ビター味の友チョコ
File3.川村みどり(18)
渡すだけなら、許されるだろうか。
今日は2月14日、バレンタインデー。
宮田さんとチョコを作った昨日の放課後がもう既に懐かしい。
今朝のニュースでお天気お姉さんが「この冬一番の
誰もいない教室であの人が来るのを待つ。
西陽が差し込んできて少し眩しい。あの日もこのくらいの時間だった。
◇
バレンタインデーより少し前、私は好きな人に好いていることを気づかれてしまった。なんてことはない。放課後、友人と恋バナをしていたらたまたま偶然聞かれていたのだ。
その時の彼はとても気まずそうな顔をしてたけど、何も聞いてないフリをしてた。だから私も聞かれていないことにした。
気まずい顔をするということは彼は私のことをどうとも思っていないんだろう。でも彼は何も聞いてないし、私も何も聞かれていない。そう自分に言い聞かせて、せめて私の口から直接気持ちだけでも伝えようと、チョコを渡すと決めた。
◇
「悪い、待たせたな」
ガラガラと扉が開く音にハッとする。
「小野くん」
先生にこき使われてさー、と教室に入ってきた小野くんの手には小さな紙袋があった。
もしかして本命の女の子から貰ったんだろうか。
そうだとしたら彼はきっと、今から渡そうとしているチョコが本命だと知れば受け取ってくれないに違いない。
だったら彼の手にチョコが渡ってしまったあとに言ってやろう。それでチョコを返そうとしてきても返却不可だと言って絶対に受け取らない。卑怯かもしれないけれど、この行き場のない気持ちをバレンタインというイベントにかこつけてどうにかしたいのだ。
「川村あのさ、これ」
そんな私の考えをよそに、小野くんが差し出してきたのは手に持っていた小さな紙袋だった。
袋を握る彼の手はかなり力が入っているのか血管が浮き出ている。見上げてみると小野くんの顔が少し強ばっていた。
………誰かから貰ったチョコじゃなかったの?
「これ…」
「バレンタイン」
「私に?開けていいの?」
「うん」
小さな袋から更に小さな箱を取り出して、綺麗に結ばれたリボンをそっとほどくと、ふわっとカカオの香りが鼻をかすめた。
中には高級そうなチョコレートが入っている。
「わあ美味しそう。どこのお店のチョコ?」
高そうだなぁと思って聞くもなかなか返答がない。
不思議に思って、目線をチョコレートから外して上に向けると、小野くんの表情がさっきよりもっと固くなっていた。
そんなに言いにくい質問をしてしまったのかしら。
「それ俺が作ったんだ」
「…え?」
これ小野くんが作ったの?お菓子作りが得意な私から見ても市販、いやブランドものにしか見えない。それほど綺麗なチョコレートだった。
「俺、パティシエになるのが夢なんだ。卒業したらパリに行こうと思ってる」
その言葉が何を示すのか初めはわからなかった。
「だから、」
そこまで聞いて、今彼がなんて言おうとしているかわかってしまった。
ごめんなんて聞きたくない。
私はまだ何も伝えられていないのに。
「小野くん!」
彼の言葉を
「これ貰ってくれる?友チョコだから」
最後の言葉は自分に言い聞かせるためのものだった。
こんなことなら他に本命の女の子がいる方がよかった。その方がよっぽど諦めがついたのに。
私の一言が重荷になるかもしれない。そう考えてしまったら何も言えなくなるじゃないか。
ずるい。告白もさせてくれないなんて。
チョコだけ渡してきた小野くんの気持ちだってわからないわよ。
「一流のパティシエになったら美味しいスイーツご馳走してほしいな」
私にはそれが精一杯の言葉だった。
「いくらでもご馳走するよ」
◇
小野くんが去った後の教室で、貰ったチョコレートを眺める。1粒つまんで口に入れるとカカオの香りが口の中いっぱいに広がった。
「………女の子に渡すにはちょっとビター過ぎると思うわ」
よくわからない横文字の名前のチョコレートはとても苦くて、加えてなぜか少し塩味で、でもやっぱり美味しかった。
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