第四話 火炎の魔法使い(ファイアメイジ)
「お、灯ちゃん。相変わらず驚くくらい良い女だな、ちょっとだけおっぱい揉んでいいか?」
出会い頭のいきなりのセクハラ……遠慮なく伸びてくる手をべしっと叩き、ちょっとむかついた私は声の主に心の籠らない笑顔を向ける。
「コンプライアンス違反ですよ、悠人さん……いい加減にしてくださいね」
上下とも着崩したスーツを着ており、ネクタイはしていない。全ての指に指輪を嵌めており、指輪も髑髏や悪魔の造形をもとにした不思議な彫刻が特徴だ。正直この指輪は趣味が悪いと思うが……本人は相当気に入ってるそうで、前にとても自慢された記憶がある。
会う度にこのセクハラは続いている。もはや日常風景となっている感があり……誰も注意することすらしない。この程度では私は怒ったりしない、悠人さんに屈しないと思っているのだ。それで良いのかこの支部は……きちんとコンプライアンスを遵守して、この全女性の敵……性獣を滅してほしいと思う。
「そっかー、でもいつか揉ませてくれよ。俺さぁ灯ちゃんのおっぱい揉めたら死んでもいいって思ってんだよ」
悠人さんは諦めずに私の肩に優しく手を置いてニコニコ笑っている。セクハラばかりで辟易するが、日本支部の能力者としては非常に優秀な戦力だ。だからぶん殴るのはやめておくことにする。ピキピキしてますけどね!
「墨田さん、女子高生にセクハラをするのはちょっと……」
私たちの補佐をしている青山さんが悠人さんに苦言を呈する。ドライバーや情報サポートなどを行う担当で、能力者ではないが常識人として重要な人物だ。眼鏡をかけて七三に分けた髪型、よくみると少し白髪が混じっている典型的なおじさんという風貌だ。その青山さんの横にあった花が突然燃え上がり……青山さんが驚いてその場から離れる。
「はあ? サポート役がなんで俺に意見言ってんだよ……ってな、冗談冗談」
悠人さんが悪戯っぽく青山さんに笑うと、着火した炎を消す。悠人さんの能力は
コードネーム『
年齢は確か……二〇代後半と聞いている。普段はKoRJの職員として働いていることになっているが、仕事をしない事で有名な社内ニートって評判だった。ただ、戦闘となれば彼は優秀だ。単純な戦闘能力では私の方が強いはずだが、消えない炎がとてつもなく厄介なのだ。そして細身なのに接近戦もこなせる。万能キャラ、という言葉がしっくりくる。
「それよりも、仕事の話をお願いします」
「準備はいいかな? 今回のミッションを説明しよう」
KoRJの部長、
私はこの八王子さん、という人物を気に入っている。というのもこのおじさん、普段はこんなだが案外面倒見が良く、私が望めばスイーツを好きなだけ食べさせてもらえるからだ。餌付けされている、とも取れるが女子高生はスイーツが大好きなのだ。それは前世がオジ様剣聖だった私でも抗えない欲望だ。
スイーツを食べているときに浮かべている笑顔の私を見て、娘をみる父親のように優しい目をする八王子さん……前世の私には子供がいなかった。死ぬ前に将来を約束した相手がいたが……もし伴侶と子供を作っていたのであれば、自分のような娘が生まれていたかもしれない。
だから八王子さんの優しい目を見て、もしかして自分がこんな目をしていたのではないかな? と思ってしまい、それからなんとなく懐いてしまった自分がいる。
「今回のミッションだが……タチカワにあるとある病院に行ってもらう、降魔が出たとの連絡を受けている」
「タチカワ? 都下の方ですよね」
うむ、と八王子さんが頷く。KoRJの入っているビルからだと高速道路を使っても一時間以上かかるのではないか。あまりに夜遅くなってしまうと親が心配する。KoRJで書類整理のバイトをしている、という設定で親には話しているが、それでも女子高生であることの限度はあるのだ。
「今回は移動のためにこちらで車を用意した。帰りは直接ご自宅へ送迎しよう。親御さんにも許可はとっている」
八王子さんは私の不安を解消するかのように優しく笑う。本当に八王子さんはいい人だな、と感心する。こういう細かい心遣いがとても嬉しい。だから私はKoRJで働いているのだが。
「それではすぐに動きましょう、私は準備をします」
ソファーから立ち上がって、私は更衣室へ向かう。戦闘服や武器や戦闘用のブーツなどはKoRJに置きっぱなしになっている。家に日本刀を持って帰った時に、母親が大騒ぎをしたことがあって、それ以来気を遣っているのだ。
