名探偵・木場茉菜香の事件簿
瑞樹(小原瑞樹)
第1話 卒業論文盗難事件
1ー1
10月末、紅葉の色づき始めた大学キャンパス内は、授業やサークルに向かう学生の姿で溢れ返っている。銀杏や紅葉の木から時折はらはらと葉が落ちるが、彼らの多くはその叙情的な光景に目を止めることはなく、自分達の喧しいお喋りに夢中になっている。
そんな中、色とりどりの落ち葉の舞う下でベンチにぽつんと座り、何やら熱心に本を読み耽っている女子学生の姿があった。赤いベレー帽を斜めに被り、ベージュのポンチョを羽織った姿は芸術家のように見えなくもない。もし彼女が本の代わりにパレットとキャンバスを用意していたら、紅葉をスケッチしているのだと勘違いする人もいただろう。だが、彼女もまた周囲の木々には目もくれず、一心不乱に手元の分厚い単行本に視線を落としている。マッシュボブの髪型に包まれた顔立ちは利発的で、さぞ難しい学術書でも読み込んでいるのだろうと思わせた。
「あ、いた!
不意に前方から声をかけられ、ベレー帽の女子学生は顔を上げた。ポニーテールを結わえた別の女子学生が彼女の方へ走ってくるところだった。
「あー、やっと見つけた!」ポニーテールの学生が怒った顔で言った。
「もう、1限終わりからずっと食堂で待ってたのに、全然来ないんだもん。すっぽかされたのかと思ったよ」
「あ、ごめん
茉奈香と呼ばれたベレー帽の学生がばつが悪そうに笑った。由佳と呼ばれた学生は茉奈香の膝の上に置かれた分厚い本に視線をやり、げんなりと顔をしかめた。
「あんた、またそんな重たそうな本持ってきてんの? 家で読めばいいじゃん」
「そうなんだけどさ。いよいよ真相が明かされる! ってとこまで読んだのに寝落ちしちゃって。どうしても気になるから持って来たんだ」
「あぁそう。それで? 今回は犯人当てられたの?」由佳がどうでもよさそうに尋ねた。
「それがまた外れたんだよー! 今回は自信あって、絶対この人が犯人だ! って確信してたのに掠りもしないでさ」
「まぁそりゃ、作者だって簡単に犯人当てられないようにしてるだろうし……」
「一般人はそうかもしれないけど、あたしは名探偵なんだよ! 作者が仕掛けた罠がどれだけ巧妙でも見破られるようにならないと!」
茉奈香は両の拳を握り締めて本気で悔しがっている。すっかり見慣れたその友人の姿を、由佳は肩を竦めて見つめた。
そう、彼女が読み耽っていたのは学術書でも何でもない。推理小説だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます