第三一話 観察(オブザーブ)

『日本支部において、KoRJ構成員への降魔デーモン、及び協力者による直接接触が発生、全支部は注意されたし』


 KoRJ日本支部、東京本部は現在大騒ぎになっている。構成員たる戰乙女ワルキューレこと新居 灯に対して、降魔デーモンの協力者とみられる、個体名『荒野の魔女ウイッチ』による直接接触が発生したからだ。


 過去に直接接触が行われたケースは三度ある。そのいずれもが構成員が降魔デーモンへの恭順、そして人類を敵として戦いを開始するケースが多かった。

 例えば前大戦における欧州戦役について、歴史上において戦争の発端を作った有名な独裁者はKoRの記録を紐解けば降魔デーモンとの契約者コントラクターであったとされている。そのため直接接触が発生した場合、その対象者への調査が行われるのが通例であった。

 危険と判断されれば、抹殺……それくらいの緊急事態なのである。しかし医療フロアの監視部屋の中には現状に飽きて普段では絶対に見せないような、だらけた姿をしている新居 灯の姿があった。




「……つまんなーい! 私は全然平気だって言ってるのに!」

 私はKoRJのとあるフロアにある医療区画に閉じ込められて、検査服を着せられて二日ほど検査、質問攻めにされている。もちろんスマホも取り上げられ、家族との連絡すら遮断されている。あまりに暇なのでベットの上にひっくり返ってぐるぐる回って怒りを表現する。

 そしてその行動の虚しさにため息をついて、枕を抱えて現状を考える。


 まずこの部屋には何もなさすぎる……そして監視体制があるため、ずーっと視線を感じて実に息苦しい。

 着替えの時も視線を感じるのだ。これは女性として生きている私には実に苦痛だ。一応私は新居財閥の令嬢としてきちんとした貞操観念で育てられているため、これは本当に辛かった。


 シャワーは浴びれるが、その際もまた視線を感じる。私の感覚がカメラ越しでも監視されていることに拒絶感を感じているためだ。トイレも同様だ……とにかく二四時間視線を感じて息苦しくて仕方がない。何度か堪えきれずに壁を破壊してしまいそうになったが、なんとか理性で抑えている状況だ。

「くそう……これはもう組織ぐるみのセクハラに違いない……ここから出たら絶対に八王子さんに文句言ってやろう」


 私は頬を膨らませて乙女のプライバシーを侵害しているKoRに対して精一杯の抗議の意思を込めて、カメラに向かって拒絶のジェスチャーを繰り返す。……虚しい、実に虚しい。こんな無意味なことをしてなんになるのだろうか。ため息をついてベッドの上でひたすらゴロゴロ転がる私。この訳のわからない行動も監視されてるんだろーなー、と考えると本当に虚しくなってくる。

「せめてお菓子を出してほしい……よしカメラに向かってお菓子が欲しい、と伝えてみよう……」


戰乙女ワルキューレの様子はどうだ?」

 集中監視室において、直接接触のあった戰乙女ワルキューレに対する監視体制が敷かれて2日目。カメラ越しに監視している戰乙女ワルキューレの状況を報告する女性職員は、現状の報告を上司へと行うことになった。

「はっ、対象は特に精神汚染などの兆候は見られず……現在何かジェスチャーをしております。……お・か・し・が・ほ・し・い……はぁ? お菓子が欲しい?」


「……お前は何を言っているのだ」

「い、いえ……監視対象がカメラに向かって何かを言っていたので……どうやらお菓子が欲しいそうで」

 流石に馬鹿みたいな内容で、女性職員が苦笑いを隠せない。その言葉にその場で監視を続ける全員がくすくす笑い始める。二日間監視を続けていたが、対象はどうにも緊張感がなく……ベッドの上で転げ回ったり、枕を投げていたりとどうにも奇行が目立つだけだったのだ。

「……灯ちゃん、暇なんじゃないですかね」


 職員の一人が流石に可哀想になったのか、そんな言葉を発する。そうなのだ、職員達は新居 灯という可憐な少女の姿を見ている。確かに戦闘力は抜群に高く、人間離れしているがまだ一七歳の女子高生でしかない。そんな少女を監視するという任務は職員たちにとっても苦痛だ。彼女はちょっと無愛想なこともあるが、基本的に優しく笑顔も見せてくれる普通の娘なのだ。上司も少し苦笑いを浮かべて、ため息をつく。彼としてもこの状況は本意ではない。

