元ヤン妻とサイエンティスト夫。

コウサカチヅル

本編

「な、なんということでしょう……!! 実験大成功ですよ!」


 ぼうビフォーアフター番組みたいな感極まった一声が、かられた。

 アタシはその声をあげる、本来の持ち主――研究職に就いているアタシの夫のカラダから、精一杯の怒りをぶつけた。


「アタシのカラダで、くねくねするんじゃねえ!」

「里奈さん、怒らないでくださいよぅ、怖い……っ」

「だからくねくねすんな!」


 ヤツのメガネを光らせ、唸るアタシに、でもホントは一切怖がってないこの男――東宮雅親とうぐうまさちかこと『チカ』は、うりゅりゅ、と瞳を潤ませた。だからアタシのカラダでそういう動きを見せるんじゃねえ。


「だって里奈さん、同意の上じゃないですか。僕の研究の実験体、引き受けてくださるって」

「そ、それは……っ、動物じゃ効果がわからないって、チカ、困ってたし。第一、アタシは……もともとモルモットちゃんという生きものがだいすきで、もにょもにょ……」

「ふふっ♡♡優しい里奈さん、だーいすき♡」

「次に口もとへカワイイポーズで拳持っていったら、戻ったあとチカの髪の毛むしるからな」

「す、すみませんでした……」


 震えだしたチカへ、アタシははぁ、とため息をつく。

「で、これ、いつになったら戻れるんだよ?」

「ああ、実は特殊な状況下で戻るように作っていまして。とりあえず……」

 チカ(※見た目はアタシ)はにんまりと笑うと、ぎゅっとアタシの腕をつかんで引っぱった。改めて並んでみると、アタシはこいつより思った以上に背が低かったんだな、と変なところに気を取られる。


「出かけましょう!」

「はぁ!!?」



✿✿✿✿✿



 そうしてアタシが連れてこられたのは……。

「すごいですう、お嬢様☆お可愛かわらしさチョモランマ級でございますう☆」

「わあ、ありがとうございます〜★お姉さんの見立てのすごさもエベレスト級ですね★」

「なにが……起こってるんだよ……」

 ふりふり〜でひらひら〜なドレスであふれた(チカが言うに『ゴスロリ』?? というジャンルらしい??)服屋だった。

 目の前で、とんでもなくかわいい声のオネーサン店員と、アタシの姿をしたチカがきゃっきゃとはしゃいでる。


「じゃあ、このお洋服ください〜♪このまま着てゆきます!」

「は〜い、喜んで☆☆」

「なっ……!?」

 ちょいちょい、オネーサン。居酒屋でもバイトしてんの? ……じゃなくてチカぁああ!!

 アタシは目を剥いた。だって、チカが今、袖を通してるのは……。


 真っ白な、かわいらしいリボンいっぱいの。いかにも女の子なドレスだったから。

 スカートのラインは、長身のアタシでも威圧感が出なさすぎる程度だけど、でもこれは……!!


 呆然ぼうぜんとするアタシを横目に、さわやかに会計を済ませたチカは、ぎゅっとアタシの腕をつかみ、ぐいぐいと引っぱってく。


「♪〜」

 鼻歌混じりで、ずんずん進むチカ。


 ――周りの目線が、痛い。

 気づけよ。

 みんな、見てるじゃん。


 似合いもしない服をゴキゲンで着てる、みっともないアタシを。


 ふとぎる、あれは結婚の挨拶でのこと。


 チカがアタシの親に『娘さんをください』と言ったとき、女手ひとつで育ててくれた母さんは、泣いて喜んだ。


 だからアタシは、浮かれていたんだ。

 きっと、チカのほうの親も祝ってくれるんじゃないか、って。


 結局は、そんなことはありえなかった。

 髪を金に染め、耳には無数のピアス穴の開いたアタシを、いかにもお嬢様な感じのお義母さんは困ったように迎え、有名な学者らしいお義父さんは、アタシの目の前で、チカのことを叱った。



 ――お前、それなりに賢いなら、真剣に相手は選べ、と。



 怒ったチカを見たのは、あれが最初で最後だ。

 それ以来、絶縁状態だけど、なんだかもう、あのときの混乱みたいな、不安な気持ちがまた押しよせる。


 チカもやっぱり、そういうのが好みなの?

 アタシのこと、『恥ずかしい』って思ってる?



「――里奈さん?」

「ふえ……っ、ふええぇえ……んっ!」

「!!?」

 だめだった。アタシは、チカの姿のまんま赤ん坊みたいに泣きわめき、公衆の面前で、チカによしよししてもらうという失態を犯してしまったんだ。



✿✿✿✿✿



 洟をすすりながら帰宅したアタシに、チカが真っ先にしたのは、謝罪だった。

「ほんっとうにすみませんでした、里奈さん!!」

「……アタシの姿で土下座すんなし」

「どこまでも清らかで可憐かれんなあなたを、よりにもよってぼくなんかの姿のときに泣かせてしまうなんて……! 本当のあなたから流れる、本当のあなたのまなじりからこぼれる涙、この目で見れずに人生9000割損しました、口惜くちおしや!!」

「……怖い……」


 息継いきつぎナシで目を血走らせながらそう叫ぶチカに、アタシはリアルにカラダを縮こまらせる。


「で? どうしてこんな着飾らせようなんてしたんだよ?」

「そ、それはですね……」


 急に言いよどみ、でも、アタシの目を確かに熱っぽく見つめるチカ。

 そしてぐいっ、と腰を引きよせられて――アタシとチカの、くちびるは重なった。

「んぅ……っ!?」

 なんだか、熱烈というか、激しくて、目の前がくるくるする。


「チ、チカ、たんま……っ!」

 ぐっ、と勢いよく彼を押したときに、ふと、気づいた。


 ――声、戻ってねえ?

 勢いよく見上げると、少し上に、顔を赤くしたチカの顔。


「唾液の交換。これが、元に戻るための条件だったんです」

「はぁ……っ!? だったらちゃっちゃと済ませればよかったじゃんか!」

「イヤですよ! せっかく愛するあなたのからだを自由にできますのに!!」

「怖いんだよいちいち言いかたが!!」


 アタシは、真っ赤になって、チカの胸ぐらをつかむ。

「このひらひらを買った理由は?!」


「一番、結婚式のときのイメージに似ていたから」

「――は、」


「ウェディングドレス姿のあなたが、本当に眩しいほど綺麗で。お姫様みたいでした……ぼくにはもったいないほどの、お姫様です」

 そうして、もう一度、私にちゅっ、とキスをする。

「ただもう一度、ドレスアップした姿を見たかった。見せびらかしたかった。ぼくのお姫様、いいでしょう、って。……それに」

「……それに?」


「美しいあなたには、この程度の装飾でも全く足りないくらいですよ?」

「〜〜っ……」


 ……これ、真顔で言うんだぞ?


 アタシはしばらくチカの腕の中で、ひたすら小さくなってもだえつづけるのだった。




【終】

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