第6話 勝ちました

「せ、先生ってそんなに強かったの……? 凄い」


 ルナちゃんを家まで送って行こうと観客席に向かった僕に、ルナちゃんは驚きながらそう賞賛を送る。


「ふっふっふ。ようやく僕の凄さに気付いたか。どう? カッコよくてパンツ見せたくなったでしょ?」

「んな訳あるか!」


 そう言って僕にパンチをお見舞いするルナちゃん。

 なるほど。パンツの代わりにパンチを披露したのか。

 流石はルナちゃんだ。洒落が効いてる。


「ここにもう用は無いし、さっさと帰ろうか」


 だがルナちゃんの手を取りこの場を後にしようとした僕を、お嬢様が呼び止める。


「ま、待ちなさい平民。あなた、師匠に何をしましたの? あの強い師匠がこんなあっさり負けるだなんて信じられませんわ!」

「言っておきますが、ズルはしてませんよ? ちゃんと、魔法で倒しました」

「それはわたくしも理解しております。審判役であったクロウスが何も言わずあなたの勝ちを認めたという事はそういう事なんでしょう。ですが、だからこそ! わたくしはあなたが何をしたのか気になるのです」


 お嬢様……いやロザリーちゃんだったかな?

 ロザリーちゃんは僕の目を見て、ハッキリとそう口にする。


 なんだ、ルナちゃんをいびってたからどんな性悪かと思っていたが、案外根は真面目で良い子じゃないか。


 一緒に観戦していたそのご家族も同様に気になるのか、こちらに注目し僕の回答を待つ。

 こ、こんなに注目されると話しにくいな。


「先生、あたしも気になる。ね、教えて?」


 ルナちゃんまで……。

 まぁ別に隠してる訳じゃ無いし言っても良いかな。


「あれは風魔法です。風魔法を応用して、貴方の師匠の顔周辺から酸素を消し去りました。酸素が無くなったことで彼女は酸欠を起こし、ああして気を失ったのです」

「風魔法で酸素を……?」

「そんな魔法聞いた事ありませんわ……」


 この魔法は風魔法の緻密なコントロールが求められるからね。

 風魔法にあまり適性を持たない帝国人にはそこまで知られていないのだ。


「それに、師匠の魔法をことごとく打ち消していたのはなんですの? まるでおとぎ話に聞く、魔法の相殺みたいでしたけど」

「……これ以上は秘密です。僕も手の内の全てを見せる訳にはいきませんから」


 魔法の相殺が出来る魔法使いだとバレると、察しの良い人には僕の正体が勘付かれる危険がある。


 これまでも、そのせいで戦争に参加させられそうになったり、訳の分からない魔法実験に連れて行かれたりと散々な目に遭った。


 魔法の相殺っぽいことが出来る魔法も、世の中にはいくつかあるし、ここは明言しない方が良いだろう。


「ふっふっふ。あたしの先生は凄いでしょー?」


 そしてルナちゃんは、僕の実力に驚きっぱなしのロザリーちゃんに向かってドヤ顔で自慢する。

 無い胸を反らして高笑いをするルナちゃんは、それはそれで可愛らしい。


「くぅ~! 悔しいですわ! 不法侵入をするような平民に敗れるだなんて!」

「いや、言っとくけど僕は不法侵入じゃないからね?」


 まだその勘違い解けてなかったの?

 二日連続で学校の訓練場を使ってる時点で、許可は得ているものだと察して欲しかったよ。


 僕は魔法学校の校長から貰っていた、訓練場使用の許可証をロザリーちゃんに見せる。


「ほら、この通り。僕は校長から正式に許可を貰っています。不法侵入というのは貴方の早とちりですよ」


 ロザリーちゃんは僕の言葉に驚き、まじまじとその許可証を見つめる。

 不正の跡がないか、必死になって探しているのだろう。


「ほ、本物ですわ……」


 そりゃ本物だ。

 僕と校長は一緒に温泉に入った仲でもある。

 こんな許可証くらい二つ返事で出してくれるよ。


「それに……有効期限永続!? い、一体どうすればこんな許可証が発行されますの!?」


 有効期限永続?

 あ、ホントだ。小さい字で書いてある。

 これは気が付かなかったな。


 多分、この先も僕が許可証を貰いに来ることを見越してそうしてくれたのだろうけど、僕に対する信頼が重すぎる。


 これ悪用しようと思えば、色々と出来ちゃうよ?

