【短編】王子のために薬を処方しましたが、毒を盛られたと婚約破棄されました!

上下左右

第1話

「マリアさんは本当に面白い人ですよね」


 銀髪の青年がクスクスと笑う。ここは診療所。薬品の匂いが立ち込める白い空間で、公爵令嬢であるマリアが薬を煎じていたことが面白くて笑ってしまったのだ。


 銀髪の青年の名はアレックス。マリアの幼馴染であり、王国騎士団の団長でもある。整った顔立ちとスラっと伸びた長身のおかげで女性人気は高いが、浮いた話は聞いたことがなかった。


「アレックス様ったら、私は面白くなどありません。ただ薬を作るのが好きなだけです」

「普通の公爵令嬢は薬師の真似事などしませんよ。まぁ、それがマリアさんの魅力でもありますが」


 紺色のドレスで着飾ったマリアは金髪青目の誰もが認める美女である。だが内面は高慢な貴族の令嬢とは程遠く、趣味で薬を煎じ、体調の悪い者に無償で施していた。その薬の効果は高く、王宮の聖女と評する者までいる。


「それより、症状を聞かせてください。熱はありますか?」

「微熱ですけどね。加えて、咳き込むことも増えました」

「十中八九、流行している風邪ですね。この薬を飲めば、すぐに治るはずです」

「いつもマリアさんには助けられますね」

「微力ながら、お力になれたようで私も嬉しいです」


 調合した薬を薬包紙に包むと、アレックスに手渡す。水に溶かして飲む方法など、マリアは注意点を語っていく。


「あ、もう一つ、確認させてください。今まで薬で体調が悪くなったことはありますか?」

「いえ、そんなことは一度も。何か心配事でも?」

「薬は人によって効き目が異なります。それに体質によっては飲んではいけない薬もありますから」


 薬に副作用は付き物だ。個人差を理解し、その人に最適な薬を処方することができるマリアは、公爵令嬢でありながら、薬師として天才の領域に至っていた。


「マリアさんの薬の技術は目を見張りますね」

「えへへ、唯一の趣味ですから」

「他に趣味を覚えてみるのも楽しいものですよ。ほら、例えば菓子作りとか。興味ありませんか?」

「薬を煎じている時より楽しいことはありませんから。でも強いてあげるなら……大切な人が感謝して笑顔を向けてくれる。その瞬間に勝る喜びはありません♪」


 大切な人、それが誰のことかを察してアレックスの表情が曇る。追い打ちをかけるように、診療所の扉が開いた。


「退け、退け、俺様のお通りだぞっ!」


 獅子のような金髪を逆立たせた男が現れる。金糸で縫われた服装は、周囲の注目を集めるほどに派手派手しい。


 彼こそがマリアの婚約者であり、この国の第一王子でもあるライザックである。


「アレックス、貴様も邪魔だっ。俺様はマリアに用があるのだ」

「私に用とは何でしょうか?」

「貴様との婚約を破棄する! これで俺様とは赤の他人だ!」

「え?」


 一体何が起きたのかと、マリアは唖然とする。そんな彼女を庇うように、アレックスが間に入った。


「王子、どうかご再考を。マリアさんは王子のことを愛していらっしゃるのですよ」

「貴様ぁ、家臣の分際で俺様の決定に異議を申し出るのかっ」

「主君の判断に誤りがあれば、諫めるのも家臣の務めですから」

「――ッ、俺に間違いだと!? なら教えてやる。マリアが俺様に何をしたのかをなっ」


 ライザックは顔を真っ赤にしながら、怒鳴り声をアレックスとマリアにぶつけた。


「マリアはな、俺様の食事に毒を盛ったのだ」

「私はそのようなことしていません」

「シラを切るとは良い度胸だな。貴様の毒のせいで、体調が最悪だ。熱で身体は熱く、咳も止まらないのだぞ」

「それは流行り病の……」

「問答無用! 貴様が毒を盛ったとの証言もあるのだ」

「証言?」

「メアリー、こちらへ来い!」

「はーい」


