第19話 思い出せない愚か者

スサノオ達は、今までのシュミレーター訓練をそっくりそのまま実機で繰り返す訓練を受けた。

シュミレーターでは命の危険性はほぼゼロだが、実機訓練は違う。

一歩間違えると完全にあの世行きだ。

緊張感が否応無く高まる。

なので、シュミレーターで完璧にこなせても、実機訓練では100%の力は発揮出来ない。

何故シュミレーターが現実に近いのに改めて実機訓練を行うのか、スサノオは嫌という程思い知らされた。


そんな訓練が1ヶ月以上続き、やっと一週間程の休みを貰えた。

正直、体は陸酔いみたいな感覚になっている。

来る日も来る日も、三半規管を狂わされるような機動が続き、そして常に飛空艦に乗艦していたので、地上に戻っても何かずっと揺れているような感覚に晒されていた。

正直、寝ても疲れが取れない。

そんな状態だっため、2〜3日、部屋のベットから起き上がる事が出来なかった。


疲れから少しだけ回復して、やっとモソモソとベットから起き上がった。そしてフラフラと部屋から出て、顔を洗って洗面を済ませると、基地の食堂に向かった。

もう騎士学校を出て士官となったスサノオは休みの日は実家に戻ったり、公爵領の町へ外出しても良いのだが、疲れ過ぎてその元気もない。

とにかく、何か食べて力を回復したい。

その思いで食堂に行き、配膳の列に並んだ。


列の先には、アルベルトが並んでいた。

やはり疲れた顔をしている。

心ここにあらずと言った顔で、食堂の棚に並べられたおかずを取っている。

こっちはカレーにでもしようかな・・・。

そう思っていた時だ。


「動くな!」


そう言われて背中に柔らかいものが当たった。


「リサだろ?」


リサに決まっている。

それにしても、また気配を殺して近づいて来た・・・。

隠密部隊にでも行くつもりなのだろうか?

振り向くとニコニコしてこっちを見ている。

またしても悪戯成功!と言っている顔だ。

今日は地上戦闘用の迷彩服を着ている。

なのに何故か似合っている。

馬子にも衣装・・・では無い。

リサは何を着せてもかわいい。

相当惚気ているな自分・・・。


「そっちも休みなの?」

「はい!スパルタ訓練の更に上を行くスパルタ訓練を受け、恥ずかしながら戻ってまいりました!」


そう言ってリサは敬礼してスサノオに答えた。

一体いつの時代の帰還兵だよ・・・。

でもかわいいから許す・・・。

スサノオはリサの顔を見て、ホッとした表情を見せた。


「お疲れのようですね?少尉殿。」

「うん。かなり疲れた・・・。」

「では、一緒にお食事はいかがですか?」

「うん。しよう。」


スサノオはカツカレーの特盛を受け取ると、リサと一緒に空いているテーブルへ向い座った。

遠くにアルベルトとナオが一緒にいるのが見えた。

アルベルトは疲れた顔に更に困惑した表情を見せている。


「まだ、思い出していないのか・・・」

「あら。スサノオは思い出したのね♪」


そう言いながら、リサは親子丼を頬張っていた。

軍人になるとお淑やかさは無くなるんだろうか・・・そう思ってスサノオはスサノオで機械のようにスプーンを動かしカツカレーを食べる。


「うん。アルベルトが喧嘩して守った子だったんだね。まさか女の子だったなんて・・・。」

「あら、失礼ねw。でも美人さんになったでしょ?」

「うん。あんな可愛かったなんて・・・」

「こら〜。浮気しちゃダメだからね!」

「しないよ。しない!どこの世界にこんなかわいい彼女をふる男がいるんだよ。」

「そう言って貰えて嬉しい。ありがとうスサノオ♪愛してる♪」

「愛してるよ♪リサ♪」


二人の周りはリア充のバラ色オーラ満載で誰も近づく事が出来ない状態だった・・・。


その一方、アルベルトは参っていた。

誰だ?

誰なんだ?

この娘は誰なんだ〜!

しかもまたロープで縛られていた。

どうも文字通り魔法のロープのようで、他人からは見えない。

側から見ると、緊張して背筋を伸ばして座っているように見える。


「ではでは少尉殿♪お食事にしましょうね〜♪はい、あーん♡」

「えッ?えッ?えッ?」

「因みにこの魔法のロープは呪いがかかっています。思い出していただけるか、全て食べ終わるまで解けませんので・・・」

「・・・・!!!」


もはやアルベルトはナオの想い通りのままである。

涙目で遠くの席にいる親友と妹を見るが幸せオーラいっぱいで、こちらを見向きもしない。


「ほら〜。ダメですよ〜よそ見をしちゃ〜。ほら、あーん。」

「※※※※※」(~o~;)


仕方無く、口を開ける。


「いい子ですね〜♪じゅあもう一口、あーん♡」


もうどーとでもなれ〜〜〜〜!