 まぁしないけど。


「ホントだ。てかこれ対象が訓練場だけじゃなくて、魔法学校の全施設になってる! ということは図書館の禁書区域も!?」

「貴族でも簡単に許可は下りないというのに……。し、信じられませんわ……」


「でも禁書区域の本は、学生の頃に読破したしなぁ」

「「 !? 」」


 学生の時は許可なんて取らずに、こっそりと魔法で禁書区域に忍び込み、夜な夜な一人読書に耽っていたものだ。


 過去の歴史も、禁忌とされた魔法も、精霊についても。

 そこの本を読めばあらゆる知識を得られた。


 知的好奇心を満たすため、睡眠時間を削りながら食い入るように本を読んだあの時間も今では懐かしい。


 三年生の夏頃には禁書区域の本は全て読了し、晴れて禁書区域に忍び込む日課は無くなったのだが、まさか今更その許可が下りるとはね。


「せ、先生、あそこの本読んだの、全部?」

「読んだよ。とても面白かった」


 ササッ


 僕の発言を聞き、ルナちゃんとロザリーちゃんだけでなく、近くにいたそのご家族までも僕から若干距離を取った。


「と、当然許可は得て読んだんですわよね?」

「勿論――――」


 ――無許可だ。


 帝国において、禁書指定された本を読むという行為は極めて重い罪に値する。


 読んだ本人が処刑されるのは勿論だが、それだけでなく、その内容を聞き及んだ可能性のある家族、友人、ご近所さん。

 その全てが殺されてしまうのだ。


 だから皆が僕から距離を取ったのは、極めて普通の反応であると言えよう。


 でも安心して欲しい。

 事後承諾ではあるが、皇帝陛下からちゃんと許可は貰っている。

 今更罰を与えるとかそういった話にはならないはずだ。


「あなた、本当に何者ですの?」


 ロザリーちゃんが恐る恐るといった様相で僕に訊ねる。

 何者って――――


「ご覧のように、家庭教師ですよ?」


 それ以上でもなければ、それ以下でもない。

 今の僕は、紛れもない普通の家庭教師だ。


「リロイ様。ご主人様が貴方様とお話がしたいとおっしゃっております。どうぞこちらへ」


 すると先程試合の審判を務めていた執事が、僕の元に来てそう言った。


 ご主人様って、すぐそこで座って腕組みをしている恰幅の良いおじさんだよね?

 こんなに近いなら普通に話し掛けてくれればいいのに。


 まぁ貴族の当主様だから、礼儀とか威厳とか色々としがらみがあるのだろう。


 僕は空気の読める平民だ。

 仕方ない。 すぐそばに行って頭でも下げながら話を伺おうか。


「家庭教師リロイ……いやリロイ殿。この度は娘の勘違いで面倒に巻き込んでしまってすまなかった」


 当主様の元に行き頭を下げた僕に、グレンフォード家当主は開口一番そう言った。


「お、お父様が頭を下げた――?」


 僕も頭を下げているのでよく見えないが、どうやら当主様は僕に向かって頭を下げて謝罪しているらしい。


 徹底的な階級社会である帝国において、貴族が平民に頭を下げるなどまずもってあり得ない事だ。


 確かに今回はロザリーちゃんの勘違いに僕が巻き込まれた形になったけど、それだけでプライドの塊みたいな貴族が頭を下げるものだろうか。


 違和感がある。


「娘にはこの後ちゃんと言って聞かせるつもりだ。どうかこのことは第二皇女殿下にはご内密に頼む」


 あぁ、なるほど。

 この人、僕という人物が何者であるか察しているな?


 僕が第二王女殿下と仲が良い事を知っていて、それでチクられるより先に前もって謝罪をしているのか。


 皇族に睨まれたら、いかに貴族であろうと楽な暮らしは出来なくなるからね。


「無論、ただで許してくれとは言わぬ。我がグレンフォード家はこれより第二皇女殿下の派閥へと入ろう。これまでは静観していたが、貴殿の強さを見て確信した。これからの帝国を背負って立つお方は第二皇女殿下をおいて他にはいない」


 ……この人、なかなかの狸だ。


 言葉では娘の事を責めて反省している風だが、恐らくこの人は僕が因縁を付けられて勝負に引きずり出されたことを全て知った上でここにいる。


 事前に知っていて、敢えて強行させた。


 僕という魔法使いの実力を見極める事で、同時に第二皇女殿下の評価をするつもりだったのだろう。


 帝国内では、日に日に次期皇帝を決める派閥争いが激化し始めている。

 これまでは日和見を決め込んでいた貴族も、どうやら遂にいずれかの派閥に加入せざるを得ない事態になっているようだ。


 それだけ現皇帝の体調が悪いということか。


「それはありがとうございます。殿下も喜ばれる事でしょう」

「うむ。共に殿下を皇帝とするため邁進しようではないか!」


 いやー、僕は彼女が皇帝になろうがなるまいがどちらでも良いんだけどね?


 だが僕は空気の読める平民。

 貴族様はこういったリアクションを求めているのだろうと推察し、もっともらしくうんうんと頷いておいた。

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