23時20分
――
さて、天国は何色でしょうか?
海は青です。大地は黄です。森は緑です。地獄は赤です。私は黒です。
辺りは、見渡す限りの真っ白です。一面の銀世界ならぬ白世界です。もしも天国は白ならば、私は天国に行けたということでしょうか? ええ、間違いないですね。ここは天国です。
それでは、少しばかり天国を散策してみましょう。おや、神様がそこらへんで、プラプラと歩いています。どうやら、この場所は神々の暮らす街のようです。ちょっと挨拶をしてみましょう! こんにちは……って、返事がありません。マナーがなっていないですね。
街を抜けると、外れには天使たちの学校がありました。何の勉強をしているのでしょうか? ちょっと覗いてみましょう。むむむ……どうやら英語っぽいです。 なんと! 天国の共通言語は英語でした。これがグローバル化というやつですね。
今度は天使たちの学校の辺りをぐるっと回ってみましょう。脇には大きな川が流れていて、川を挟んでの向かいには大きな山がそびえ立っています。校舎は新しいのと古いのが2つ並んでいますね。んんー? なんか既視感があるぞ?
まあいいか。学校からは離れて、もう少し歩いてみましょう。ていうか、ここって、私の街と一緒なんじゃないの? ということは、こっちの方向に進めば……あった! 私の家じゃん! 2棟のアパートに挟まれた、小さな小さな家なのです。でも、ママと暮らすだけなら、十分な大きさでしょう。
天国にも自宅がありましたね。寝床が必要になるのかは分からないけど、なんとなく安心できます。ママは……あ、まだいないのか。ちょっと待ちましょうか? いや、そんなにすぐには来ないか。おっと、玄関のドアが開いていますね。 ちょっと不用心なのではないでしょうか? まあ、天国だからドロボーはいないのかもしれません。たとえ存在したとしても「ドロボーの神様」って、なんだか違う意味に聞こえてきます。さて、気を取りなおして、家に入りましょうか。
なんと! 間取りも全く一緒ですね。階段を上がってすぐのところが、私の部屋です。ガチャンとドアを開けて……あ、あった! 私のベッド! モッコモコのフッカフカ! えいやっとダイブだ!
―― ドボン! ――
あれ? 沈んでいくよ?
―― ゴボゴボゴボ ――
ちょ、ちょっと? 全然、止まらないんですけど??
―― コポッ コポッ ――
うそ? 戻れない? だ、だれか……
……
…―!―!―…
はっと、目が覚めた。
視界に入るのは、灰色の世界。いや、よく見ると、それは無機質な天井の模様だった。照明の眩しさが視界の邪魔をして何も見えなかったけれど、目が慣れるにつれて、周りの様子が少しずつ、鮮明になってくる。
ネズミのキャラクターの掛け時計――推しの歌い手のポスター――年季の入った白い学習机――莉奈と一緒に撮った沢山のプリクラ――無造作に放置された英語の教科書ガイド――
ここは、私の部屋だ。どうやら、いつの間にかベッドに横になって眠っていたらしい。ゆっくりと体を起こすと、目が回って頭がクラクラする。時計に目を向けると、短針は23時を指していた。
家に帰ってから、眠るまでの記憶が全く無い。たしか、学校に行って、美春が死んだって聞かされて、ショックで家に帰ってきて……
―― ズキン ――
急に頭が痛む。そして、強烈に喉が渇く。何か飲み物が無いか、リビングに向かうことにした。
階段を下りた先にあるリビングは、真っ暗だった。ママは……いないのかな?
入口のスイッチに手を伸ばして、明かりを灯す。当然ながら、誰もいない。よく見てみると、テーブルの上にメモが置かれている。
―― ぐっすり眠っていたから、起こさないようにDMじゃなくて、紙で連絡するね。急な仕事の依頼が入ったので、会社に戻ります。今日も遅くまで返って来れないので、お夜食は冷蔵庫に置いておきます。 ――
どれどれと、冷蔵庫を覗いてみた。確かに入っている、グラタンが。いや、昨日と一緒じゃん!……ってツッコミを入れるところだけれど、そういえば、昨日は食べていなかったんだ。
グラタンをレンジに入れて温める。オートモードでたぶん、3分ぐらい。私が産まれる前から使っているという、なぜか壊れる気配の無い古参の電子レンジ。クルクルと回るグラタンを眺めていると、だんだんと昨日の事を思い出す。
家に帰った後、スマホを開いて、アイカと美春の事を問い詰めた。すると、アイカは美春の事を削除――
―― ズキン ――
「うっ」
頭がズキズキと痛む。
―― チーン ――
グラタンの温めが終わった。言葉通り「チン」したのだ。レンジのドアを開けると、ホカホカと湯気が立ち上る、真っ白なグラタンが――
そうだ、思い出した。アイカの言葉に動揺して、思わず、着の身着のままで家を飛び出してしまったんだ。たしか、何時間も街をフラフラとして、河原の堤防にいって夕日を眺めていたんだっけ。真っ白な雪化粧の街を、夕日の光が赤く塗りつぶす、幻想的な世界。そこで――
そこで、コーダイ先生が、私を……
―― 真珠が美春を殺したんだな!? ――
―― 死ね! ――
「ああっ!」
思わず、手からグラタンが滑り落としてしまう。容器がパリンと割れて、床に中身がドロドロと流れ出ていく。真っ白なグラタンが一瞬でゴミに変わるのを見て、思い出した。コーダイ先生は私の事を亡き者にしようとして、両手で思いっきり私の首を絞めた。
そして、抵抗できなくなって、私は死んだはずだ。国道を走る車のヘッドライトがやけに眩しいなと思いながら、だんだんと意識がなくなっていって、そしてふわっと天国に上っていった――はずだったのに。
おかしい。私は生きている。天に召されたはずの私の魂は、確かに、この身体に内包されているのを感じる。「頬をつねって」みたいな、古典的な手段を取る必要などないくらい、はっきりと自覚できるのだ。生きている、と。
「夢……だったのかな」
そう、きっと、あれは夢に違いない。アイカと話してショックを受けて、それから家を出たと思ったけれど、実際はベッドで寝ちゃっていたんだな。
いや、もっと前だ。アイカと話したのも、きっと夢だ。
いや、もっともっと前だ。美春が死んじゃったっていうのも、きっと夢だ。
もっともっと、もーっと前! 美春を削除するなんていうのも、美春に閉じ込められるなんていうのも! 今は追試を受ける前で、アイカと出会ったのも、きっと、きっと、きっと!
夢だ!
―― ズキン ――
またしても頭に痛みを覚えた。おもわず、痛むところを抑えてしまう。頭頂部かと思ったら、もう少し下だ。ならば側頭部かと思ったら、もう少し下だ。すなわち頭ではなく――
そう、首だ。うなじの下をそっとなでると、まるで電流が走るように、頭全体にピリッとした痛みが走る。
急いで、洗面台に駆け込み、鏡で確認してみる。上着を脱いで、シャツのボタンをはずして、鏡に首筋を近づけてみると――
そこには、血のように真っ赤な縞々模様が、1つ、2つ、3つ、べったりと付着していた。ゴシゴシと手で拭っても、決して元に戻らない。一つ一つがまるで他人の指のような大きさの、これは――
―― 死ね! ――
コーダイ先生に首を絞められた、あの時のアザだった。
「全部、全部……現実じゃん……」
夢から覚めたと思ったのは、ただの早とちりだった。夢からなど、覚めてはいなかったのだ。
夢――いや違う。覚めていないのは、アイカが私にもたらした「悪夢」からだ。
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