第3話 学年主席が2人?

 教室に着いたセリナ達は、各々の指定された席に座った。セリナの席は教室入ってやや奥のほうにあった。教室の窓際から数えて2列目、教室の前方から数えて3番目の席だ。


 そしてカティアの席は、セリナの席のちょうど目の前だった。それもそのはず、なぜならここの席順も入学試験時の順位がそのまま反映されていたのだ。


 だがセリナが唯一残念に感じたのは、フリッツと一緒のクラスになれなかったことだ。式の最中は完全に席が離れていた2人だったが、担任教師の引率が始まった際、フリッツが7組目の担任教師についていったのを確認した。


(フリッツと一緒のクラスになりたかったなぁ、そこまで都合よくいかないかぁ……)


 しばらくすると、教室にセリナ達を引率した赤いローブを着た女魔導士が入ってきた。そして教壇の上に上がり、その中央にあった教卓の後ろに立った。無言だったが、凄まじいほどの威圧感があった。新入生達も無意識に姿勢を正し、全員女魔導士に釘付けとなった。


「ふむ、皆さん。行儀がよくて、大変すばらしいわ……」


 女魔導士は教卓に両手を置きながら、全員の顔をまじまじと見ながら話した。


「それではまずは自己紹介をします。私の名前は、アグネス・セロ・ファリカ。この10組の担任を務めます。言わずもがな魔導士ですが、第3期生としてここの学園に入学し、卒業後は教師としてこの学園の教職に就いています」


 アグネスは黒板に自分の名前を白い魔導筆で速筆した。本名の綴りはかなり長かったが、それでも3秒もかからず書ききった。アグネスは当たり前のように書いたが、実はこの芸当も入りたての新入生にとっては斬新で、到底マネできるものではなかった。セリナにとっても魔導筆の速筆はかなり難易度が高いとわかっていたがために、アグネスの速筆を食い入るように見ていた。


「安心してください。皆さんも、卒業する頃は全員このくらいの速筆はできるようになります。それより……」


 アグネスは自分が行った速筆の自慢などはすることもなく、次の話題へ移ろうと、教卓に置いてあった冊子を見ながら話した。


「この学園内の基礎的な規則、年間のカリキュラム、授業を受ける際の注意点、成績判定、学外での行動制限の規則、そして生徒寮での規則を順番に話していきます。質問等は最後に受け付けます」


 アグネスが冊子に記載されている事項を、順番に読み上げていった。新入生達にも同じ冊子が配られていたので、全員もやはりそれを見ながら聞いていた。


 セリナはその説明を聞こうとはしていたが、それ以上に気になっていたのはかつての命の恩人の魔導士のことだった。式の最中は学園長の存在感に圧倒され忘れていたが、教室に入って再び思い出した。


 入学式も終わって、新入生以外の生徒は生徒会長と生徒副会長ぐらいしか見ていない。


 同じ藍色の制服だったが、その2人は違う人物だった。また大聖堂を外に出て教室のある講義棟に向かうまでの間にも、窓から上級生らしい生徒が何人か外を覗いていたが、やはりいなかった。

 

 セリナの席が窓際に近いこともあって、アグネスが喋っている間も窓の外を何回か見た。セリナのいた階は3階で、窓の外から校庭が見下ろせたが、入学式に参加していた王族や政府関係者らの姿があった。その中には国王の姿もあった。


 また入学式の直前に荷物を預けたレギオスの姿もあった。それを見たセリナは、ちゃんと荷物が生徒寮に届いたかどうか気になった。


 セリナが持ってきた大荷物の中には、これから寮で生活するのに必要な衣類などの物資が入っていた。ただそれ以上に量が多かったのは、学習用教材だ。


 一般教養を身に着けるのに必要な教科書や参考書、資料集が何冊も入っていたが、セリナがそれ以上に早く読んでみたかったのは魔導書だ。


 魔導学園というからには、当然魔導実技の授業に最も欠かせない魔導書も何冊か入っていた。それまでの人生では独学か、あるいは同じ魔導士でもある両親と祖父母から基礎的な内容を学ぶに過ぎなかった。


 この魔導学園においてより本格的で実戦的な魔導の知識、そして古代の賢者も使用していた魔術も学ぶことになる。セリナも実家に魔導書が届いた初日に読みたかったができなかった。魔導書には一般の場で使用することが禁止されているほど危険な魔術の記載もあり、封印の術がかけられていたのだ。


