2ー4
「……では、神崎萌さん。あなたの事件当日の行動についても教えていただけますか?」茉奈香が気を取り直すように咳払いをした。
「うん、いいよー!」萌が弾けるような笑顔を浮かべた。「……って言っても、萌、ちょっと忘れ物取りに来ただけだから、そんなに話すことないんだけど」
「忘れ物とは何ですか?」
「雑誌―! 萌、韓流アイドルが大好きでぇ、特集号が出るたびにチェックしてるんだ!」萌がにっこり笑って言った。
「で、一昨日練習があったんだけど、その時練習室に雑誌おきっぱにしてたの思い出して、それで取りに来たんだ!」
「……お前がそうやって置き忘れた雑誌が、部室に後30冊はあるぞ」島田がため息をついた。
「楽譜置く場所がなくなるから、いい加減持ち帰れっていつも言ってるだろ?」
「あっ、ごめんなさーい! 萌、ついうっかりちゃって!」
萌がちろりと舌を出して頭を小突いた。由佳が「……てへぺろ、生で初めて見た」と遠い目をして呟く。
「……それで、あなたは雑誌を取りに練習室に行って、その後ですぐ帰ったのですか?」
茉奈香が何とか平静を取り戻そうとしながら尋ねた。個性の強すぎる2人を前に、さすがの名探偵もペースを乱されているらしい。
「うん! そうだよ! 練習室に誰かいたら一緒に練習しよっかなと思ってたんだけど、誰もいなかったらすぐに帰ったんだ」
「練習室には1人で行ったのですか?」
「そうだよー」
「部屋にいる時に誰かに会いませんでしたか?」
「会わなかったよー。雑誌取ってすぐ帰ったしね」
「鍵を返す時も1人 だったのですね?」
「うん。もし誰かに会えたら、一緒に練習してもよかったんだけどね?」
「となると、やはり昨日の16時半以降、練習室に近づいたのはお2人だけということですね」茉奈香が再び顎に手をやった。
「もう一度確認しますが、あなた達は2人ともメイド服には触っていないのですね?」
「さっきからそう言ってるじゃん。そんな暑苦しくて重たい服、見るだけでもうっとうしいし」恵里がすげなく言った。
「萌も違うよ。今はすっごく触りたいけど」萌が瞳をうるうるさせて言った。
「となると、残るは今日練習室に入った中村君だけど」由佳が呟いた。
「もし中村君がメイド服を持ち出した犯人だとして……動機はやっぱり着るためだったのかな。島田君、中村君って女装しそうな感じなの?」
「……いや、知らん。細いし、色も白いから着せたら似合うとは思うけど」島田がさもどうでもよさそうに言った。
「あ、でもセンパイ、去年の学祭で、そういう話なかったっすか?」井上が口を挟んだ。
「ほら、男子が女子の制服着て、女子が男子の制服着て演奏するってやつ! 女子の制服が足りなかったから結局ボツになったっすけど、あんときの中村センパイ、ちょっと粋ってなかったっすか?」
「あぁ……そういやそんなこともあったな」島田が遠い目をして頷いた。
「中村が思ってた以上に女子の制服似合ってたから、他のサークルからも写真撮りに来る奴がいてさ。中村も女子っぽいポーズ撮って、まんざらでもなさそうな感じだったぜ」
「じゃあ、やっぱり中村君が……」
由佳が口元を手で覆った。恵里と萌がドン引きした顔になる。勝手に女装趣味に仕立て上げられようとする中村であったが、それを静止したのはやはりこの人だった。
「ふっふっふ……。どうやら皆さんは、誤った情報に踊らされているようですね」
茉奈香が不敵な笑みを浮かべて言った。さっきまで恵里と萌に圧倒されていたのが嘘のように、いつの間にやら悠然とパイプを吹かしている(正確には吹かす振りをしている)。恵里と萌はぽかんとして、突然頭角を現した名探偵を見つめた。
「一連の話の中で、メイド服を持ち出したのが佐倉さんでも、神崎さんでもないことが判明しました」茉奈香が言った。
「となると消去法により、中村君がメイド服を部室から持ち出したことになる。中村君が女性的な外見をしており、女装を楽しんでいたという証言からも、この説は裏付けられるように思えます。ですが皆さんは、一つ重大な点を見落としているのですよ」
「重大な点?」由佳が首を傾げた。
「そう。それは、人は嘘をつくという事実です。証言がいつも真実を表しているとは限らない。特に事件の調査においては、相手が嘘をついている可能性を常に念頭に置かねばなりません。些細な嘘から重大な嘘まで、この世界は嘘で溢れている。そして今、この小さな部室の中でも嘘をついた人物がいるのです」
「え、誰だよそれ!?」
島田が仰天して声を上げた。今の短い会話の中に、どこに嘘が混じる要素があったのだろう。
「これも初歩的な推理です。注意深く観察していれば、名探偵でなくても真実に辿り着くことはできるのですよ」茉奈香が尊大に言った。
「はぁ……それで? 誰が嘘をついてたんだ?」
島田がいい加減疲れたように尋ねた。茉奈香はソファーから立ち上がると、机の周りをゆっくりと歩き始めた。一周したところで立ち止まり、ソファーに座る一同の方に視線を走らせる。ある1人の前で視線を止めると、その人物の方に向き直り、人差し指を突きつけて重々しく告げた。
「この事件で嘘をついた人物……それはあなたですね、佐倉恵里さん」
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