03.命の海の夢

 不思議な夢を見た。海の夢だった。


 俺はどこまでも続く桟橋に立っていた。辺りは一面、霧だか靄だかがかかっていて空も見えないが、俺はそこが海で、桟橋が時にねじれつつ、時に分かれつつ、どこまでも続いているのがわかった。


 どうしようもないので俺は歩く。歩き続けて、もしかすると一度通った場所かもしれない場所でも、進むしかなかった。しかし桟橋にはやっぱり終わりがなく、岸も見えない。


 ついに立ち止まると、無性に泣きたくなってきた。

 俺は一体いつまで歩き続ければいいのだ?


 そう思ったところに、手が伸びてくる。海の中から、長い爪のある白い右手が。

 俺の足首を掴む。そのまま恐ろしいほどの力で引っ張る。


 気付いた時には、俺は海に落ちていた。海は優しく俺を受け入れる。海水は温かく、泡が肌を撫でていく。

 誰かが笑っているのが聞こえた。海の青色に、何かが輝いているのが見えた。


 あの鱗だ。


 俺が最初に見た夢は、そこで終わった。


 胡散臭い鱗を預かってしまった上に、揺れ続ける列車で寝たのだから、妙な夢を見てしまったんだと思う。


 ところが列車を降りた後も、その夢は続いた。


 海の中は、美しかった。

 まるで星のような小魚の群れ。巨大な甲羅を背負っているものの優雅に泳ぐ亀。踊る海藻に、海の中でも色鮮やかな珊瑚。


 岩の隙間からこちらを見るウツボの輝く瞳。動いていないようでゆっくりと進んでいるヒトデやウニ。砂の中では貝が微睡んでいる。遥か遠くではクジラの影が見える。


 タコは寡黙に岩に擬態していて、ヤドカリは新しい家を探している。イカが自慢げに海上へ跳び上がれば、イルカは悠々とそれを超えるジャンプを見せつける。お喋りをしながら進むマンタの群れが、まるで曇り空を作るかのように海中に影を作った。その影に驚いたエビが引っ込んだ一方で、ナマコは文句を言いながら砂を食べていた。


 海の中は静かでも賑やかで、奇妙な姿の魚や、もはや魚なのかもわからない生物もいるものの、それすらも芸術の一つだった。大きな鮫が、小さな魚を襲っている。ついにその牙に捕まり海に血が流れるものの、その力強さも、美しかった。


 命に溢れた場所だった。


 俺はサンゴ礁の上を泳ぐ。クラゲの合間を縫うように漂う。巨大な海藻の森を彷徨う。

 息はしていなかった。けれども苦しくはなかった。俺は必要としていなかった。


 そして、進む先に、あの鱗の輝きを見る。

 美しい尾鰭が、輝きの残像を残しながらも先へ先へ泳いでいく。それは少女のように見えた。黒い髪に、白い肌の少女。


 人魚だ。あの鱗の人魚。

 笑っている。悪戯好きそうな笑い声が聞こえる。


 人魚を追っていると、いつの間にか、俺の周りには何もなくなっていた。生き物の姿も何もない。


 先にあったのは、深くまで続く穴だった。闇に満ちて何があるのかは見えない。

 どこまでも続いているように見えた。沈んでしまったのなら一体どうなるかわからない。


 けれども。

 ここが俺の向かう先だという気がした。


 海は命の生まれる場所。

 そして命の還る場所。


 闇の中に、友や家族が見えた気がして、俺はゆっくり泳ぎ進んでいく。


 ところで、あの人魚は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。


 ――そう思ったところで、夢はいつも終わるのだった。

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