 そしてここでアグネスがかなり強調して、注意事項の一部を読み上げた。それはセリナも気になっていた内容だ。


「皆さんもご存じのように、我々含めここの学園内にいるのは全員魔導士です。そして正式な魔導書も全員持つことが許されます。その魔導書には……」


 アグネスは一呼吸間をおいて、魔導書を左手に持ち全員に見せたまま真剣な表情で話した。


「人を簡単に殺傷してしまうほど危ない魔術もいくつか含まれています。具体的には、『攻撃レベル10以上』の章以降に記載されている魔術のことです」


 セリナ含め新入生達の表情が変わった。


「もちろんこれほどの魔術は、簡単には使いこなせることはありません。あなた方の中でマスターできている生徒はまだいないでしょう。また未熟な魔導士が唱えても、その威力はたかが知れています。しかし使い方を誤ると自分自身の身をも壊しかねません」


 アグネスがこれまで以上にないほど強い口調で言葉を発した。


「こういった危ない魔術を学外で使用するのは当然禁止ですが、学園内においても許可なく使用した者は厳罰に処します!」


 アグネスの強い口調にセリナも思わず圧倒された。明らかに今の自分とは無縁の魔術であったが、いずれ自分が使用する時がくるとは想像できなかった。


 そしてその後のアグネスからは生徒寮での生活における諸規則が説明されたが、明らかに前の説明と違ってトーンダウンしていた。一番強調して注意しておきたかった箇所を読み終えたという合図でもあった。


 その説明が一通り終わり全員からの質問がないことを確認すると、セリナが緊張するしかないイベントがやってきた。


「それではここで新入生各自自己紹介をお願いします。一人ずつ教壇の上に立って、全員の方を向いて大きな声で紹介してください」


 やはりというか、入学式初日ということもあってお互いに顔合わせをするのは必要だとは感じていた。セリナも人前で堂々と大きな声で話した経験は少ないから、緊張を隠しきれる自信がなかった。


「自己紹介する人物は、席順に従います。ではまず一番目の生徒、ここに来て!」


 アグネスが最初に来るよう促した生徒は、教室の入り口から1列目、前方から数えて1番目に座っていた生徒だ。その生徒が立ち上がり、颯爽と教団の前に立った。


 長身で金髪、そしてかなり肩幅も大きくがっしりした体型だった。セリナも一目見て思わずその生徒から何か強烈なオーラを感じた。その生徒の自己紹介が始まると、そのオーラは気のせいでないことがわかった。


「みなさん初めまして。僕の名前はフィガロ・カブス・アンタレス。サロニア中等学校から来ました。得意魔術は土、自慢ではありませんがこの度入学試験において1位の成績を収めることができました。

 今後もこの成績に甘んじることなく、精進して参りたいと存じます。どうぞよろしくお願いします!」


 胸を張り堂々とハッキリした口調で、見事に一番手としてふさわしい自己紹介を果たした。アグネスも含め新入生全員から盛大な拍手が送られた。


 セリナもその自己紹介を聞いて盛大に拍手した。だがセリナは彼の名前にまず驚いた。


(フィガロ・カブス・アンタレスって……確か、騎士団長の息子?)


 セリナの予想が的中したのか、周りの生徒も騒めきだした。どうやらセリナと同じ考えを抱いていた生徒もいたようで、アグネスがそれを察し説明した。


「知っている生徒も多いでしょうが、彼は現騎士団長テオドール・クーリッジ・アンタレスの長男です」


 やはりというか予想通りだった。その言葉を聞いて、一同騒然となった。前方に座っていたカティアも、思わずセリナの方を振り返り、「マジ?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。


 現騎士団長の長男が同じクラスにいることに驚きを隠せなかったが、それ以上に驚いたのは彼の胸に着けてあった金の花形のブローチだ。


(あの金のブローチ、もしかして!)


 金のブローチはさっきのフィガロの発言の内容が正しかったと証明し、セリナは彼を尊敬の眼差しで見た。


「一応補足しておきますが、彼はこの度の入学試験で1位の成績を収めた生徒の一人です。再度拍手をお願いします」


 金の花形のブローチは、入学試験で1位の成績を収めた生徒に贈られる装飾品だ。新入生一同再びフィガロに拍手を送った。フィガロは堂々と胸を張りながらも、照れ臭さを隠し切れず、笑みを浮かべた。


「では、次の生徒ここに来てください。フィガロは下がって」


 アグネスの指示に従いフィガロは元の席に戻ると、その後ろに座っていた女子生徒が立ち上がった。教壇に上がって生徒の前にその全身像を露わにすると、意外なほどに体が小さかった。


