俺は瘴気に汚染されたこの世界で寿司を食うために浄化魔法を開発する

ジェロニモ

霧漂う異世界

プロローグ 

 俺の名前は雨宮聖人(あまみや まさと)。美味いものを食べるのが好きで、特に寿司をこよなく愛する男子高校生だ。寿司屋でバイトをして、そしてそのバイト代で毎週のごとく回らない寿司屋で寿司を食べている。

 今日も寿司を食べるぞと頼むネタを思い浮かべてよだれを垂らしながら行きつけの寿司屋の暖簾をくぐると、そこは屋外だった。

  周囲には、ドライアイスを使った時みたいな霧が立ち込めていて、視界が不明瞭だ。周りの空気が、暖簾をくぐるまでとはまるで別のものに変化したことを肌で感じる。


 目を凝らして、ぐるりと周りを見渡すと、まるでファンタジー映画のセットのように趣がある建物が並んでいた。俺が立っているこの場所はどこかの大通りのようだ。


 大通りにはちらほらと人並みがあった。みずぼらしい服に、口元にバンダナをマスクのように巻いて目には半透明なゴーグルを付けた外人さんらしき人達が、こちらを警戒するように足を止めていた。その風貌は、口に巻いたバンダナのせいでまるでギャングみたいだ。


 突然見知らぬ場所に飛ばされたこと。ゴーグルで隠れていてもわかる、自分へと刺さる険悪な視線。頭を回せば回すほど、俺は恐怖に飲み込まれた。


「あの、すいません!今、急に現れましたけど、今のってなんて魔法ですか? あと、その服ってなんですか? なんでバンダナもゴーグルもつけてないんですか?」


 思わず硬直していた体から力が抜けてしまうほど幼い声が背後から聴こえてきた。ぎこちなく、ロボットのように振り向くと、予想に違わぬ小さな男の子が俺を見上げていた。短い焦げ茶色の髪をしている少年は、他の通行人と同じようにゴーグルとバンダナを着用している。


 ゴーグルの半透明なレンズ越しに見える少年の青い瞳は、まるで宝物をみつけたように、レンズよりももっとキラキラに輝いている。


「あのさ、君の質問に答える前にここがどこなのか教えてもらえたりしないかな。急に見知らぬ場所に来たみたいで、困ってるんだ」


 俺は焦りを抑えて冷静を装い、少年に話しかける。


「それは転移魔法というやつですか!?」


 少年は更に目を輝かせた。


 魔法、か。子供っぽい発想だなあとこんなわけのわからない状況にも関わらず、微笑ましくなる。


「それでえっと、ここって地理的に言うとどのあたりなのかなって」

「ここはマルダガルダ王国の壁外、Eブロックですよ」


 まるで聴いたことはない地名だった。それが地方によくある〇〇王国! みたいな観光地ではないということだけは間違いないだろう。

 スラム街のようなこの現実離れした場所を探索するということに需要はあるかもしれないが、それにしたって観光地というにはさきほどから漂ってくる悪臭がきついったらない。半信半疑ながらも、俺の頭には一つの結論が浮かんでいた。


「地球って、知ってる?」


 俺は恐る恐る、少年にそう尋ねた。


「なに? それ」


 少年は、コテンと首を傾けた。嘘を言っているようには見えない。


「じゃあ日本って地名は?」

「日本、という地名に聞き覚えはないかなあ。といっても、ぼくはこの王国の外に出たことがないから、わかんないけど」


 男の子は、力になれずごめんなさいと、ぺこりと頭を下げた。


 ……最初から、異様な雰囲気からうっすらと察していた。


 見慣れぬ、まるで中世のような建造物に対する違和感。現代からは考えられないような、ファンタジー映画で出てくるような服装への違和感。あきらかに外人に見える少年に、日本語が通じる違和感。そして日本語が通じるのに地球、日本という単語が伝わらないという違和感。


 そこから察するに、どうやら俺は異世界というやつに来てしまったらしかった。


「あの、どうかしたの?」

「ああいや、言っても信じてもらえないかもしれないけど、どうも俺は異世界に来てしまったみた……ぐっ」


 言い切る前に、胸にまるで心臓を刺すような痛みが走る。あまりの激痛に耐えられず、俺はその場に倒れ込んだ。


「だ。大丈夫!?お兄さん!?」


「か……はッ……!」


 少年の問に答えようとするも、息が上手くできない。自分のものとは思えない、ひゅーひゅーと、すきま風のような呼吸音が鳴る。

 やがて、少年の声が膜を隔てたように遠くなり、視界もぼんやりとしてくる。「ああ、死ぬんだな」と、どこか他人事に状況を把握している自分がいた。徐々に視界は暗く、頭は回らなくなっていく。


 できるなら……さいごに……寿司、くい、た、かったな……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る