第29話 気楽ちゃん⑪
7つ下の妹は幼い。
同じ病気でも私は受け入れている事と、地獄の中にも救いの手があったのだ。
2年間の学校生活、義姉との出会い、同志との語らい、それら全てが彼女には無かった。
痛さのレベルも苦しさの度合いも比べ様が無かったが、激しい人だった。
常に痛みに喘ぎ、周りに居るダレソレに関係なく罵声を浴びせる。
「何で私だけこんな目に遭うの。」「こっちを見ないで。」
モノを投げて壊す癇癪を起こし、泣き、疲れて眠り、また起きて癇癪を起こす。それが日常だった。
彼女は多分私よりも症状が悪かったのだと思えた。
私とほぼ同じタイミングで命の蝋燭が尽きようとしていたからである。
それでも家族は一緒に居たし、勿論見捨てる訳が無い。それを確かめるようにワガママを試す。
妹にとってはそれ以外に愛を感じる方法が見つからなかったのと、それぐらいしか一日にやる事が無いのだった。
ほとんど寝たきりの彼女には生きる意味が見つからないのだ。
毎日私に殺してほしいと懇願していた。
「毎日毎日、死にたくなる痛みが続くの。死んでしまえた方がずっと楽だって分か
る。」
「それでも私達は闘うしかない。最後の瞬間に後悔しない様に」
自分にも言い聞かせる。
「何で私は生かされているの?生きている意味があるの?今すぐに死にたい。」
「生かされていたとしても、それでも生きている事自体に意味がある。死んでしまったら全てが終わりなんだ。」
自分もずっと同じ疑問を持ち続けているが話さない。話してはいけないと感じていた。
「お姉ちゃんは良いよね。ここ以外にも行ける所があって」
一緒に居ると本当に辛かった。気持ちが全て分かってしまう。そんな事が言いたいのでは無いのだ本当は。ただ何かを恨まないと、何かを傷付けないと自分の傷の大きさに途方も無くなってしまうのだ。
「ごめんなさい。酷い事ばかり言って、お姉ちゃん嫌いにならないで。ごめんなさい。」
誰がこの子にこの病気を植え付けたのだ。こんなにも弱く脆い純粋な赤ん坊に。
神が試練を与えるのはその人に強くなって欲しいから与えると聞いていた。
この子は試練の度に弱くなり、壊れている。
神様はもう信じていなかった。
こんな状態を見て神様の話を出来る人間が居るのか?
私達に試練と称した終わらない拷問をいつまで続けるのだ。
せめてこの子の気が少しでも紛れるようにあやす。
眠れるまでは毎日一緒に居た。
「このまま眠るのが怖いのお姉ちゃん。助けてお姉ちゃん。」
分かるよ。手を本当に軽く握りただ側にいる。それしか出来ないし、私達はそれだけで良かった。
私の身体ももう限界が来ていた。
外を出歩く元気がもう無かったし、義姉と話す時間も少なくなっていた。
あっちから来ることも無い。もう私に会うのが嫌になったのかな。
日に日に弱っていく人間が二人も居ると家族は気が気でないだろう。片方の面倒を見たらもう片方が苦しんでいる。
終わらない看病は家族の心も壊している。
母は元々病弱なのもあり、私達に合わせてどんどん調子が悪くなっている。それでも私達に寄り添うのはやっぱり母親だ。
父は仕事を辞めてパソコンを片手に出来る仕事に就いた。凄い人だった。私達のワガママを真正面から受けながら仕事もこなす。
ただ外見は精悍で渋い俳優みたいな雰囲気から大分変ってしまった。一気に歳を取り、一度も染めなくても真っ黒だった自慢の髪は人形の髪の毛の様な人工物みたいになり、染めたように真っ白になっている。
姉は高校受験を控えていても週に2日は必ず私達に会いに来てくれた。来なくても大丈夫と伝えるが「私が来たくて来てるんだから気にしないで」の一点張りだ。優しくて頼りがいのある姉だ。
身体が動かない。内臓が悲鳴すら上げず、あんなに痛かった身体は何にも感じない。
怖い。
担当医には予め言っておいた、私がもし死んだら使える臓器は妹に渡して欲しいと。
家族には伝えていない。
妹には生きて欲しかった。生きている上で絶対に幸せに思える事に出会える筈なのだ。それを知らずに死ぬのは矜持に反する。何かしらのメッセージになって欲しいと想いながら私の身体は機能を止めた。
父が泣く所を初めて見た。思考が出来るという事は私は生きているのだろう。
身体を動かす。何の抵抗もなく動く身体に違和感が強く、父が泣いている理由が分かった。
妹が死んだ。
そしてその臓器が私に提供された。
私の身体は殆ど成長していないとはいえ7歳の臓器が入るとは思えなかった。
妹は私と同じ事を担当医に言っていたらしいという事を父から聞いた。「私が死んだら大好きなお姉ちゃんと一緒になりたい」
私は妹と姉の臓器を奪い取り生きている。
生きる事がどうしようもなく辛かった。
何一つ幸せな思いもせずに私を生かす為に生きた妹の人生は私に塗り替えられない罪悪感の爪痕を残す。
義姉が来なかった理由も判明した。自殺しようとしていたらしい。
何故と言う感情も湧かずに、何となく分かってしまう事が嫌だった。
私は今回も死ねなかった。
大切な人を犠牲にして今日もまた生きている。
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