第4話 絡まれた

「そうそう、その調子。魔法を発動する時に、少し余剰な魔力が出過ぎているから、右手以外から魔力を漏れ出さないよう注意しよう」

「はい先生」


 二日目の授業。

 今日は魔法学校の訓練場を使って、訓練をしていた。


 流石にいつまでも先生の家の庭で授業をし続けるわけにはいかない。

 ルナちゃんのように、魔法を学びたての生徒はよく魔力を暴走させて、思いも寄らない魔法を行使する危険があるからね。


 魔力の制御技術で言えば、ルナちゃんは既に軍の魔法使いクラスだが、万が一があってはいけないのだ。 

 だからこうして何が起きても安全で、安心出来る魔法学校の訓練場にやって来た。


「それにしても、ルナ。黒髪、凄い似合ってるよ」

「う、うるさい! これはたまたまそういう気分だっただけで、決して先生の言う事を聞いたわけじゃないんだから!」


 ルナちゃんは、昨日の今日で早速髪を黒色に染めて来てくれた。

 昨日僕が黒髪を推していたのを覚えていたのだろう。

 まだまだロングヘアになるまでには時間が掛かりそうだが、より美少女ぶりに磨きがかかった気がする。


「それにスカートも最高だ! 出来ればもう少し丈の短い物の方が僕好みだけど、生足でいる所にルナの熱いこだわりを感じるよ。うんうん、やっぱタイツは邪道だよね」

「別にそんな所にこだわりは持ってないんだけど!? 暑いからタイツを履かなかっただけだからね!?」


 とかなんとか言って、僕の嗜好をバッチリ捉えてくるこの子はやはり逸材だ。

 そして口では色々文句を言いながら、僕の指示をちゃんと聞いて実践している所にこの子の素直さが垣間見える。


「さて、それじゃあ複数属性の同時発動の練習をしてみようか。これが出来たらSクラスなんて楽勝だよ」


 そうして次の訓練に移ろうとしたら、僕らの元に二人の人物がやって来た。

 一人は学生の女の子。そしてもう一人は強面こわもてな男性教師だ。


「おーほっほっほ! ごきげんよう平民。今にもBクラスに降格しそうなあなたがこんな所で何をやっているのかしら? ここはSクラスとAクラスの生徒だけが使える訓練場よ?」


 どうやらこの女の子は貴族らしい。

 いかにもな喋り方をして、平民であるルナちゃんを見下している。


「あ、あたしもまだAクラスだし! ここを使う権利があるもん!」


 どうやら二人は知り合いのようだ。

 ルナちゃんがBクラスに降格しそうなことを知っている事から、同じクラスなのかも。


「あらあら。もしかしてAクラスに残ろうと特訓しているの? おーほっほっほ! 無駄よ、無駄無駄! あなたのその矮小な魔力量じゃ、何をどう頑張っても上級クラスには残れませんことよ!」


 お嬢様の格好を見ると、魔法学校指定のジャージを上下にぴっちりと着込んでいた。

 靴も学校指定の運動靴を履いていて、とても芋っぽい。


 くそ、せっかくのお嬢様という高級素材が、伝統のクソださジャージのせいで散々な仕上がりになっているじゃないか!

 僕ならお嬢様にジャージなんて着せたりしないのに!


