悪役令嬢は簡単に婚約破棄される④

――カシャン


――カシャン


 部屋中に響き渡る骨騎士が着る鉄鎧が軋む。


――ぐちゃぐちゃ


――ぐちゃぐちゃ


 かつて人であった存在の皮膚からドス黒い液体が滴る。


 (んーっ! んーっ! んーっ!)


――グルルルルッ


――ガルルルルルルッ


 狭い石造りの牢獄の端に置かれてある硬い寝台の上で、ボロボロの姿の1人の女性。その女性は、目の前のあまりの光景に、驚愕の声を上げようとするが、女性の声を聞いたゾンビ犬は、唸りをあげ威嚇する。


 狭い牢獄は彼等彼女達で埋め尽くされ、正しく地獄絵図を模している。


 女性は悲鳴を上げようとするが、サシャは事前に寝ていた女性の口へ猿轡を嵌め、両手は背で縛っている。声を出せずにいる女性は、自らの命が刈り取られると感じているのか、はたまた、けたたましい警笛が脳内を響かせているのであろうか。股からは温い液体をジョロジョロと流し、目からはボロボロと大粒の涙を流し震え、怯えている様子だ。


「突然夜分にすみません。騒がずにいてくれるなら、口のソレは外します。どうですか?」


 サシャはゆっくりと、一言一句聞き漏らさせないように、丁寧に女性へと話しかける。


「ん、んーっ」


――コクッコクッ


 びちょ濡れの女性は必死に縋り、サシャの足元で命乞いの仕草を見せ、反抗の意思は無いですと見せるように、何度も頷く。


――パチンっ


 サシャが指を鳴らすと、先程まで居た死霊の群れは影の中に消えていき、その光景をしっかりと女性に確認させる。その後、多少の怯えを拭ってあげる努力を見せたサシャは、ゆっくりと女性の口に押し込まれている猿轡を外してあげた。


 サシャはブルブルと震える、蒼白の女性へ語りかける。


「怯えさせてしまいましたね。モナちゃん、綺麗にしてあげてくれるかな?」


――パチンっ


 モナが、「 はーいっ」と、この場に全く似つかわしくないような、可愛らしい声で返事をしながら、「ふふーんっ」と指を鳴らす。すると、先程までびちょ濡れだった辺りの床や寝台。女性の衣服や身体に纏わりついている体液を、瞬く間に消し去る。其れは拭うと言うよりも、やはり消し去った。が正しい表現なのだ。


 (全く、大人しくしていてさえくれれば――)


 モナの手品の様な力を見ながら、サシャは先程のモナの返事に不満を呟く。


「すみませんね。お嬢さん。少しは落ち着けただろうか」


「…………」


「お嬢ちゃん。サシャが聞いているの。聞こえているんでしょ? 答えないとダメだよ」


 未だに恐怖に飲まれ、新しい涙を浮かべている人に対して、追い打ちをかけるかのように、モナが低い声で問いかける。先程の可愛らしい返事の声は何処へ行ったのだか。


 確かに、相手の素性が掴みきれていない時の、2人の常套手段なのだけれど、限度ってものもある。相手はまだ10代そこそこの女の子なのだから。


「ツレがすみません。わたしと少しお話をして貰いたいのです。どうでしょう?」


――コクッ


「ありがとう。では、貴女はミノフスキー公爵のお嬢さんで間違いないですか?」


 再度頷く素振りを見せる公爵令嬢。其れに対してモナが威圧を撒き散らし、自分で話せと力を行使する。こうなってしまうと、公爵令嬢は自ら話し始めないと威圧からは解かれないのだから、彼女は自分で話すしかないのだ。公爵令嬢の頭の中は、一体どんな状況下に置かれているのやら。


