意見交換は午前のお茶で
結婚準備の合間を縫っては高位貴族の集まりに顔を出し、味方を作る。そんな多忙な毎日を過ごす二人の作戦会議の場は決まって午前のお茶の時間だった。
お国柄、この地域では生産出来ない茶葉を比較的容易に入手でき、早くから喫茶文化が一般に広まっていたこの国では、朝の仕事が落ち着いた頃に一度お茶とほんの2,3枚のビスケットなどをいただくのが定番となっている。
これは朝早くから仕事に励む庶民はもちろん、もともとそのほとんどが旅の商人から身を立てた商家であり、勤勉を良し、とすることから朝早く行動することが多い貴族たちもまた同じだ。リリーはもちろんベルンにいた頃はそんな習慣はなかったが、もとから詰め込み教育で割と忙しい日々を送っていたし、こちらの生活リズムには比較的早く慣れた。そして社交の場とされる午後のお茶とは違い、あくまでプライベートの場とされ、格式張らない午前のお茶の楽しみもまた、覚えたのだった。
今日のお茶会の場はリリーの私室のテラス。王子とのお茶の場所はその日のスケジュールによって変わったが、王子の執務室からは離れているものの、ごく限られたものしかそもそも棟に入れないこの部屋は二人きりのお茶会に最適だ、ということでしばしば選ばれていた。
「味方作りは順調なようだね、流石は『ベルンの至宝』頼もしい限りだ」
「もうっ、からかってはいやですわ。でも思っていたよりも皆さん味方を買って出てくださってありがたいですわ。」
「特に姫様と同世代のご令嬢達が物心がついた頃には、すでにトレシアでは魔法は一般的ではなかったからね。彼女達は魔法への憧れも強いはずだよ。」
そう言うと王子は優雅な仕草でお茶を含む。そしてカップを置くと、今度は後ろに控えていたアンドリューに合図して、なにやら手帳を受け取った。
「今日はルーデンベルク卿と会談の予定があるね。確か一昨日の茶会でご令嬢とお話したんだっけ。」
「えぇそうですわ、かなり熱心にこちらの魔法を見てくださいましたし、それをきっかけに色々とお話出来て楽しかったですわ。この日はお花を使ったのでこちらの花言葉を教えてくださったりして」
「かなり高位の貴族なのだけど、そう思わせない親しみやすさのある令嬢だね。同世代の令嬢たちからも慕われている。じゃあ、あとで卿には婚約者が令嬢と仲良くさせていただいている、と伝えておこう。」
「ありがとうございます。あと、こちらが今日の午後のジェントリー家のガーデンパーティーの出席者リストですわ。特にこちらに引き入れたいのは、メアリーさんとレミリアさんかしら?」
「そうだね、メアリー嬢は外務大臣をしているレッフェル卿の、レミリア嬢は軍の近衛部門の重要人物のスウェル大佐のご令嬢だ。どちらもこちら側にいてくれると心強い人物だね。」
「分かりましたわ。それからこのアンナ嬢ですが、前のお茶会の後、何やら熱心に魔法の痕跡を調べていらっしゃましたわ。ただの好奇心なら良いのですけど」
「クレア嬢はロンベル家の長女だね。水運業をしてて海外との付き合いも多いし、要注意かもしれない。王家に味方しても、しなくてもそれぞれに利があるからね。ロンベル卿ならちょうど明日の議会で合うからそれとなく探りを入れておこう。姫はとりあえず敵か味方がわからない、っていうスタンスでいてくれる?」
「えぇ、分かりましたわ。」
こうして二人が会ってきた人物、これから合う人物を共有し、得た情報を報告しあう。女性の社交場と男性の社交場では話す内容も違うし、それぞれの視点だからこそ気付くこともある。
あれこれと報告していると時間がすぐに過ぎてしまう。王子はふと、懐の懐中時計に目をやり、それから苦い顔をする。
「姫と話しているとすぐに時間が立ってしまうね。もっとも、せっかくプライベートで会っているのにこんな話ばかりで申し訳ないけど。」
本来なら結婚式目前ならもっと話すべきことがあるだろうに、と謝る王子に、姫はかぶりを振る。
「やらなければならないことですから仕方ありませんわ。それに私、結構楽しんでいますの。なんだかこうしていると共犯者みたいで楽しくないですか?」