更衣室に入り、私は自分のロッカーを開ける。そこには私がこの世界で愛用している無銘の日本刀、そして軍用ブーツが一足、革のグローブ、戦闘服一式が入っている。
日本刀は今の私のお気に入りだ。この日本刀は鎌倉時代に打たれた、とある『名刀』をモチーフとして現代の技術で打ち直された私専用のオリジナル日本刀だ。
少し長めの刀身と鋭い切れ味、前世では見ない美術品としての美しさを持っている。古代日本の刀匠は素晴らしい技術を持っていたのだな、と感心すること頻りである。KoRJは特殊な金属を使用し、古の技を用いて鍛えられたこの日本刀を私に貸与してくれた。私のパワー、そしてミカガミ流剣術で振り回しても折れない素晴らしい武器である。
前世で使っていた魔剣グランブレイカーはいくら念じても出現しなかった……あの剣は私と精神的に繋がっていたはずだが、転生してからはその繋がりも切れてしまったようで存在を感じない。
準備のために制服を脱ぎ白い下着姿となった自分を……鏡で見つめて、『ふむ、やはりスタイルが素晴らしい!』と自然と私の顔に笑みが溢れる……いや、なんか男性目線で自分の身体を見てる変な人みたいだな、と気がつき慌てて頬を少し叩く。
鏡に映る自分……やっぱ発育はいいなぁ、と自分の胸を見て考えてしまう。いつから成長したんだっけなあ? と記憶を探るが中学生くらいから急激に女性らしい体型になっていったのを見て、前世の自分に娘がいたら成長のたびに喜んだんだろうか? と考えることもある。
ちなみに現世の私は同級生の中でもスタイルが良く……同級生からもよくスタイルを出汁にイジられることもある……ちなみに一番イジってくるのはミカちゃんだったりもするのだが。
次にロッカーより戦闘服を取り出す……青葉根の制服をコピーして作成してもらった、特殊繊維性の強化服だ。ちなみに今着ている制服をコピーしてくれ、と頼んだのは私だ。
一応女子高生なので制服が一番可愛い正装だと思ってるからだ。それに青葉根に通っているのは、たまたま中学生時代に見た、青葉根の制服がとても気に入ったから。前世が男性でも女性として長年生きていると価値観も変わるものだ、と自分にある意味感心する。
それまで着ていた制服は丁寧に畳んで袋へと収納する。これは仕事の時に車に置いておこう。
ロッカーからスパッツを取り出すと、スカートをたくし上げてから下に履き、下着が見えないように工夫する。KoRJは男性が多い。下手に中身が見えてしまうと余計なことを考えてしまう人もいるだろう、という配慮から必ず仕事の時には履くようにしている。
まあ、前世の私ならスカートの中身が見えたら、絶対にドキッ……いやちょっと色々考えちゃうだろうしなあ……それと前世よりもこの世界の下着は面積が、その……とても小さい。最初見た時は『本気か?!』と驚いたものなのだ。だから、他人への配慮というのはとても大事だと思う、うん。スパッツを履き終えると私はスカートを元に戻して、少しだけ形を整える。
それまで履いていた靴を脱ぎ、
最後にグローブを華奢な手に嵌めると、日本刀を腰に差す。グローブは全力で敵を殴ったりするときの手の保護のためと、滑り止めと……いざというときの防具の代わりに使っている。
鏡を見つめ、自分の顔を確認する……少しだけ化粧を直さないとダメかもな。
私は化粧が濃いタイプではないが、学校の校則がそれほど厳しくないため、普段から気持ちナチュラルメイク程度には化粧をしている。ミカちゃんが化粧の仕方や、流行についてよく教えてくれる。女性となってからは全てが新鮮な経験だ。
化粧ポーチを開け、中に入っている化粧道具を取り出して軽く化粧を直していく。仕上げに口紅をリップブラシを使って軽く整えるともう一度鏡を見る。
うん、我ながらとても可愛いと思う。鏡に向かって少し微笑んでみる……あら、なんて可愛い女子高生が一人いるのかしら……少しだけニンマリと笑顔を浮かべてから、自分の姿に少し恥ずかしくなって少し頬を染めて真顔に戻る。
「な、何やってるんだろ……私……」
でもまあ、とある民族では戦いの前に化粧をして戦に備えるという……それと同じようなものだ、と自分で自分を慰めると、ポーチを通学用のカバンに戻し……これで準備万端かな。
準備ができた私は、入り口に向かって歩き出す。ここからは私の仕事の時間だ。
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