつでした?』

『あれは……二度と戦いたくないな……恐ろしく強かったし、咆哮で周りの壁を崩してたなあ』

『そうなんですね……相当な強敵だってのは理解しました』

『あ、でも灯ちゃんが応援してくれるなら、俺は戦うぜ。だから……アイツに勝ったら俺に君の初めてをくれ……』

『……もう電話切っていいですか?』


 悠人さんにテオーデリヒと戦った時のことを聞いた時のことを思い出した。

 彼はまだ関西に出張しており、電話で話しただけだったが……結局最後までセクハラをし続けていて辟易したのだけど、悠人さんですらもう二度と戦いたくない、と評価する的ではあるのだよね。


「まあ、戦士であることは間違いないのか……死闘になりそうね……」

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