公爵令嬢は簡単に婚約破棄される②

「もぅー、待ってー、待ってってばー!」


 サシャの後ろからは、見た目だけ美女のモナが、ドレスの裾を摘みながら追いかけている様子。そのモナは日傘を手に持ち、小走りで走るその姿と必死な表情である。例え、万年童貞を拗らせている殿方であってしても、千年の恋も冷めてしまう程の行動なのかもしれない。


「ねぇったらぁ……はぁはぁ」


 サシャは先程の憲兵ギルドの話を考えている。先ず間違いなく、今最も熱い話題の、いや、2人にとっての激アツの話題の、流行病である『婚約破棄病』であろう。噂によれば、突如として婚約者の男性が貴族の令嬢へ向けて、「お前とは婚約破棄だっ!」と皆の前で、声高々に宣言をするらしいのだ。いやいや、流石に頭おかしいだろ。貴族って根回しをしてから事を起こす生き物じゃなかったか? 仮に病持ちが殿下であったとしてもだ。公爵って超上級貴族だぞ? 派閥争いとか問題になるだろ普通。と、サシャもモナに至ってしても同じ感想を良く話ているし、流行病と呼んでしまっている所以なのである。


 何よりも恐ろしいのが、とてつもなく広大な、ボレヌス大陸全土で起こっている病という噂だ。


「サシャぁ……う……うっ……」


 今にも泣き出しそうなモナは、サシャに追い付き腕を絡ませているが、それでもサシャはお構い無しだ。正に鬼の所業なのだ。相手は鬼なのだから。


 話を戻そう。長年婚約者として接してきた相手に、態々新たな恋人を見せつけ、肩や腰に手を回し、更に大勢の貴族や王陛下の御前で醜態を晒させようとしている行為は正しく鬼畜の所業。

 残忍極まりなく外道中の外道。

 ゴッドオブデーモンだ。

 残酷な悪魔のテーゼだ。


「わたしなら、迷わず相手をズタズタのボロボロの、真っ黒の血で染めあげるボロ雑巾にしてしまう行為だよな。普通は――」


「うぇぇーーーーん……。サシャの意地悪ー」


「あー。ごめんごめん。いたんだね。考え事してた。大丈夫かい?」


「ひっどぉ……。ヒック……。お菓子屋さん連れてって」


「まあ、歩き疲れたしそうしようか。ごめんな、モナ」


「モナちゃん……」


「…………」


 残念モナに溜息を漏らし、目の光を失うサシャは、やれやれと言いながら、モナを小洒落た菓子店へと連れていく。


 一応モナのフォローになるけれど、長年連れ添っている訳だから、この光景も日常茶飯事なのであるが。


「ぷっぷー。騙されたぁ? ねぇねぇ、私の泣き真似上手くなーい? ねぇねぇ」


――ゴツン


「っ! 逝ったあああぃっ!」


 この様に、直ぐに調子に乗るのが彼女の悪い癖でもあり、愛嬌の良さでもある。そんなモナの頭からは煙をあげ、両手で抑えながら蹲っている。度々になるけれど、これも何時もの光景だ。


「へぃっ、お姉さんっ! おすすめ2つ、勿論別の種類ね♡」


「はぁ。何勝手に人の物まで頼んでるんだい?」


「え? 私が両方食べたいからに決まってるじゃない」


 さも当たり前の様に「私何かおかしい?」と首を傾げる素振りを見せるが、モナについての説明はもう必要ないのであろう。


「はぁ。まぁ、良いや。それでだけど――」


 もう一撃喰らわせようとしている拳を必死に抑えつつ、サシャは話し始める。


 先ず憲兵ギルドの受付は、何処ぞの公爵家のご令嬢と言っていた。これは、この辺りの貴族では無いという事だ。まぁ、間違いなく王都か近郊なのだろうとサシャは予測を述べる。一般論で考えれば、王家に最も近しい血筋が公爵家に当たることが多いはず。勿論、国の仕組みにもよるのだろうけれど、長年世界を回ってきた限りでは遠からずと言うべきだ。という理屈なのである。


