落指

箕田 はる

1

 指が勝手に動き出す。

 巻かれている包帯だけでなく、それがいつの間にか布団を赤く染めあげ、苛烈な痛みと悲鳴によって、私はやっとその悲惨な現実へと引き戻されるのであった。

 かつては、私の一部であり、魂であり、喜怒哀楽の全ての表現方法でもあったそれは、今では私の生活の全てを奪いつつあった。

 甲高い女の悲鳴と共に、床に倒れる鈍い音が響く。

 聞き慣れたその二つの音に、私はやっと指を止めた。同時に私の頭の中で流れていた音楽も鳴り止んでいた。

 どうしたものか、と思い悩む隙もなく、私の部屋のドアが開かれる。

「どうかなされましたか?」

 入ってきたのは老齢の執事だった。一目でこの状況を理解したのだろ。この惨状を見てもなお、眉一つ動かさない。

「すぐに医者をお呼びします」

 倒れている女の肩を抱き、執事はそのまま部屋を出た。

 ベッドの真横にある窓の外から光が差し、私は痛みに震えている手を日にさらす。温かさすら感じない指は、痛みが和らぐことは決してない。

 これは私に課せられた罰なのか。なら、その罪とは何なのか。私には自分の犯した罪というものが、まったく分からなかった。

 私の指がこうなってしまったのは、かれこれ三年も前のことだ。

 私はピアニストであり、祖父母や両親、兄に至るまで、音楽を生業にする一族である。

 それなりに世間に名を馳せた一族でもあり、私も小さい頃から様々な英才教育を受けて育ってきていた。

 その中でも一際、私の心を掴み、才能の花を咲かすに至ったのがピアノであった。

 押しては押し返される鍵盤の弾性が反抗しているかのようで、私は面白く思えていたのだ。たとえ反抗的であっても、美しい音色と共に感情を伝える媒体となることが、私には孤高の存在にすら感じられていた。

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