第八二話 騎士道(シヴァルリィ)
「ではまずは……
エツィオさんがパチンと指を鳴らすと、何もない空中に数本の電流が走り……それはまるで
私も
「……後ろ預けますよ。……お尻とか見ないでくださいね」
「……君は本当に、ったく……」
呆れたようなエツィオさんの返答だが、私がそうやって後ろを任せると言った意味は理解したようで、私のダッシュに合わせて
超高速でまるで真横に飛ぶ稲妻のように轟音と共に迫る
前方へと全力で走りながら日本刀を鞘へと収めると、私は最速の一撃を
「ミカガミ流……
『グギャアアッ!』
私の一撃はギリギリで身を翻した
私は、その攻撃を後ろに飛んで躱すとすぐに前へとダッシュして体勢の崩れた
しかし毛皮を切り裂いて血が流れる程度で、それほど効果的な斬撃にはなり得ない……ただ、傷はつけられるということか。
「
エツィオさんの声に反射的に一気に後ろへと大きく跳ぶ……直後
その威力は凄まじい……前世の記憶にあるような
『ガ……ガアッ……ま、まだだ……』
煙が収まったあと、
戦闘能力は既に喪失したと言っても間違いではない……私はゆっくりと
ギリギリと歯軋りをして悔しそうな顔をしているが、既に立っているのがやっとの状態だろう。
「もう諦めなさい、雌雄は決したと思うわ」
『ぐ……強い……強いなお前ら……あいつらの言葉は本当だったか……』
エツィオさんも既に戦意を無くしたと見たのか、私の隣へと歩いてくると、手に魔力を集中させてトドメをさす準備を始める。
彼の手に集中させた魔力が次第に電流と化していく……。
「さて……お前が人を殺して回っていたのは知っている、その報いを受ける時が来たぞ」
「だめええええっ!」
トドメを刺そうとした瞬間にエツィオさんと
「キャスをいじめないで! 私を守ってくれたんだもの!」
『モエ……君は僕を二度も助けるのか……』
グルル……と喉を鳴らして悲しそうな顔で萌を見つめる
エツィオさんは少し戸惑ったような顔で少女を見て、魔力を収めようと一歩後退してから私を見てどうする? と目で合図する。それを見た私は日本刀をしまってから萌ちゃんを安心させようと声を掛ける。
「萌ちゃん……虐めているわけではないけど……その生物は危険なの、お父さんの元に戻りましょう?」
「いや! お父さんは私を捨ててるもの! 私にはもう家族なんかいないもん!」
萌ちゃんはいやいやをするように首を振ると、一生懸命に
「萌ちゃん……」
『モエ……契約を解こう……君はもう必要ない』
「キャス……だめだよ……」
そして
『モエを連れていけ……』
「随分と……物分かりがいいのね」
その言葉にふっ……と鼻で笑うと
その様子を見てエツィオと私は戸惑う、なんだこれは……恐ろしく知能が高い
『騎士は負けを認めた時には潔く命を投げ捨てるものだと話していた。愚かだと思ったが、なぜだが僕は感銘を受けた……僕はモエに助けられた、だから彼女の嫌うものを排除した』
トンと優しく爪で萌ちゃんの頭を叩くと、萌ちゃんがなんらかの魔力なのか、次第に意識を失ってその場に崩れ落ちる。
慌ててエツィオさんが萌ちゃんの息を確認するが、きちんと呼吸をしていることがわかり安心したように息を吐く。
そのまま彼は萌ちゃんを抱き抱えると、
「騎士? それは昔欧州にいた騎士のことかしら?」
『ああ……古い魂に刻まれた記憶、騎士道だ……僕は精一杯戦った。モエに助けられて僕は彼女を助けようと思っただけだ、彼女に罪はない……二度助けられたならその者のために命を投げ打て……古い言葉だ』
「騎士道……ね」
前世の記憶でも魔物の中に英雄と呼ばれるクラスの個体が生まれることがある、狡猾で邪悪さが際立つものが多いが、中には恐ろしく高潔な意識を保つものもいたのだろう。
この個体は根は邪悪だったが、人間に助けられ何か普通とは違う変質を遂げたものなのだろう。
『さようなら、モエ……助けてくれてありがとう』
「
目の前の金髪碧眼の騎士が、血まみれになった僕を見下ろしている……これは古い記憶、目の前の騎士は紋章のついた盾と直剣を手に肩で息をしている。
凄まじい死闘だった、僕は一八〇人の騎士を殺していた……中には怯えてしまうものもいたが、一人だけ剣が折れるまで互角に戦っていた騎士がおり、僕はその騎士の顔を思い出していた。
彼は剣が折れたことで負けを認め、潔く死を選んだのだが……僕はなぜだか彼の死体だけは汚すことができないと思い、大事に扱っていた。
彼が死ぬ間際に語ってくれた言葉がなんとなく気に入ってしまって、僕は不思議と彼を死なせてしまったことを後悔していたからだ。
そしてしばらくして現れた一八一人目の騎士は凄まじく強かった……ケイと名乗る彼は人間離れした剣術と膂力で何度も僕の攻撃を跳ね返し、僕の体に傷をつけていった。
最終的に僕は疲れ切り、血を失い……地面へと倒れ伏した。もう立ち上がることすらできない。
僕は負けたのだ……彼と同じ騎士という人間の戦士に、そしてより高潔な魂の持ち主に。
『……殺せ、負けたものは潔く死を受け入れる、のだろう?』
「それは誰に聞いた?」
ケイはトドメを刺そうとした剣を止めて、僕に尋ねてくる。黙って横たわっている騎士の方向を力の入らない手で指し示す。
彼はその方向を見ると、僕が集めた花で覆い尽くされた騎士の亡骸を見つける……僕は彼だけは汚さない、むしろ敬意を持って扱いたいと思っていた。
『人間は死人に花を手向けるのだろう? ……違ったか? 彼は……真の騎士だったよ』
「いや……合っている。そうか、お前は……」
ケイは少しだけ驚いたような顔をするが、少しだけ口元に笑みを浮かべて……悲しそうな表情を浮かべる。
グルルと喉を鳴らして、目を閉じる。そうだ、僕は負けた、負けたのだ。
せめて最後は潔く……死に様が美しいと思ったあの騎士のように。彼は、ゆっくりと剣を振り下ろす。
「哀れな
私は日本刀を振って刀身にこびりついた血液を落とすと鞘へとしまう。
古い伝承の魔物、それが
それが何を意味しているのか? それまで魔素が恐ろしく薄く、魔法というものが存在しにくかったこの世界だが、異世界とこの世界の距離が次第に近づいているということなのだろう。
もしかして
「……まさかね……そんなことができるはずなんて……」
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