公爵令嬢は簡単に婚約破棄される①

 公爵家ご令嬢。


 様々な国や地域、年代において、読み方は多少違えど、概ね国の偉い人のお嬢様なのは間違いないのであろう。


 では、一例を挙げてみよう。王国であれば、王、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵。多く見積もっても、これが偉い人順の国が多いのだ。他にも勿論有るのだけれど、長くなるので、この辺にしておこうと、わたしは思う。



 サシャ・メディウム・クノッヘン


――――――


「サシャちゃーん。飽きた、秋田、秋だーーー!」


「ちゃん付けで呼ぶのは辞めてくれないか?」


「えー、なんで?」


「何でもこうもないよ。更に言わせてもらうなら、今は夏だし、遥東の国で使われているような地名を口に出すのは、流石に止めておこうね」


 (ちなみに、わたしは男だって何回言っても……)


「だってさ、折角この貧乏古屋敷を買ってさ、『復讐代行事務所』には誰もお客さん来ないしさ、周りは田舎臭いしさ、毎日毎日、手入れもしてない庭園でさ、うすーいお茶を飲む日々なんだよ? さすがの私でも飽きるよー」


 先程からサシャの優雅なティータイムを邪魔し、且つ軍隊の様に「Sir,Yes,Sir」と、キリリと敬礼でもしてくれればまだ可愛いのだけれど、深紅のドレスを着た、吸血鬼の姫様『モナ・ローゼ・ヴァンピレー』は、サシャの膝の上に乗りながらスカートをばたつかせ、終始この調子なのである。


「わかった、わかったから。取り敢えずモナちゃんは、わたしの膝の上から降りてくれないか」


 サシャはモナの事を、普段はモナちゃん、と呼んでいるのだけれど、いや、呼ばさせられているのだけれど。そのモナは口を尖らせ、ブーっと文句を垂れながら、サシャが座る隣の白いガーデンチェアに腰かけた。


「サシャー、仕事しないの?」


「そんな、可愛らしく首を傾げながら聞かなくても答えるよ」


「えっ……♡」


「――あぁ。いや、しないでは無くて、したくても無い。が正しい。そこは間違えないでくれ」


「ぷっぷー。そんな偉そうに言うことじゃないよ。でも、無いなら探すとか、貰うとか、色々有るでしょ」


 確かにモナの言う通りなのである。今まで流浪の民の様な生き方をしてきた2人は、最近、流行病の様に大陸全土で『追放病』や『婚約破棄病』が起こっていることを耳にし、独立開業をこの大陸の、この田舎の屋敷で始めたのだ。


 (モナの言う通り、未だに依頼がゼロなんだよなぁ……)


 勿論、それ以外にも『復讐代行』は山ほど仕事があるのは確かだ。恨み辛み、復讐、呪い、そんな負の感情は、何処にでも存在し、人はその感謝に呑まれやすい生き物なのだ。2人は流浪の頃からあちこちで稼いできたのだから、最早言うまでもない。


「まぁ、モナちゃんの言う通り、少し散歩がてら事件を探してみようか」


「先生! 賛成でーす!」


 (まさかダジャレのつもりじゃないよな……)


 サシャが購入した古びた屋敷は、相当の広さこそあれど、周りは数軒の無人の建物に、手入れの無い畑や生い茂った木々ばかり。つまり、手っ取り早く依頼主を探すには、1番近くの街でもあるハイベルタまで歩いて行くことになるのだ。とは言っても、1時間程の距離ではあるが、態々この辺りに足を運ぶ街の住人等いないのだ。ちなみに、ハイベルタは人口が凡そ1万人程と言われている、極々普通の地方都市である。


「ねぇねぇサシャー! 菓子店行こうよ、お腹空いた!」


「日傘邪魔っ! 腕に絡みつかなくても聞こえてるよ。兎に角、目的を済ませてからな。其れにさっき血をあげたばかりじゃないか……」


 サシャは何時ものハットを被り直し、モナが絡めている腕を振り払いながら事件を探す。勿論、この暑さの為黒マントは外し、ここ数年流行りだしたスーツを着こなしている。隣のモナと言えば、全くのどこ吹く風で、菓子店や屋台を眺めながら指を加えているが、これでは、折角の美貌も台無しと言ったところである。


 ハイベルタに到着した2人に、屋台の店主が声をかけた。


「お姉さん方ー! よって行かないかー?」


 サシャは女性に間違われる事にも慣れており、屋台の叔父さんからの誘い台詞も、特に気にする様子もなく、笑顔で断りの仕草を見せる。


「んー、憲兵ギルドか酒場あたりかな。いや、昼間だし憲兵ギルドが良いのかな」


 ボレヌス大陸には大小幾つもの国々が存在しているが、ほぼどの国であっても、酒場は昼間から開店している。其れは、冒険者等が朝晩関係なく探索やクエストを行っているからでもあり、どの国でも年中同じ事が言えるのだ。


 (憲兵ギルドか。行ったとして、何て聞くのが良いだろうか)


 サシャは憲兵ギルドに向かいながらそう呟いた。


「モナちゃんなら、正面切って聞いちゃうけどな」


「自分でモナちゃん言うなよ」


「いいじゃん、別にぃー」


「で? 最近何か事件は有りませんか? って不審者じゃないか?」


「うーん、変わった事は無いですか? とかは?」


 サシャも同じく「うーん」と悩みながら他に聞きようも無さそうだし、モナの提案に乗ることにした。


 憲兵ギルドには、幾つかの部署が有るけれど、今から2人が向かう先は、簡単に言えば街の苦情相談所の様な場所だ。大きく言えば治安維持が憲兵ギルドの役割でもあるが、街の住人達は、そんな事はお構い無しに、猫が消えたとか、娘とはぐれた、とか、困った時の頼り所なのであろう。


「すみません。最近、この街でも隣町でも良いのですが、何か変わった事はありませんでしたか?」


「変わったことー?」


「噂話とかの類いでも構いませんが」


「そんな事聞いてどーするんだ?」


 受付のお兄さんは、サシャを怪しいとでも思っているのか、怪訝な顔色を窺わせている。


「いえね、わたし達、何せ辺境の田舎に住んでまして、ガルデンの情報に疎いんですよ。ちょっとした興味というやつです。特に何も無ければ良いんですよ。忙しいところすみませんでした」


 サシャは、それじゃあ。と、ハットを軽く触り会釈をしてその場を後にしようとした。


「あー。噂かあ。あんた達の興味に値するのか分からんが、何処ぞの公爵家の令嬢様だかが、殿下? 詳しくはわからんが、突然婚約破棄をされたとかの噂でもちきりだぞ、特にあんたが言う噂好きのお姉様方が挙って話してるのを耳にするな。俺が知ってるのはこんなものだが、中々聞かなそうな変わった事になるんじゃないか? 其れは知ってる話だったか?」


「ほう……」


 サシャは腕を組みながら、思案を始める。


 (ねぇねぇサシャ、噂の流行病じゃない?)


「ありがとうお兄さん。とても有益な情報でした」


 モナは耳打ちしてサシャに話しかけるが、其れを気にする素振りも見せず、サシャは会釈し憲兵ギルドを後にした。


「もぅー、待ってー、待ってってばー!」






――――――



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