「お待たせしましたーっ、おすすめでーす」


 菓子店のお姉さんは、常連客にでもしようと考えているのか、サービス業の見本となるべき姿勢で、丁寧に料理の説明をモナにしている。


 (わーいっ♡)


 モナは万遍の笑みで頬を緩めながら、鼻歌交じりで、出された菓子の見た目の解説をしていく。


「ハチミツの黄色に粉砂糖の白〜、揚げたての匂い〜、サクサクとした歯触り〜、星の形〜、ふくらみ――」


 ニッコニコモナの解説を差し置きサシャは続ける。


「モナちゃん。ヨダレ拭こうね」


「てへっ♡」


「それで、今回なんだけど、多分王都に行く必要がある。多分、馬車だと1ヶ月位かな? という事でモナちゃんに行ってきて欲しい――」


「やだぁっあ! サシャちゃんも一緒! なんなら、2人でびゅーんって、飛んで行けばいいじゃんっ!」


「ちょっと、声でかいよ」


 モナが言うように、彼女は空を飛べる。勿論、人目を気にする必要もあるのだけれど、なんと言ってもモナは吸血鬼族のオタサーの姫ちゃん、いや、姫様なのだ。サシャを抱きながら王都へ飛んでいけば問題ないと思っているのであろう。ただ、サシャは抱き抱えられながら高速での飛行は苦手なのだ、その為今回はモナの手柄にしてしまおう。とのことからの発言だ。


 (確かにこのバカちゃんには荷が重いか……)


「じーっ、聞こえてるんですけどー、もうちょっと私を大切にして欲しいんですけどー、なんですけどー。なんなら、この大衆の面前で恥ずかしげもなく、私の背中を壁に押し付け、両手で壁ドンの顎クイをしながら、『モナちゃんっ、君だけを愛してるっ!』って、大声で言って欲しいんですけどー、じーっ」


 「最近トキメキ貰ってない」等、ほざいてるモナは、今みたいにジトッとした目をする時は、本当に何をしでかすかわからない。サシャは少し焦りながら「ごめんごめん」と、落ち着かせるため取り敢えずの謝意を伝える。まだ不満気に口を尖らせながらも、ナイフとフォークを再び掴み、口の中一杯に菓子を詰め込んでいくモナを、サシャは苦笑いしながら見つめていた。


 その後、ハイベルタでの買い物を済ませ、事務所でもある古屋敷へと帰宅した2人。


 基本的に、サシャとモナが家事をこなすのは夜の時間帯だ。


 サシャは未だに自分と同じ死霊術師に出会ったことが無いけれど、要は死者全般を扱う事に長けている。勿論それ以外の特技もあるけれど、偶然にも見られてしまうと面倒な骨騎士等々に、洗濯掃除を行わせているわけだ。


 同じくモナは吸血鬼族の、有り体に言えば王族の血筋を持っており、一応昼も活動出来るのだけれど、夜の方が勿論身体への負担は少ない。らしい。サシャは長らくモナと過ごしてきたが、その辺はモナもあまり語らないから聞かない様にしているのだ。


 (ただ阿呆だから、自分の事もわからないのか)


「ねぇ、サシャ〜、いつ王国〜? 王都に行くの?」


 寝間着に着替えたモナは、ソファーで寛ぎながら、ノルボー30年物? のワインを口に含み、妖艶な表情を見せながらサシャに訊ねる。


「稼がなきゃだから近いうちが良いけれど、とは言っても空旅だろう? 直ぐに着いちゃうから、モナちゃんの調子が良い時で良いよ」


「およよ〜? 昼のせい? なんか優しくない? 取り敢えず家を出るのは、夜が良いかなあ、天気が良ければ明日でも明後日でも良いよ〜。ぷぷぷ」


 サシャは「はぁ、酔ってるな」と呟き、どうしたものかとモナに背を向け、居間から逃げ出していくのだけれど、見逃すつもりは無いとモナは背後からサシャに抱きつき、サシャの口血を求め、次第にいやらしい音をたて始めていくのだった。


 やはりと言うべきか、昼の事があったからなのか、その後の行為は、モナにされるがままとなる夜更けとなった。


 当然、翌日は2人共にぐったりの様子で、出発はその翌日となるのだった。






――――――



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