第三話 円卓の騎士団(ナイツオブザラウンド)
この世界は危機に瀕している……。
何気なく過ぎる日常、そして一見平和な世界。戦争は遠い国で行われており人々は平和というぬるま湯の中に浸かり切っていた。しかしその平和の間に、少しずつ猟奇的な事件が増えていることに人々はまだ気が付いていない。
『通学中の学生がバラバラにされて殺された』
『田舎で森に入ったまま帰って来なくなった父親』
『路地裏で何かに食われて死んだ会社員』
新聞では小さな扱いにされているそれらの猟奇的な事件は実は全て繋がっていた。……
『竜が空を飛んで人を捕食した』
『血を吸う吸血鬼が現れた』
『牛の頭をした巨人が斧を振るって軍隊を壊滅させた』
『不思議な力を使うものが現れた』
そんなファンタジーにもありそうな事件が相次いだのだ。当初はUMAの出現か! とテレビやラジオで持て囃された事件だが、オカルトブームが終息するに従って興味を持つものが少なくなっていった。
オカルトブームに便乗したと言われたこれらの事件、国際社会が設立した特殊機関『
インターネットの普及に伴って、完全な沈静化は不可能であったものの、今では掲示板などに情報がリークされても『デマ乙』『妄想キター!』などの言葉で片付けられるようになっていた。
しかし、これらの情報は全て真実であった。
ただ、人間が扱う魔法、呪術はまだ拙い。そして力を顕現させた術者は大半がKoRの捜査の網にかかり、スカウトされ降魔と日夜戦っている。
新居 灯も中学生の頃に素手で
そして彼らは驚愕した……新居 灯はこの世界ではありえないレベルの身体能力、そして驚くべき戦闘能力を有していたのである。すぐにKoRは灯を説得、スカウトして新居 灯もそれに応える形で以来KoRのお世話になっている。
処は変わって、都心を走る電車の車内。男子高校生
『拝啓、麗しの君。
今僕は君の座っている席から、少し遠くの席に座って君を想っています。
君は今、手作りのブックカバーをかけた小説を読んでいる。
その滑らかな手でページを捲るたびに、僕の心は高鳴ります。
どんな小説を読んでいるのでしょうか? 頰にさす朱。
美しい恋愛小説を読んでいるのでしょうか、桜色の唇が深く吐息を漏らしていますね。
同じ空間にいるだけで、同じ空気を吸っていると考えるだけで僕は幸せです。
どんな恋愛が好きなのでしょうか? 僕は君のブックカバーになりたい、ああ……なりたい。
麗しの君……君の名前も僕は知らない。青葉根高等学園の制服を着た君。
教えて欲しい、美しい女神よ、いつか君の愛を僕にくれないか』
電車内に隠れるように座る折田以外の男性客たちも、一人の女性に釘付けだった。長い黒髪は夜の闇を凝縮したような輝きを、美の女神ですら嫉妬するであろう美しい風貌、大きな胸、滑らかな首筋、膝より少し短いスカートから覗く白い素足。小説のページを捲るたびにほぅ、と桜色の唇から漏れる艶かしい吐息、ほんのり朱のさす頰に触れる細い指。
女性ですらその美しさに嫉妬を忘れるような美しい少女、新居 灯が電車の席で小説を読んでいた。あまりの神々しさに彼女の周りは少し離れてしか座ることができなかったので、何を読んでいるかは判らず遠巻きに見つめるだけである。
「ああ、なんて美しい……歳三様と同じ時代に生まれたかった……」
私は誰にも聞こえないように小声で独り言を漏らす。
読んでいる小説は、とても女子高生が読まないであろう幕末に生きた新選組副組長である土方歳三の生き様を書いた、私が最もお気に入りの一冊だ。わざわざミカちゃんと一緒に選んだピンク色の布で手作りしたブックカバーを使って、一見恋愛小説でも読んでいるような偽装を施してある。
まあ、なぜかというとミカちゃんに『電車でそんな小説読んでる女子高生いないから! 人格を疑われるからカバーをしなさい!』と怒られたから。別に私は気にしないんだけどなー、って話したらものすごい剣幕で叱られたので泣く泣くこのような工作をしている。
私のお気に入りのシーンは歳三様が負け戦と知っても最後の突撃を敢行し、そして敢えなく討ち死にをするシーンだ。ここだけは何度も読んでしまう……戦士同士のシンパシーのようなものを感じるのだ。
この時代ではなく歳三様と同じ時代に生まれて、彼とともに