「……そんなことは分かってる……ただ規則でな……仕方ない、監視体制を維持していればお菓子くらいは届けても問題なかろう。誰か行ってくれ」

 監視体制を引いていた職員たちはほっと息を呑む。彼らとしても新居 灯から嫌われるのは本心としてとても嫌だったのだ。




「お疲れ様。監視の結果君は問題ないと判断された……ってそのお菓子はどこから持ってきた」

 八王子さんが一生懸命にお菓子を口に詰め込んでいる私を見て、少し引いた顔をしている。

「職員さんからもらいまひた!」

 ひたすら口にお菓子を詰め込みつつ私は答える。そう、八王子さんが来る前に職員の皆さんが『お詫び』と称してたくさんお菓子を持ってきてくれたのだ。私としては不満は多かったが、職員さんたちの不安そうな顔を見て……本意ではなかったというのを感じて何も言わずにお菓子を受け取ることにしたのだ。


「全く……みんな君には甘いのだな……」

 八王子さんは苦笑いをすると、少し姿勢をただして私に向かって頭を下げる。

「すまない、灯くん。これも規則でな……それと君が接触した荒野の魔女ウイッチは元々KoRの構成員でな……秘匿情報ではあるが、君にはきちんと話すべきだと思う」

 その言葉に私はお菓子を食べる手を休めて……八王子さんに向き直る。元々構成員だった? つまりは降魔デーモンとの契約者コントラクターになったということだろうか?


「詳しく聞いてもいいですか? 確かに彼女からは人間の匂いしかしませんでした」

「うむ……荒野の魔女ウイッチ連合王国キングダム、つまりイギリス支部の構成員だ。彼女の家系は代々荒野の魔女ウイッチという称号を受け継いでいて……魔法能力に長けた一族なのだ」

 確かにあの女性はこの世界では考えられないくらいの膨大な魔力を有していた。それこそ前世の大魔道に匹敵するくらいの……しかしそれではこの世界の物理法則に反しているとしか思えない。


「でも魔法というものがこの世界では……その、大したものではない、ということだったと思うのですが……」

 私は素直に思った疑問を八王子さんにぶつけてみる。前世ならいざ知らず……この世界の魔法使いと呼ばれる人種は、全て児戯に等しい、それこそ詐欺師のような連中しか見たことがないのだ。魔素の薄さ……この世界で自我が生まれた際に、私は恐ろしいくらいの魔素の薄さに驚いたのだ。

「それがな……荒野の魔女ウイッチの一族はちょっと特殊だ。世代を重ねるにつれて前世代の魔力を受け継ぎ、練度を上げ……イギリス支部でも有数の魔法使いとなった」


 継承インヘリタンス……前世でもこの能力を見たことがある。その前の世代の能力を全て受け継ぎ、成長させていく能力。人間ではこの能力を扱えるものは存在しなかった。

 それこそ降魔デーモンの眷属がひたすらにこの能力を行使し……そして私たち勇者ヒーローパーティが戦った魔王ハイロードとして覚醒したものだけが有する能力……。


「つまり……その荒野の魔女ウイッチは世代を重ねると強くなる……と?」

「そうだな、原理としてはそういうことになる。そして君が遭遇した荒野の魔女ウイッチ……第三二代目荒野の魔女ウイッチであるアマラ・グランディは過去存在した荒野の魔女ウイッチの中で最強だ……」

 確かにな……あれほどの魔力は前世でも一人しか感じたことがない……大魔道として世界に知られたエリーゼ・ストローヴ、私の前世の友人でもあり、最強の魔法使いだけだ。


 それと同等の魔法使いがこの世界でも存在する、これは実に恐ろしい事態だ。エリーゼは天空から隕石を降らせ、爆炎で城を焼き、核爆発に等しい魔法で敵軍を壊滅させる壊れ性能バランスブレイカーだったのだから。

荒野の魔女ウイッチはどういう魔法を使うのですか?」

 私は少し戦々恐々した気分で八王子さんに尋ねた。正直言えば、接近戦ならエリーゼに勝てると思っている自分がいたが、少しでも距離が空いたら彼女に勝てたのだろうか? という疑問が少し湧いている。

「アマラはあまり魔法の力を使いたがっていなかったからな……爆炎で敵を焼くとか、氷の雨を降らせるなどの現象を起こしたことは記録されているが……本気で魔法を使ったことはないと思うぞ」


 さ、参考にならない……ただもしかしたらこの世界の原理原則である魔素の薄さは、魔法の行使にある程度影響を与えているかもしれない、と思った。前世では魔素をいくらでも回復できただろうが……この世界は残念ながら魔素が薄すぎて、自然回復は難しいのかもしれないしね。

 考え込み始めた私を見て、八王子さんは私がKoRJへの不信感を感じてないと認識したのか……少し安心したような表情を見せる。


「とにかく……君への嫌疑は晴れた。家に帰っていいぞ、本当に疑ってすまなかった……」

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