第二五話 番犬(ウォッチドッグ)

「じゃあ、早速ですけど。知っていることを話してくださいますか?」


 私と悠人さんの目の前には、縛り上げられ黒焦げになった死肉人形フレッシュゴーレムもとい汲沢組長が座っている。私はにこやかに笑いながら、組長が話をするのを待っている。

 相手の戦闘力はほぼ無力化した……はっきりいえばこの後組長が抵抗したとしても私の武神流があれば、関節が燃えて炭化しかけている状態の彼を再び無力化することは容易い。

 まあ……死肉人形フレッシュゴーレムの体では痛みを感じないであろうから……拷問とかは効果がないと判断してのことだ。


「俺が知っているのは、あいつらが異世界から来て俺の肉体を改造してくれたってことと、何かをやっているということだけだ」

 組長は不貞腐れたような仕草をするが……もともと表情を作れない死肉人形フレッシュゴーレムの顔では、正直よくわからないな。

 私はどうしたものか、と悩みつつ異世界からの来訪者について考えている。

 私は……元異世界人とはいえ私は前世ですでに一回死んでいて、正確に言えば……異世界人ではなくこの世界の人間だ。

 なぜ記憶があるのか、は未だに私自身はわかっていない……ライトノベルであれば死に際に神様が懇切丁寧に説明してくれるんだろーけど、そういうイベント無かったなー。

 人生とはそれほど親切設計ではない、ということなんだろうか。でも正直なところを言えば、転生するにあたって軽い説明くらいは欲しいな。


「組長……なんで人間やめたんですか……」

 悠人さんが本当に泣きそうな顔で組長を見つめる。悠人さんと汲沢組長の間に何があったかわからないが、戸塚組長だけでなく、この汲沢組長は悠人さんと仲が良かったのかもしれない。

 悠人さんの過去はよく知らない……というか彼はそういう話を全くしようとしないので私たちもあえて聞くようなことはしていないのだけど、本当に謎めいた経歴の人だな、とは思う。


「俺ぁ……探偵時代に組長に散々可愛がってもらって……いつか恩返ししたいって思ってたんスよ……」

 その言葉に、組長が少し感じることがあったのか、少し間を置いてから口を開いた。

「……墨田、俺は末期癌だったんだよ……もう助からねえって言われてな。そのときにあいつらが助けてくれたんだ。だから生身の肉体を捨てた」

 そこまで話すと……組長はため息をついて……悠人さんに顔を向けるが、ふとその顔が表情がないにも関わらずとても寂しそうな、そして悲しそうな顔に見えた。

「後悔はしてねえ……死ぬのを待つだけなら、一花咲かすのも悪くねえと思った……それが人の道を踏み外すことになってもな」


 話を終えて、がっくりと肩を落として俯く組長。悠人さんは何か言いたげに口を何度かパクパクさせるが、言葉にならなかったようで、そのまま俯いて黙ってしまった。

 これ以上の情報は本当になさそうだな……とは思うが、組長をこのまま放置することも難しい……KoRJに回収させる方が良いのだろうか? でもこの謎の魔道技術含めて彼は実験台にされてしまう可能性があるので、それを望んでいない以上私たちが簡単に引き渡す、というのも判断がしにくいのだ。


 どうしたものかと思案を巡らせていると、急に組長の口から別の声が発せられる。

「うんうん、そうだねえ。死ぬよりも最後の花を咲かせる……悪くない発想じゃない?」

 その声に私と悠人さんが咄嗟に戦闘態勢をとる……組長とは違って、非常に若い……下手をすると私くらいの年齢の男性の声だ。私と悠人さんは慌てて戦闘態勢を取って、少しだけ組長から距離を取る。

「な、なんだ。俺の口が……」


「はいはい、組長は黙ってて。今は僕が喋るんだから……やあ、お嬢さんとその護衛? かな? 初めまして」

 組長の口から男性の声が響く……独特の不快感を感じさせる、不気味な印象の声だ。

 不快感を微かに感じるが、とても心地よいようなそれでいて油断ならないような不思議な旋律の声だなと私は思った……。

「組長の目を……ああ、無いんだった。一応君らの動きは見えていたよ。特にそこのお嬢さんは……素晴らしいね。しかも僕は君の技に見覚えがある……」


 不気味なくらいに口を歪ませると、目のない顔を私に向かって向けて笑う組長もとい謎の声。

 そうか……死肉人形フレッシュゴーレムの体は所有者に支配権が発生する。組長は魂や脳を、この死肉人形フレッシュゴーレムに接続しているだけで実際の所有者が別にいるのだ。

 この声の主が所有者ということだろうか?