「どうしてこの時代に……生まれてしまったのだろう」
打ち震える胸の高鳴りを抑えるように、ほぅ……とため息をつく私。そのため息ひとつで周りの男たちが同じようにため息をついている。なんでシンクロしてるんだ、この電車内の人たちは。
正直に言えば私を見て恋の対象や、欲望の眼差しを向けてくる男がたくさんいることはわかっている。でも前世が剣聖だった男性なのだから、男から色目を使われても困ってしまうのだ。そういう目で見ないでくれ、と心では願っている。
小学校、中学校でも何度も告白された記憶がある。
顔を真っ赤にして告白する男子を見て、ちょっと可愛いなって思ってた……全部断ったけど。
ひどい時には強姦目的の誘拐未遂にすら出くわした……犯人は鉄拳制裁したけど。
みんな私のことを興味深そうに、好奇の目で見ている。それが本当に辛い時もある。
そりゃあこんな美貌の女性が歩いていたら見ちゃうだろうなとは思うけどね……時折とても辛い。
だから小説を読んでいる時だけは周りの目を気にせず没頭できる。通学に使っている電車で、思う存分小説を読んで過ごすのが私の日課だ。ページを捲り……次のシーンで再び感動し吐息を漏らす。
灯の吐く吐息に合わせて周りの男性も同じようにドキッとする。不思議な光景がそこでは繰り広げられていた。
KoRJは都心から少し離れたとある駅の駅前にあるビルに入っている。駅の周りにはこのビルほど高い建物は無いため、かなり違和感のある光景に見える、らしい。この立地になったのは、首都高速の出入り口が近く利便性が高いのと、電車で一駅向かうとすぐに環状鉄道のハブ駅に到着できるからだ、という話だった。
入り口に入り、受付に向かう。ビルの来客にもジロジロとこちらを見てくる人がいるが、これは制服姿の女子高生がなぜこんな場所に? という好奇の目だと思って我慢する。
KoRJ専用の受付に着くとKoRJに雇われている受付嬢、名前は確か……右の人が桐沢さん、左に座ってるのが益山さん、だったかな。
二人は私が受付に歩いてくるのを見て、立ち上がって笑顔でお辞儀をする。
「灯ちゃん、今日もバイトなのね。うちも人使い結構荒いわねえ……」
「はは……大丈夫ですよ、入館の受付をお願いします」
そんな彼女達に私も軽く頭を下げて、いつも使っているピンク色のパスケースに入っている私の入館証を提示する。
「灯ちゃん、それ可愛いね、彼氏からのプレゼント?」
桐沢さんが私のパスケースを返してくれた時に、カバンについている黒い熊のキャラクターを見つけて笑顔を見せる。
あー……これはミカちゃんと一緒に買い物へ行った時に買ったアクセサリーだったっけ……熊なんて前世だと、危険すぎて討伐対象になったようなレベルのものが多かったけど、現世ではなぜかキャラクター扱いだったりしてそのギャップにちょっと物欲が沸いたのだけど、もの欲しそうな顔している私を見て、ミカちゃんがわざわざプレゼントしてくれたものだ。
「同級生がくれたんです、私の髪の色に近いからって……彼氏からじゃ無いですよ、私彼氏なんていませんし」
苦笑しながら答えると桐沢さんは少し驚いたような顔を見せる。なぜか彼女の頰にも朱が差している。
驚くのも仕方ないだろうな、私結構無愛想な時期が多くって受付嬢の間でも「
「三〇階の部長室へ向かってね、あまり無理はしないようにね」
益山さんは手元の端末を操作すると私に笑いかける。
小さく手を振って、笑顔で「ありがとうございます」と答えて私は三〇階へと向かうべく、専用エレベーターへと歩き出す。ふわりと長い黒髪が揺れ、まるで夜の闇を凝縮したベールのように見える。
「はー、灯ちゃんマジ可愛いわー」
「彼氏いないって本当なのかしらね? 狙ってる男子は多いと思うんだけどねえ……」
桐沢と益山は灯を前にした時の謎の緊張感から解放されて、ため息と共にそんな独り言を漏らした。
そんな二人を尻目に、黒髪を靡かせた新居 灯の後ろ姿が遠ざかっていく……。そんな新居 灯の後ろ姿を見ながら桐沢は呟く。
「最近本当に女性らしくなったよねぇ……みんな気になって仕方ないと思うんだけど……」
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