2ー7

 部室に戻ってきた島田から聞いた話では、西島先生とは連絡がつかなかったそうだ。大学に来ていない可能性もあるが、念のために茉奈香達は研究室へ行ってみることにした。


「……はぁ、それにしても、今までの調査は何だったんだろうね」


 研究棟へと続く道を歩きながら、茉奈香が天を仰いで呟いた。


「せっかく事件を華麗に解決して、このあたしの名前を世間にとどろかせようと思ってたのに、こんなに時間がかかってちゃ名探偵の名が聞いて呆れるよ」


「あたしも、この事件を元に小説でも書こうかと思ってたのに、誰かさんのせいで前半部分が全部無駄になっちゃった」


 由佳も同調し、後ろを歩く島田に恨めしげな視線を向けた。


「ま、まぁいいじゃねぇか。おかげで井上達の潔白は証明されたわけだし、恵里と萌ちゃんだって仲良くなれたんだしさ」


 島田が取り繕うように笑った。野菜トリオと女子2人については帰っていいと言ったのだが、暇なのか全員ぞろぞろとついて来ていて、一団はちょっとした行列になっていた。


「えーと、ここが西島先生のいる研究棟だね」


 目的地である建物の前に辿り着いたところで茉奈香が言った。研究棟は茶色い煉瓦造りの外観をした建物で、壁面にはマンションのように小さい窓が並んでいる。茉奈香も4回生になってからは、卒論の相談などで研究棟を訪れることが時々あった。


「西島先生、いるのかな? 確か今日授業ない日でしょ?」由佳が呟いた。


「まぁ、授業なくても研究室にいる可能性はあるし、とにかく行ってみりゃわかるだろ」島田が言った。


「……これで事件が解決に向かうといいんだけどね」


 茉奈香がため息混じりに呟いた。全員が同じ思いで頷くと、気を取り直して研究棟へと入っていった。


 


 西島先生の研究室はB-203号室。研究棟2階の東から3番目にある部屋だ。教授達は授業で出払っているのか、周囲に人の気配はない。


 目的の部屋の前まで辿り着いたところで、茉奈香が代表して扉をノックした。しかし中から返事はない。先ほどよりも強くノックしてみたが、結果は同じだった。


「いないみたいだね。やっぱり今日来てないんじゃない?」


 由佳が言った。島田は諦めきれない様子でドアに片耳を当てている。茉奈香は口元に手を当てて考えこんでいたが、そこでふとあることに気づいた。


「ねぇ、ドアの下に何か見えない?」


「え?」


 由佳と島田が同時に床に視線を落とした。ドアと床の隙間から、白い紙らしきものが覗いている。茉奈香は屈んでそれを拾い上げた。


「これは……紙ナプキン?」


 茉奈香は皆に見えるようにそれを掲げた。レストランのテーブルなどに置かれている、どこにでもあるタイプの紙ナプキンだ。


「何でこんなものが西島先生の研究室に?」茉奈香は目を眇めた。


「あぁ、あれじゃない?ピザか何か頼んだとか」由佳が言った。「デリバリーする時にもつけるでしょ、紙ナプキン」


「でもよ、おかしくねぇか?」島田が眉を寄せた。「西島先生、部屋にいないんだろ? だったら何でデリバリーの紙ナプキンが落ちてるんだよ?」


「昨日注文した時に落としたのがそのままになってたとか?」


「うーん、でもドアの真ん前だぜ? さすがに気づいて拾うと思うけどなぁ」


 由佳と島田が意見を戦わせる中、茉奈香は紙ナプキンを片手に真剣な表情で何かを考え込んでいる。それに気づいた井上が声をかけてきた。


「あの、島田センパイ。タンテーさんがなんか推理してるみたいっすよ」


 由佳と島田が議論を止めて茉奈香の方を振り返った。茉奈香は顎に手を当てて難しい顔をしていたが、急に何かを思いついた様子ではっと顔を上げた。


「まさか、これは……」


「何、どうしたの茉奈香?」


 みるみる青ざめていく茉奈香の顔を、由佳が怪訝そうに覗き込んできた。茉奈香は由佳の質問には答えず、弾かれたようにドアに駆け寄ると、ドアノブに手をかけてがちゃがちゃと回した。幸い鍵はかかっておらず、あっさりとドアが開かれる。茉奈香は勢いよくドアを押し開けた。


 次の瞬間、茉奈香達の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。部屋の中央に置かれた、来客用と思われるソファーとテーブル。その間に、西島先生が仰向けに倒れていたのだ。


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