第九九話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 〇八

「うらああああああっ!」


 私はドラゴンの振るった爪を日本刀で弾き返す……いま私は密かな高揚感に包まれている。アスリートがゾーンに入る、という言葉を見たことがあるが、まさにその状況に近い。

 今までにないレベルの集中力を持って、ドラゴンの攻撃を防御しつつ反撃を繰り出している。こんな気持ちになったのは今世では初めてかもしれない。

「ミカガミ流……紫雲英レンゲ!!」


 私の繰り出す超高速の連続攻撃がドラゴンに襲い掛かる……以前吸血鬼ヴァンパイアの鬼頭に繰り出した時とは比べ物にならないほどの密度を持った連続攻撃を両手の爪を使って必死に防御するドラゴン

 だが、全てを受け流すには至らず斬撃が鱗を裂き、赤黒い血を噴き出させていく。

「グギャアアアアアアッ!」


 悲鳴とも怒りの咆哮ともつかない吠え声をあげてドラゴンは巨体を震わせて恐ろしく太い尻尾による薙ぎ払い攻撃を仕掛けてくる。

 ……この攻撃は日本刀で受け流しはできないだろう、むしろ勢いで体ごと吹き飛ばされる可能性が高い、つまり大きく跳躍して避ける……私は咄嗟に判断して大きく上空へと跳躍して薙ぎ払いを避ける。

 そこへ体の回転の勢いのままに血だらけになった腕を振り回してくるドラゴン……この攻撃も当たったら致命傷だ……だから今度は日本刀で受け流す。


大蛇剣オロチの型……螺旋ラセン

 私は鋭い爪の一撃を日本刀を使っていなすように後方へと弾き飛ばすが、攻撃を空中で受け流したことで私の比較的軽い体は空中でバランスを崩して軽く回りながら着地する。

 この辺りは女性として転生した弱点だな……ノエルの記憶では空中で螺旋ラセンを使っても体ごと回転してしまう、ということはなかった。

 ギリリと奥歯を噛み締めながらも私は一気に日本刀を構えて目標へ向かって一気に突進する……が、ドラゴンは先ほどの攻防で私の体が比較的軽い、というところに気がついたのだろう。


 翼を大きく広げてまさに突風のような風を起こす……あ、まずい……私はもろにその突風を受けてしまい大きくバランスを崩すが、その時大変重大な乙女の危機に気がついた。

 風でスカート捲り上がっちゃう! 慌てて片手で戦闘服のスカートを押さえる……なんだよ、このエロドラゴン狙ってんのか? スカートの下にスパッツ履いてるけど、それでも全開状態で戦えるわけないだろ! そんな私の様子を見たドラゴンが何かに気がついたように口の端を歪めて笑う。


 次の瞬間にはドラゴンは火炎を直線上に吐き出す、直線的な攻撃を難なく避けるが……翼による突風がそこへ襲い掛かる……ってこらー! なんちゅうセクハラ攻撃を仕掛けて来るんだこいつは。

 私はスカートを押さえながら、迫り来る火炎を避け突風に抗い……防戦一方となる……いやこの防戦はおかしいだろ! 何度か服を抑える手を外して前に進もうとするが、別の場所で観戦しているエツィオさんが気になってやっぱり片手でスカートを押さえてなんとか堪える。 

「ちょ、ちょっと! 何してくれてんのよ!」


 私の抗議に耳を貸す……わけのないドラゴンはひたすらに火炎と突風を繰り返していく……まずい、火炎の速度もさることながら、突風は結構な圧力で私を押し返すので、それだけで疲労感が増していく。

 かなり距離が開いた上に肩で息をし始めた私を見てドラゴンは再び歪んだ笑みを浮かべる……。やつは大きく口を開いて一気に火炎を吐き出す……まずい足が重い……ふらつく体をなんとか支えるが、次避けられるかどうかも怪しい状態だ。

「はぁっ、はぁっ……この……クソエロドラゴンが……」


「じゃ、そろそろ選手交代だね」

 どうやったのか、私の前に瞬間移動のように現れたエツィオさんが迫り来る火炎を難なく防御結界によって食い止める……私たちの目の前で濁流が壁にぶつかったかのように上空へと巻き上がる。

 焼き尽くしたと思っていたのか、私を守るように現れたエツィオさんを見て時短駄を踏むように悔しがるドラゴン、地響きと共に地面が揺れる。

 た、助かったが……ふとエツィオさんを見ると、彼はとても不思議そうな顔で私を見つめていた。

「エ、エツィオさん……ありがとうございます……」


「というか君さっきまで結構スカートのこと気にしてなかったろ? なんで急に気にし始めたんだ?」

 エツィオさんの一言を聞いて……私は少しだけ自分の行動を思い出して強烈な羞恥心を掻き立てられる。耳まで真っ赤になった私を見て彼は呆れたような顔を浮かべているが……。もしかして戦闘で回避や攻撃を繰り出した時に見えちゃってたのだろうか。

