第六六話 大魔道(ソーサレス)
ニムグリフ暦五〇二四年、アルネリア大陸のとある街にて。
「ノエル、こっち来なさいよ」
ちんちくりんのエリーゼが俺を呼ぶ……俺たち
酒場の中は勝利の美酒に酔う戦士たちの熱気に包まれている……特にキリアンはなぜか胴上げをされていて、本人は顔だけでなく身体中にエールが降りかかっていてびしょ濡れになって騒いでいる。
ああいうところを見ると、本当に近所の兄ちゃんとしか思えないんだよな……。
「ん? ああ、俺そっち行ってもいいのか?」
「当たり前でしょ! 私のペースに合わせられるのあんたしかいないんだから、ありがたく隣に座りなさいよ」
エリーゼは少し酒乱の気があるので正直隣には行きたくないんだけどなあ……シルヴィを見ると、俺の視線に気がついたのか行ってやれ、という感じでにっこり笑う。
彼女はこういう場でもお酒を飲まないし……街の上役に挨拶もあるからと話していたっけ。
「へいへい、お姫様のエスコートは俺がやりますよっと」
ぼやきながらジョッキを片手にエリーゼの隣へと座る俺、そして非常に嬉しそうな顔で俺にジョッキを突き出すエリーゼ……俺にシルヴィという幼馴染の存在がなければ、このエリーゼというちんちくりんのロリまな板との付き合いはもう少しだけ深くなっただろうか?
俺はエリーゼのジョッキに軽く自分のジョッキを当てると、一気に中に入ったエールを飲み干す。
「お、行けるねえノエル。あんたのそういうところ嫌いじゃないよ」
エリーゼはからからと笑ってジョッキに入ったエールを同じようなペースで飲み干す……このペースは相当早いんじゃないか?
「お前……その体のどこにエールがそれだけ入るんだ?」
俺は少し呆れたような顔で、新しい二人分のジョッキに入ったエールを受け取ると、エリーゼへと渡す。ジョッキを受け取ると彼女はにひひと俺に微笑み、次は軽く啜るようにエールを一口飲む。
「今日はあんたにお礼を言いたかったんだ、私が狙われた時に身を挺して助けてくれたじゃない」
ああ、そのことか……と俺は今日の出来事を思い返す。
アルバトロスは魔王軍の幹部の中ではそれほど上位の存在ではなかったが、空中を飛行したまま強力な魔法をバンバン降らせてくるという実に厄介な敵だった。
当然の如く……剣士である俺の出番は少なく、俺はアルバトロスが放つ魔法を切り裂いたり、盾のような役目を果たすことで戦闘中の仲間をサポートしていた。
この戦いで最も活躍したのは目の前でエールを飲んでいるエリーゼだ、ちなみに今彼女は二杯目のエールを片付けたところだ。
『
この世界における魔法使い最高の称号である
男性だとソーサラーと呼ぶが、彼女は女性なのでソーサレスと呼ばれているわけだが……このちんちくりんは見た目よりもはるかに凶悪な存在だ。
さらに天空にある神々の戦争の痕跡……隕石を召喚して周囲を焼け野原に変貌させることすら可能だ。
あまりに強大な魔力を扱えることから普段からその魔力を消費させるために宙に浮いた杖に乗って移動しており、体力こそ見た目通りの子供レベルでしかないのだが、この世界の魔法使い全員が立ち向かっても勝てないであろうとまで言われている、まさに正真正銘の化け物なのだ。
その能力ゆえに子供の頃は化け物扱いされていて、実の親からも半分捨てられた状態で育ったと酔った時に話していた。
『実の親も怖がっちゃってさ……あたし師匠が拾ってくれなきゃ魔物扱いだったのよね……』
『そうなんだ、栄養不足だからまな板なんだな』
『……お前一度死後の世界見た方がいいと思うぞ?』
……この後めちゃくちゃ攻撃魔法がぶち込まれた。
懐かしい思い出を思い出して俺はくすくす笑う……その顔を見てエリーゼは少しだけ酔いが回って蒸気した頬のまま、何笑ってんだ? という顔で見ている。
「何笑ってんの? キモいわよ?」
「いや、お前と俺って結構相性いいよな」
その言葉にエリーゼはなぜか顔を真っ赤にして……下を向いてしまう、な、なんだいきなり。上目遣いで俺の顔を見ながらエールを啜っている。
「そ、そうね……あたし……アンタといるとちょっと楽しいっていうか、その……もうちょっと一緒にいてほしいなって思ってるわよ」
「なんだよ急に……いつも俺のそばにいるじゃねえか。これからもそうなんだろ?」
その言葉に……エリーゼは急にジョッキを取り落としそうになるが、俺はそんな彼女の行動を見て少しだけ、彼女の素直な部分や愛らしい部分を垣間見た気がして頬が緩んでしまう。
何かある度に俺に突っかかってくる彼女だが、俺は結構一緒にいる時間が好きだ。俺の心はどんな女と一緒にいても、ただ一人に向けられているのだが、エリーゼは友人として本当に良い関係になっていると思っている。
そう、友人……正直に言えば彼女が抱いているであろう俺に対しての気持ちには気がついている……だって百戦錬磨のノエルさんだもの、相手が俺に対して向けてくる好意なんか簡単にわかるっての。