「共犯者、かい?」
「そうですわ、二人でこっそり話を合わせて、そしてそれぞれの場所で味方を作って、自分たちに有利な状況を作る。ベルンではあまりこういったことには関わらなかったので余計楽しいのですわ。」
「なるほど、共犯者ね。確かに良い響きだ。もうすぐ夫婦になる二人だけが知っている秘密っていう感じだね。」
「ええ、そうですわ!」
リリーは楽しげな笑みを浮かべる。それからそういえば、と続けた。
「魔法使いの方はどうですか?こちらには協力できなくて残念なのですが。」
王子は味方作りをする一方で、企みを企てた者の正体も近衛を使って探っていた。外国人達はトレシアの商売敵とも言えるロベリア王国の者とすぐ判明したが、問題は彼らに協力している魔法使いだ。
彼らの目的はトレシアの持つ莫大な商売上の利益である以上、その目的が達成できれば結婚式を使う必要は必ずしもない。だから今回の計画を立てたのは第三の人物であり、強力な魔法使いと思われる協力者だろうと、王子達は考えていた。そしてこのわざわざ結婚式を狙うあたり、魔法使いの目的はリリーである可能性は高い。魔力の高さから考えると当然容疑者としてはリリーの二人の兄を始めベルンの要人が挙げられたのだが、
「彼らは魔法を使ってかなり巧みに身を隠しているようでね。軍の調査から彼らがやはりベルンの魔法使いだ、ということはわかったが、それが誰かも、そして協力者であるという証拠も一向に上がってこない。」
「やはりそうですか」
「こちら側の味方も増えてきたし、もういっそ式で現行犯で捕まえてしまえ、とも思っているのだけど、前回茶会で攻撃的な魔法を使った前科もあるしね。魔法で攻撃されてはトレシアはどうしようもない。」
そう言って空を見上げる王子に、リリーもため息をつく。魔王使いについてだけはなかなか打開策が見当たらないのだった。
もともとお開きの時間に近かったティータイム。そんな話をしている間にもすぐに次の予定が迫ってきた。
じゃあ、また明日も同じ時間に、と言われると思ったリリーだったが王子からは思いもよらぬ言葉がかけられた。
「ところでさっき侍女に確認したんだけど、明日の午後は珍しく予定がないんだよね。」
「えぇ、少しですが時間がありますわ」
なにかじっくりと話し合いたい作戦でもあるのかしら?そう思いながら答えるリリー。
「だったら、東塔へ言ってみないかい?もちろん結婚式の準備もフレシェンド家への対処も大事だけど、よく考えたら僕達はもうすぐ結婚するっていうのに一緒に散歩もしたことがないだろう。婚約者として一度くらいはデートするのもありかなって。まあ城内だけどね」
そんな、突然の王子の提案にリリーは目を輝かせた。こうして話すことは会っても王子の言う通りちょっとでかけたり、という時間は王子とは取れていなかった。夜会で踊ったりしたことはあるしそんな時間も好きだが、王子とその婚約者にとって夜会は「職場」の意識が強い。ただそこで少し気になることがあるリリーは王子に聞く。
「とっても素敵ですわ。でも入ってものいいものですの?あそこは確か軍の敷地内ですわよね。」
東塔は広大な宮殿の東端にある高い建物のことだ。塔とはいうもののちょっとした家くらいの広さは充分ある。ここは軍が街を監視するのに使っており、その一帯は軍が管理していると聞いていた。
「王子が入ってはいけない場所なんてほとんどないよ。リリーはまだ婚約者だから確かに多少制限されるかもしれないけど東塔は実はそんなに人の出入りを禁じていないんだ。実際のところ今はもっと高い建物も会って軍もそっちを使っているしね。」
だから安心して、という王子にリリーは微笑んで答える。
「でしたら楽しみにしておりますわ。」
リリーはそれは嬉しそうに返事をし、それぞれにこれから予定が詰まっている二人は別れる。
「共犯者ね・・・・・・、まさに私達にぴったりじゃないか」
王宮の廊下を歩きつつリリーの先程の言葉を思い出した王子はにっこりとした笑顔でそう呟いた
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