 なんだか本当に恥ずかしくなった私は下を向いて、赤くなったままボソリと呟く。

「……だ、だって……エツィオさん男性じゃないですか……下にスパッツ履いてるけど、見られちゃうの恥ずかしいです……」


「急に女の子に戻るなよ……調子狂うよ、ったく……」

 ため息をついてエツィオさんは私を守るように立つと、雷撃ライトニングを巨体に向けて放つ。まるで蛇がのたうつように電流がドラゴンにまとわりつき、悲鳴をあげて苦しむドラゴン

 火力としては足りていないか? エツィオさんはその様子を見てニヤリと笑うとすぐに体勢を変える。

 エツィオさんの両手に凄まじい量の電流が集まっていく……こ、これは、前世でエリーゼさんも使っていた跳躍電撃チェインライトニングってやつか。


 跳躍電撃チェインライトニング雷撃ライトニングが単体の敵に対してはなつ攻撃魔法であるのと対照的に、複数の雷撃ライトニングを同時に発射して複数の目標を一気に攻撃する魔法だ。

 だが、複数の目標がない場合、跳躍電撃チェインライトニングはそのすべてが単体の敵に対してぶち当たる……つまり超超火力の攻撃魔法として機能するとてもズルい魔法の一つなのだ。

 前世ではエリーゼさんが集団に対して使っていたが、とある戦いでこれを単体の敵に対して使用したところ一瞬で消し炭と化した記憶がある。

 ちなみにノエルには流石にこれはぶちこまれなかった、というかこれ叩き込まれたら一〇〇パーセント助からなかっただろうな……ゴクリと緊張から唾を飲み込んでしまう私。

「さて……お待たせした。一撃でカタをつけようじゃないか……跳躍電撃チェインライトニング!」


「グギャアアアアアアッ!」

 エツィオさんの突き出した両手から凄まじい光量と轟音を上げて何本もの電撃が迸る、複数の大蛇がのたうつような軌道を描いてドラゴンに電撃が命中する。

 あまりの高電圧の攻撃に悲鳴を上げて苦しむドラゴン……先程までの雷撃ライトニングと違って、全身を隈なく覆い尽くすような強力な攻撃に、その外見が次第に焼けこげた肉体が攻撃に耐えきれずに発火していく。

「す、すごい……」


「これでも記憶にある魔法と差があるんだよ。もっとすごかったはずなんだ」

 エツィオさんが少しだけ悔しそうな顔で電圧で発火して、消し炭へと変化していくドラゴンを見ている。そうか……彼の記憶にある前世でも魔法を使っていたということだろうか。

 確かに言われてみれば、私が見た跳躍電撃チェインライトニングはエリーゼさんが使っていたものだったが、巨大な魔物を一瞬で蒸発させてしまうようなそんな高火力の魔法だった気がする。

 目の前のドラゴンは黒焦げになりながらもまだぎりぎり生きているようでなんとかこちらに向かってこようとする……だが、炭化した腕や足がボロボロと崩れ、悲鳴を上げながら床へと崩れ落ちていくのが見える。

「拷問をしている気分だよ……すまないな……」


 エツィオさんの言葉と同時に、ドラゴンの巨体が完全に炭と化して崩れ落ちていく。最後に悲しそうな声で、少しだけ吠えた後にドラゴンは完全に沈黙した。

 肉の焼け焦げる匂いと、バチバチと音を立てて跳ね回る跳躍電撃チェインライトニングの残穢が辺りに散らばっている。

「あれだけ苦労したドラゴンが一撃……ため息出ちゃいますね……」


「何を言っているんだ、君があそこまで相手を弱らせていたから一撃で肩がついたんだ。君の頑張りのおかげだよ……ありがとう」

 エツィオさんが私を見て微笑む……ドキリと心臓が高鳴る。くそ……なんて破壊力だ。

 いや……イケメンの笑顔は本当に心臓に悪いわ……私は彼の顔を見ないようにそっと視線を外すと日本刀にこびりついた血を懐から出した紙で拭き取ると、鞘へとしまう。

 ふと胸に手を当てると、なぜか激しくドキドキしている……なんだよ、私なんか変だぞ……私別に男性に興味ないのに。

「そ、そうですか……でもエツィオさんのおかげで助かりました、ありがとうございます……」


「……通路が出てくるぞ」

 リヒターの冷静な声で少しだけ我に返り、周りを見渡すとそれまでなかったはずの壁が床面からパネルと組み合わせるように迫り上がっていくのが見え、天井もゆっくりと下がってきている。

 部屋の変形が進んでいくのを待つ……今回の部屋の変形は大きさもあったのか非常に時間がかかっている。まあドラゴンを出現させたくらいだからな……。

 どうしたものか、と悩んでいるとリヒターがとても緊張感のない声で私とエツィオさんに声をかけてきて、私はエツィオさんと思わず顔を見合わせてしまった。


「この時間を利用して、お茶を淹れるんだがお前らは飲むか?」

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