 セリナは間違いなく自分より背が低いと認識したが、長い黒髪で前髪は水平に一直線に揃った綺麗な髪形をしており、かなり物静かな雰囲気を漂わせていた。その女子生徒の姿に見とれる男子生徒も数名いた。


「ロゼッタ・マルコ・グレンヴィルです。得意魔術は防御。アルテナ中等学校から来ました。王立魔導図書館に昔から通うのが趣味で、独学で魔術の習得をずっと行ってきました。よろしくお願いします」


 フィガロの時とは打って変わって、物静かで落ち着いた口調で自己紹介をした。アグネス含め新入生全員から盛大な拍手が送られたが、ロゼッタはフィガロと違ってすぐに自分の席に戻った。


 だがセリナは見逃さなかった。ロゼッタの胸にはフィガロと同じく金の花形のブローチが付けられていた。そしてそれを見逃す生徒はセリナだけではなかった、ほかの生徒も気づいたようで少し騒めきだした。


「気づいた方もいるでしょうが、彼女も彼と同様入学試験で1位の成績を収めました。再度拍手をお願いします」


 セリナは一瞬わけがわからなかった。カティアもセリナの方を振り返って小声で話しかけ、その真偽を確かめようとした。


「どうして1位の生徒が二人もいるの?」


 だがここでセリナも入学試験の採点方法を思い出した。入学試験は100点満点形式で争われるが、実は5点ごとに区切られることになっていて、点差が4点以下となることはない。


 つまり次の順位との間の点差は必ず5点は開くことになっているため、100点満点ではあるが、その点数は20通りしかなく同点となるケースは多い。当然1位の生徒の点数は100点であるが、その100点を獲得した生徒が複数名いたことになる。


「因みに今回1位となる100点を獲得した生徒は、当クラスでは彼らの二人だけです。残り15人いますが、全員1組から9組にいます」


 アグネスの言葉にさらにセリナは驚いた。


(ってことは、100点満点の生徒は全部で17人もいるの?)


 満点の生徒の数にセリナだけでなく、カティアも驚きの表情を隠せない。試験の形式上、どうしても同点の生徒が複数名出ることは起こりえるが、それでも17人というのは多すぎるとセリナは思った。


 セリナはますます自分の点数の低さが恥ずかしく思った。もちろん合格できた以上、点数の低さを無駄に気にしてはいけないとは思っていたが、満点の人数の多さは予想以上だった。劣等感を感じずにはいられなかった。


 その後で紹介された男子生徒の順位は、一気に下がって18位だった。それも同率の順位がほかに3人、アグネスが自己紹介が終わるごとに補足で付け加えたのだ。


 その次の順位が50位とまた大きく下がり2人、その次が71位で3人と続き、最も多くいたのは次の103位だった。点数的には80点だったが、実は合格者の平均点とほぼ同じラインとなるこの順位は、最も多い8人もいた。


 さらにその次の順位である170位も7人と多く、この2つの順位だけで10組に15人もいた。だが、それでもセリナが教壇に立つことはなかった。セリナの点数は70点、平均未満だった。


 セリナの名前が呼ばれるようになるのは、カティアの次だったが、そのカティアは自分と唯一順位が同じ女子生徒だった。そのカティアの自己紹介の番がようやく回ってきた。


「か、カティア・クラン・リスパです。得意魔術は、えぇと、水です。サピエ中等学校から来ました。ぜひ皆さんと仲良くできればと思っております。よろしくお願いします!」


 カティアの元気な声が轟いた。だがその言葉を聞いて、ヒソヒソとなにやら変な小声が聞こえてきた。


「サピエ地区から来たって、本当なの?」


「ド田舎じゃん」


 やや小馬鹿にしたような発言も混じっていて、セリナの地獄耳が反応した。もっともセリナ自身もサピエ地区のことはよく知らなかった。人口が1000万人以上はいるこのアズミアン王国は広大な国土で、セリナですら行ったことも見たこともない地区がたくさんあった。サピエ地区もその一つだ。


 これまで紹介してきた生徒らは首府があるサロニア地区やアルテナ地区、シェトランド地区など人口がかなり多く、多くの有名魔導士の出身地を輩出した地区の名前が目立った。


 だがセリナが住んでいた地区は、そのどれにも該当しいない。人口が20万人ほどしかいない地区で、自分もカティアと同じ田舎者だと認識した。そんなセリナにとってはカティアのような生徒が、最初に話しかけてくれて本当によかったと感じた。


「ではあなたの番です」

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