アルベルトは半分ヤケクソになった。

それにしても本当に分からない。

誰なんだ?

いや待て。

もう一度、幼い頃から思い出すんだ!

これまで出会った子達。

例えば貴族の子供・・・。

だが、思い出したく無かった。

貴族の子供達は殆どがおべっかを使い、対等に話そうとしない。

何よりも、何度か妹を侮辱した。

その度に激怒して掴みかかり、周りに止められた。

お陰で重度のシスコンになって今に至るのだが・・・。

いやいや、ちょっと待て。

貴族の子供なら公爵領の騎士学校には入らない。

殆どの貴族は公爵領の騎士団を馬鹿にしていて、帝都の騎士学校へ行く。

それはそれで騎士団にとっては都合が良かった。

お陰で貴族からは全く興味を持たれずに済んだ。

彼ら貴族達は税の取り立て以外、公爵領には全く興味を持っていなかった。

愛着すら持っていない。

隙あらば、帝都へ移りたいと思っている。

ここにいるのは、単なる島流し。

こんな辺境の地でいくら頑張っても役に立たない。

本当は一生懸命貢献すれば良い思いをするのに、やる気の無い者達には公爵領の運命なんてどうでも良かったのだ。

なので公爵領の貴族の子弟は帝都の騎士学校を選び、公爵領の騎士学校へ入る事は絶対に無い。


そう考えると、ナオが貴族と言うのは絶対に無い。

と言う事は、親も公爵領の騎士だから騎士学校に入ったのだろう。

だけど誰の子だ?


アルベルトは今になってやっと、スサノオが得た回答に近づいた。


騎士団の子女・・・・・。

でもさほど知らない。

昔から知っている騎士の子供と言えば、スサノオだし・・・・・。

はて?


「はい。これで最後です〜。あーん♡」


既に、口を開けるだけになっていたアルベルトは口を開けて食べ物を入れてもらう。

全部食べ切ったところで、ロープが外れた。

ドサッと言う感じで、アルベルトがテーブルに突っ伏す。

本当にどうしたら良いんだ?


「すまない。本当に思い出せない。何故そこまで好意を寄せて来るんだ?」

「いいんです。ゆっくりと思い出して頂ければ・・・・・。でも、姫に話したら凄い乗り気になってしまって、それで悪乗りしてしまいました。」


ナオは少し悲しい顔をした。

アルベルトは罪悪感を感じた。

これだけ慕って貰えるのに、自分はなんでまだ思い出さないんだ?


「すまない。本当に申し訳無い。自分でも情け無い。こうまでして慕って貰えているのに・・・」

「少尉。そんなに悩まないでください。ゆっくりでいいんです。ゆっくりで。いつか、思い出したら、その時はまた・・・・・その・・・その・・・私の気持ちを受けとって頂けるか教えてください。・・・でも結婚は無理です・・・無理なんですよね・・・。でも・・・でも・・・。」


ナオは寂しそうにアルベルトを見た。


「もし、もし、気持ちを受け取って貰えるのであれば・・・もし許して頂けるのであれば・・・側室にしてください。」


そう言ってナオは、アルベルトの頬にキスをしてその場を離れた。


アルベルトはキスをされた場所を手で触った。

そして、ナオが立ち去る姿をずっと見ていた。

ナオの頬には光るものが流れていた。


彼女が最後に言った「側室にしてください」はやはり、彼女はそこまでの身分では無いという事だ。

しかし、リサのスサノオに対する気持ちと同じように、ずっと自分に対して想いを持ち続けていた。

それもいつだが分からないが子供の頃からずっと・・・。

だから候補生となり、リサとスサノオの進展を見て、行動を起こす事にしたのかも知れない。

だがリサと違い、自分は死んだ事にはなっていない。

しかも、長兄のバックアップ要員だ。

いずれは然るべき地位に付き、領地内か領外からか嫁を貰う事になる。

その事を理解しているからこそ、ナオは側室でも良いから側にいたいと言ったのだ。


なんだか寂しい。

スサノオ達の祖父達がいた世界は、政略結婚は殆ど無かったと言う。

そればかりか、皇族でさえ貴族では無く、一般人と結婚してると言う。

ただし、結構ゴタゴタはあるそうだが。

こんな世界で生まれ無ければ、ナオが日本で生まれていれば、自由に恋愛をして、好きな人と結婚をしていただろうに。


アルベルトは自分とはなんなのか、この世界の身分社会とはなんなのか真剣に考え始めてしまった。

そう言えば、バレント兄様はあの歳で未だに独身だが、もしかして同じ事を思っているのだろうか・・・。


ナオの愛に応えてやるにはどうしたら良いのだろう?

アルベルトは大いに悩んだ。


どうしたら良いんだ?




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