「僕らと同じ異邦者フォーリナーかな? でも僕ら以外にこっちへ来てるなんて聞いてないし……気になるねえ、クハハッ」

「……あなたは何者ですか?」

 組長は大きく顔を歪ませ、体の各部を軋ませながら、嬉しそうに私の問いに答える。


「僕はララインサル……組長を監視する番犬ウォッチドッグさ。君らは僕の姿を見てないと思うけど、僕は何度か見ているよ……さっきも会ってるしね」

 その言葉で、私はこのビルにきた時の、あの男性のことを思い出した。フードを目深に被っていて口元しか見えなかったあの不思議な、そして違和感のある笑顔。少し気にはなっていたが、気のせいだろうと見逃したあいつだ。


 掌底を死肉人形フレッシュゴーレムの頭部に突きつける。本来であれば……日本刀があるのだが、今は持っていないから仕方ない。

「ククク……この構え……この世界の武術とはちょっと違うから、やっぱりあの厄介な武神流……この世界には使い手はいないし……君が使う剣もミカガミ流なんて、おかしいなあ……?」

 やはり……降魔デーモンも併せてだが、私の知識などが共通しているのは前世の世界に関連する連中だってことか……。

 ミカガミ流の話はこの世界ではしたことがない……いや正確には技を出すときに口に出しているので、聞かれてはいるのだろうけど。ミカガミ流や武神流に相当する剣術、武術はこの世界には存在していない。


 それを知るのは……前世の世界の連中だけ。つまりこの声の主はやはり異世界からきている、と言うことだろうか。

「どういうこと? 降魔デーモンはあなたたちが呼び寄せている……?」

 私はあえて否定はせずに、逆にこちらで確認したいことを返してみる。否定をしないのは……それをしたところで意味がないと思ったからだ。すでに見られたときにバレてるのであれば、だが。


「……否定はしないんだねえ、正直だなぁ。……僕が知りたいのは君みたいな若い女性がなぜそれを知っているか? ということだね。それ以外の君の問いには答える義務はないよ」

 死肉人形フレッシュゴーレムの口が歪むように笑いを浮かべると……突然、青い炎が巻き起こる。笑いながら炎に包まれていく組長の体。

「組長に余計なこと喋られても困るんでね……処分しよう、アハハ」 


「く、組長!」

 悠人さんが部屋に設置されていた消火器を手に取り、組長へ向かって噴射させるが……青い炎は消えるどころか、勢いを増していく。焦って一生懸命に消火器の消火液を当てているが効果がない……これは魔法か何かで作った炎だろうか? だとしたら消化液では消えるはずもない、術者がこの炎を消さなければ。

「墨田! 早くここから逃げろ! こんな場所で死ぬんじゃねえ!」

 そこに組長の声が響く。みると先程までの死肉人形フレッシュゴーレムが浮かべていた笑顔ではなく、必死に口を開く……組長の口元が蘇っている。

 支配権を強引に取り戻したのか、それともあの声の主がもう必要ないと判断したのか……正確なところはわからないが、今は組長が体の支配権を確立していたのだろう。


「悠人さん! ダメです、貴方まで巻き込まれます!」

 なお助けに行こうとする悠人さんを抑えて、私は部屋から懸命に彼を引き摺り出す。炎が勢いを増し、部屋を包んでいく……。

「離せ! 組長を助けな……っ……」

 悠人さんはなおも助けに行こうともがくが……私が自分を見て、行ってはいけないと一生懸命に首を振っているのを見て、そこでもはや救い出す術がないということに気がついたようだった。


「悠人さん、も、もう無理です! ……この勢いでは……ッ」

 轟々と炎がこの階全体に広がっていく。少し体を震わせて……悠人さんはすぐに自分の頬をパチンと両手で叩くと、非常階段の方向へと私の手を取って走っていく。

「わかった……出よう……灯ちゃん」

 私と悠人さんはビルの非常階段を走り……なんとか外へと逃げ出した。轟々と炎を上げて燃え盛るビル……誰かが通報したのか、消防車のサイレンや野次馬が集まってきている……。すぐにこの場所を離れないと……。

「悠人さん、一旦KoRJへ戻った方が……」


「あ、ああ……」

 私はスマートフォンを取り出し……青山さんへと電話をかける。近くの街道でピックアップをしてもらおう。

 チラリと横目で悠人さんをみると……俯きながら座り込んでしまっていた。こういう面を見せる人ではないので……ちょっと珍しいかもしれない。

 こういう時の男性には話しかけない方がいい、これは前世で同じような感じになった私が、話しかけられて感情のまま相手を詰ったことがあるからで、それをやると双方がすごく嫌な気分になるものなのだ。

 だからあえて話しかけない。

 悠人さんは青山さんが到着するまで、ずっと座り込んで俯いていた。


「なんでだ……なんでだよ組長……どうしてこんなことしたんだよぉッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る