 唇を震わせ涙を流す公爵令嬢は、か細い声で返答を見せる。


「は、はい。仰る通りです」


「ありがとう。では、わたし達の自己紹介をさせてもらうよ。わたし達は『復讐代行屋』という仕事をしている者だ。お嬢さんの噂を聞き付けてここに来ている」


「え、ええと。復讐。ですか……」


「そう。復讐。お嬢さんが困っている。若しくは誰かに嵌められた。とか、要はお嬢さんが恨みを持つ対象が有るなら、お手伝い出来ないかな? という話だ」


「わたくしが……、あの人に復讐……」


 公爵令嬢は心当たりでもあるのか、少しずつ落ち着きを取り戻し、考える素振りを見せ始める


「ちなみに噂を聞いた所によると、君は自身のわがままを押し通したり、気に入らない人物へは、権力を振りかざし、意味も無く頭を垂れよと命じ、ひれ伏させ、其れに愉悦を感じる人物。これが世間や貴族連中からの、酷いとしか言えない、君の人物評価だったのだけれど。其れは間違いはないかな?」


「は……、い……。多分ですが……」


「多分? 何故自分がしてきた事が、多分になるのかな?」


 公爵令嬢はゆっくりと語り始める。


 ある日突然、自分が自分でないような感覚に陥った。その日から、それまで如何に自分が醜い生き物だったかを知ることとなり、反省をし、態度を改め、謝罪をし、償いとはいえなくても、人に優しくを心掛け、慎んで日々を過ごしてきたと。勿論、今までの行いは自身でも許すことは出来ず、塞ぎ込んでしまった事もあると。其れをこと細かく公爵令嬢は説明をし、サシャもモナも黙って彼女の話に耳を傾けていた。


「そうですか。勿論、反省も償いも大切な事だと思うけれど。これ迄の話だと、こんな牢獄に入れられる程ではないと思うのだけれど、君はどう感じているのかな?」


「はい。数ヶ月前。だったかと存じておりますが、急に、婚約者であった殿下が社交場で「君とは婚約破棄だっ! 」とわたくしへ怒鳴りをあげました。勿論、今までの行いを考えれば仕方のないことだとは感じますが……、そこからは何も知らされないまま、此処に入れられることとなったので……」


「ほう……。やはりそうなるのか」


「サシャちゃん、どゆこと?」


「まぁ。待ってねモナちゃん。それで、お嬢さん。わたし達は、何だったらその殿下を殺してあげる事が出来る力を持っている。噂によると、どうやら君は間も無く『断頭台』に行くことになるそうだ。助かりたくは無いかな?」


「…………、そうなの、ですね。わたくしは、やはり、死ぬのは怖い。ですが、復讐をしてまで……ぅぅ」


 先程までサシャの話を、自らの話を、ゆっくりと考えながら、聞き、語っていた彼女はやはり断頭台という言葉に驚きを隠せない。


 が、サシャはここまで予想の範囲で会話を進めている。


「わかりました。本来なら契約をし、復讐代行を行うのがわたし達の仕事なのですが、望まないのであればやむを得ません。復讐もせず、お嬢さんを『此処から助ける必要も無い』ということでしたら、無理は言いません。わたくし達はこれで引き下がりましょう」


 (えぇ? サシャ本当に良いの?)


 耳打ちをしてくるモナを睨み、牢獄から出るよう、サシャはモナの腕を掴み帰る様子を見せ牢扉に手をかける。


「わ、わたくしが、た、た、助かる方法があるのでしょうか? 本当に、生き延びられると?」


 サシャは振り向かずに答える。


「えぇ。勿論有りますよ? そうですね。5年で結構です。反省しているようですから。わたしの屋敷で働きなさい。其れが条件です」


「…………」


「…………」



「それで、それで! 生きられるのでしたら、お願いしますっ!」


 公爵令嬢はサシャへ向けて地面に頭を擦り付け、精一杯に、自分の命を助けて欲しいと願いを繰り返す。


「わかりました。引き受けましょう。契約を――」





――では






『アナタノ屍、頂キマス』






――――――



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