 黄金を溶かしたような金髪と澄んだ青い瞳の少女が入ってくる。顔はマリアと瓜二つだ。それもそのはず双子の妹であるからだ。


 だが受ける印象はマリアと大きく異なる。地味な格好の彼女と違い、王子にも負けず劣らずの派手な格好をしており、化粧も濃い。


 絵に描いたような公爵令嬢。それが妹のメアリーであった。


「すべてメアリーから聞いたのだ。俺様を毒殺するための計画を立てていたそうだな」

「わ、私、そんなこと」

「嘘はいけませんわ、お姉様」


 メアリーが口元を歪めながら、クスクスと笑う。彼女がこの表情を浮かべるのは、悪巧みを思いついた時だけだ。


「お姉様はライザック王子を毒殺し、資産をすべて奪い取る算段ですのよね。あ、言い訳は結構ですわ。私たちには証拠もありますから」

「証拠……」

「お姉様がライザック王子に渡していた薬ですわ」

「あの薬は毒などではありません。王子にとって必要な……」

「ええいっ、黙れ! 俺様はあの薬を家臣に飲ませたのだ。すると、どうだっ! 飲んだ瞬間に意識を失ったではないかっ!」

「あ、あの薬を別の人に飲ませたのですか!」

「その反応、やはり図星のようだな。そもそもオカシイと思っていたのだ。俺様以外の人間に飲ませるなと、何度も警告してきたが、本当に良薬ならば人を選ばぬはずだ。ターゲットである俺様を確実に殺すために、あのような忠告をしたのだなっ」


 マリアが良かれと思って煎じた薬は最悪の展開へと発展させるトリガーとなった。このままではマズイと、縋るようにジッと彼を見つめる。


「私は王子の婚約者です。別れたくはありません」

「ふん、貴様の気持ちなど知ったことか。俺様は命を救ってくれたメアリーと結婚する。王宮から消え、領地で一人静かに暮らすがいい!」


 ライザックはそれだけ言い残し、メアリーと共に診療所を後にしようとする。絶望で泣き崩れるマリアは彼を呼び止める気力が湧かなかった。


 だが一人、彼の前に立ちはだかる男がいた。銀髪の美丈夫、アレックスである。


「王子、待ってください」

「まだ何かあるのか?」

「マリアさんは毒を盛るような真似をする人ではない。心の綺麗な優しい人です」

「心が綺麗か。それはメアリーのような女性を指すのだ」

「いいえ、王子は目が曇ってらっしゃる。メアリーさんこそ、あなたを殺す毒になります」

「うぐっ、貴様、俺のメアリーを!」


 ライザックは怒りで奥歯を噛み締める。今にでも斬り合いが始まりそうな雰囲気になるが、彼は何かを思いついたのか、ふいに口元に笑みを浮かべる。


「そこまで言うのなら、こうしよう。アレックス、貴様がマリアと結婚するのだ」

「わ、私がですかっ!」

「優しい女性だと絶賛していたのだ。文句はなかろう」


 ライザックはマリアが毒を盛る女性だと信じている。だからこそ、この挑発もアレックスは断るだろうと予感していた。


 しかしアレックスは真摯な表情で、ライザックの挑発を受け止める。彼に迷いはなかった。


「分かりました。私がマリアさんと結婚します」

「クハハ、聞いたか、メアリーよ。アレックスはこの悪女と結ばれるそうだ」

「憐れですね」


 二人の侮辱の笑みが診療所に広がる。だがアレックスは気にする素振りもなく、泣き崩れていたマリアに手を伸ばす。


「私ではマリアさんに相応しくないかもしれない。ですがこのままでは王宮から追放されてしまう。それは駄目だ」

「アレックス様、わ、私は……」

「マリアさんの気持ちは分かっています。すぐに別の男性を好きになれないことも。ですから傍にいて相応しいかどうかを判断してください。私があなたを幸せにできる男かどうかをね」


 アレックスの優しい笑みが、マリアの心の傷を癒していく。彼女は差し出された手に応えるように、ギュッと握り返すのだった。

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