「あたしはまだ諦めてないんだから! この先生と一緒にSクラスに昇格するもん!」


 全くこの学校は一体何を考えているんだ。

 せっかくのうら若き女子にこんな格好を推奨するなんて。

 やはりあの校長には後で苦情を言った方が良いかもしれない。

 もっとフリフリのスカートとかを生徒に着させてあげてくださいって。


「Sクラス? あなたが!? ハッ、笑わせてくれますわね。そんなの不可能に――あら? 見ない顔ね。もしかして家庭教師かしら?」

「そうだけど。なに? 悪い?」


「……あなた知りませんの? 魔法学校の施設に、部外者は校長の許可なく入り込んではいけませんのよ?」

「え? それ本当?」


「本当ですわ。あーあ、これはテストを受けるまでもなく、ペナルティで降格かしらね? ダンビル先生、早くこの男をつまみ出してくださいませ」

「そ、そんな……」


 僕に向かって指差しながら、ずっと傍観を決め込んでいた教師にお嬢様は言う。

 そしてルナちゃんはその言葉にショックを受け、膝を付いてしまった。


 うんうん。

 ショックを受けるルナちゃんも可愛い。


「了解した。小僧、私と共に来い。今なら罪には問わないでおいてやる」


 ここアイビス魔法学校の敷地は全て国の保有地だ。だから無断で許可なく入り込んだ場合は、問答無用で衛兵にしょっ引かれる。


 だがこの教師は今回の件について、多めに見てくれるらしい。

 恐らく、僕達がその規則を知らなかっただけだと判断したのだろう。


 僕の腕を無理矢理引っ張り、訓練場の外へと連れ去ろうとする教師。

 しかし僕はそれに抵抗し、待ったをかけた。


「ちょっと待ってくださいよ。僕が無許可でここに来るような人間に見えますか、ダンビル先生?」

「む? なにを言って……」

「僕ですよ、僕。ほら、一昨年ここを卒業したリロイですって。先生も覚えてるでしょう?」


 僕の言葉を聞き、ダンビル先生は僕の顔をじぃーっと見つめる。

 そして目をぱちくりと三回ほどまばたきをし、言った。


「リ、リリリリロイだと!? なんで貴様がここに!?」


 掴んでいた僕の手を振り払うように離し、距離を取る。

 いつでも魔法を放てる態勢だ。

 そんなに警戒しなくてもいいのに。


「ほら、僕は今この子の家庭教師をやってるんです。それで訓練にはここが丁度良いかなって思って来ちゃいました」

「貴様が家庭教師だと? なんの冗談だ!? 貴様は確か第二皇女殿下に――」

「おっとそれ以上はいけない。僕は好きでこの仕事を選んだんです。よく言うでしょう? 仕事に貴賤は無いって」


 ダンビル先生は、僕が魔法学校に在学していた時にもいた教師の一人だ。

 自身が貴族出身という事もあってか、平民と貴族であまりにも態度を変える事で有名な先生だった。


 特に平民でありながら主席であった僕にはかなり当たりがきつく、衝突を起こしたりしたこともしばしば。


 その度に僕が、魔法やら知識やらで先生をコテンパンにしてしまったので、卒業するころには今のように僕に苦手意識を植え付けられた可哀そうな先生でもある。


「何をしていますのダンビル先生! 卒業生だからってここに入るのに許可がいるのは変わりませんのよ? 早くつまみ出してくださいな」

「そ、そうだな。リロイ、貴様許可は得てここにいるんだろうな? もし無かったら――」

「無かったら――?」


 僕は右手を広げ、それぞれの指に基本五属性の魔法を展開する。


 火、水、氷、雷、風。

 注意深く見なければ気付けないような、小さく薄い魔法だ。


 だが僕の学生時代、何度も僕に苦しめられたダンビル先生はすぐにそれに気付いた。


「ひっ!」


 ダンビル先生が一歩後ずさる。

 それを見て僕は一歩距離を詰める。


「そ、そそそそう言えば、私は職員室でやり残した仕事があったんだった! 済まないロザリー君。訓練はまた今度!」

「せ、先生!?」


 ダンビル先生はそう言って、逃げるように訓練場を後にした。


 ……ちょっと脅し過ぎたかな?


 いやでも僕だって、ダンビル先生に百点満点だったはずの実技テストで五点を付けられた経験があるのだ。

 これくらいやっても罰は当たらないだろう。


「な、なんですのあなた! 不法侵入しておいて、よくもまぁそこまで堂々としていられますわね!」


 いや、そもそも僕は不法侵入なんてして無いんだが?


 ダンビル先生には過去の鬱憤を晴らすためあんな態度を取ったが、僕はちゃんと校長に許可を得てここにいるのである。


 こんな芋っぽい全身ジャージお嬢様に糾弾される謂れはまるっきりない。


 その事を説明しようと口を開くも、芋お嬢様が先んじて、


「分かりましたわ! わたくしもグレンフォード家の娘。絶対悪であるあなたに正義の鉄槌を下してやります!」


 僕を指差しながらかっこよくそう言い放った。


 絶対悪って、ただの家庭教師相手にそこまで言う?

 僕はただ教え子に特訓を施していただけだよ?


「明日、グレンフォード家の屋敷に来なさい。わたくしの家庭教師と勝負です。あなたが勝負に負けたら、素直に衛兵の所へ出頭してもらいますからね!」


 そして芋お嬢様は言うだけ言って、そのまま訓練場を後にする。

 後に残されたのは僕とルナちゃんの二人のみ。


 芋お嬢様が散々騒いだせいで、訓練場にいた他の生徒達は皆どこかへ行ってしまった。

 広い訓練場にポツンと残された僕達の肌を、生暖かい風がなでる。


「どうするの、先生? あんなこと言われたけど」


 すると、降格は嫌だ降格は嫌だ、とずっとブツブツ言いながらショックを受けていたルナちゃんがようやく少し回復したらしい。

 地面に体育座りしたまま、僕に訊ねる。


 どうする……かぁ。


 そもそも――――


「僕、ちゃんと校長に許可貰ってるから、勝負を受ける義理は無いんだけどね」


 僕のその言葉を聞いたルナちゃんは、


「もっと、早く、言え~!」


 頬を膨らませながらそう呟き、僕の膝にパンチした。

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