彼女を殊更突き放すように、煽っているのもなんとかして距離をとってほしいからだという俺なりの優しさでもあるのだ。
目の前の女性を、大切な仲間……友人として絶対に傷つけたくない……俺は彼女を愛せないのだから。俺の心はシルヴィに向けられていて、エリーゼへ向けることが出来ない。だから俺はわかっちゃいるけど彼女の好意を受け止めることができないのだ。
「私……アンタがシルヴィを見ていることはわかってるけど……あ、ちょっと何すんのよ!」
「お前バカじゃねえの? 何言い出してんだよこのロリまな板が。十年早いんだよ」
俺はそれ以上彼女に言葉を言わせないように、エリーゼの頭をくしゃくしゃと乱すと、心にもない憎まれ口を叩いて、いつものように誤魔化そうとする。
「飲み過ぎだ、お前は体が小さいんだから無理なんかしなくていいんだ、わかってんのか?」
そんな俺の顔を見上げてエリーゼは、いつものように怒り出すのではなく少し寂しそうな笑顔を浮かべると、ポツリと俺にしか聞こえないように呟く。
「……シルヴィがいなくなればなって、たまに思っちゃうんだ。だから私すっごく嫌なやつなんだと思う」
ジョッキからエールを煽ると、エリーゼは少しだけ目に浮かんでいた涙を指で拭うと給仕にジョッキを渡して、新しいジョッキを受け取ると俺のもつジョッキに軽く当てて、グイッと飲むと独り言のように彼女は呟いた。
「本当に嫌なやつよ、私は……」
そこで俺の見ている光景が飛ぶ……。
「……ノエル兄を助けてよ!」
「無理です……シルヴィ。この傷を治せるのは……神しかいません」
シルヴィが俺を必死に揺さぶっている……その後ろでエリーゼが真っ青な顔で、俺を見つめて震えているのが視界の端に見える。
これは……最後の戦いの後か、そうか俺はキリアンを庇って……。
「ノエル……嫌だよ……なんであんたがいなくなるの……やめてよ、冗談でしょ?」
だめだ、お前はその気持ちをシルヴィの前で吐露してはいけない……俺は軽く首を振って、絶対にいうなとジェスチャーで伝える。それでもエリーゼは、呆然とした表情でよたよたと俺に近づく。
「やだよ……私もう家族だけじゃなくて友達を、好きな人を失いたくないよ……」
ボロボロと目から涙を流しながら、シルヴィの隣に座って俺の手を握るエリーゼ……そんな彼女のては震えていて、いつもは冷静な彼女の行動にキリアンやアナはそこで彼女が俺に特別な気持ちを持っていたのだと気がついた。
シルヴィは……エリーゼの隠してきた想いを知っていたようだ。だから彼女には何も言わずに俺のことを見つめて、そして目の前の俺がもう助からないとわかってしまったために堪えきれずに一緒に泣き出してしまった。
「エリーゼ……お前……」
キリアンが寂しそうな顔でエリーゼの肩に手を置いて目をつぶる。
「キリアン、勇者なんでしょ? 彼を……ノエルを助けてよ……私魔法使いだから回復魔法なんかわからなくて……どうしたらいいの?」
エリーゼは必死にキリアンに問いかける……だめだ、お前がそんなこと俺のためにしちゃいけない、もっと笑っていなければ……視界がどんどん暗くなる。
俺へ必死に呼びかけるシルヴィと、涙でぐしゃぐしゃになったエリーゼの顔が最後の光景か。
「……もういい、もういいんだ。俺は最後まで戦えたから……ありがとう」
「あああああああああっ!」
私はベッドから飛び起きた……ま、また死ぬ時の夢か、この夢は本当に恐怖を感じるのでやめてほしいんだけど。
一緒に寝ていたノエルが私の声に少し驚いたような仕草をするが、すぐに嬉しそうな顔で私に向かってピロピロ尻尾を振っている。
しかし私はここで前回との違いに違和感を感じる……前回はエリーゼの泣き顔なんか視界に入っていなかった気がするのだが、今回はやたらリアルにエリーゼの話していた内容まで聞き取れていた。
というか……私の前世ってどれだけモテてたんだろう? いや実際相当にモテた、というのは理解しているが。
酔ってる時のエリーゼさん完全に女性の目だったな……これまでの彼女の記憶はどちらかというと折檻してくる魔法使いという印象で、ちょっと苦手な相手というイメージだったのだが。
ノエルとの融合が進むにつれて、ぼんやりとした部分が鮮明になってきているのかもしれないな……ノエル自身もエリーゼさんのことは憎からず思っていたのか、どんなに折檻されても拒絶することはなく、友人としての距離感を一生懸命に保っていた、という感じだろうか?
しかしこのタイミングでこういう夢を見るとは……何か、何かが私の中で起きているのかもしれない。
「なんだろう? 昔の仲間でも転生してきたとか? ……そんな馬鹿なことは私だけだと思うけどね……」
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