魔法の脅威

 トレシアを含めこの辺り一帯の初夏は一年で最も過ごしやすい時期だ、ロビンがリリーとの結婚をこの時期に選んだのもそれが理由だ。そして、そんな太陽の光を感じつつもそよ風が気持ち良い昼下がり、周辺諸国にも名高いサン・ローレ宮殿の庭園には趣向を凝らした装飾がなされ、そして美しくも昼間、ということで全体的に清楚なドレスに身を包んだ若い女性たちの姿が花盛りの庭園を一層華やかにしていた。


 どちらかというと高位の、それも現役世代の貴族たちとの顔合わせが続いていたリリーだったが今日この庭園で開かれたお茶会はより広い家格のそれもリリーと同世代を中心とした若い令嬢達が集められていた。もちろんトレシアの舵をとる主要貴族に顔を広めておくことは将来の王太子妃として不可欠だが、それだけでは息が詰まるだろうし、同世代との繋がりもまた大切だろう、と考えた王太子が母、つまり王妃に依頼して開催してもらったのが今日のお茶会だ。


 本日もリリーは主賓であり、主催者である王妃の次に身分が高く、そして特にやや家格の低い家の者達にとっては彼女の周りに侍ることが出来ればそれだけで家にとって大きな栄誉になる。多くの令嬢の表立っては控えめな、しかし確実に感じる視線を一身に浴びつつ、リリーはまずは今日の主催者たる妃殿下と対面していた。


「妃殿下、本日はこのような素敵な会を開いてとても感謝しております。」


 そう言って、最上位の者に対するお辞儀を取るリリー。


「あら、そんな感謝されるようなことはしていなくってよ。皆さんの交流の場を作るのは妃の役目だわ。それよりも今日のドレスは息子が作らせた、と聞いたけどよくお似合いね。」


「ありがとうございます。王太子殿下には色々と気を使っていただき、更にはこんな素敵な贈り物も頂いて感謝しきりです。」


「婚約者なのだからそのくらいはして当然よ。息子もそんなに喜んでもらえたら贈り甲斐があるでしょう。それにしてもロビンったら、その色は・・・・・迷惑じゃない?」


 そう言って苦笑する王妃はリリー姫が纏うスッキリとしたスタイルのドレスを見る。宮殿お抱えのお針子がリリーがまだベルンにいる頃から作っていたドレスの一つであるこれは、シンプルだがその分縫製の丁寧さが見え、最新の流行も取り入れたものだ。だが、その色は海のような深い青、それはロビンの瞳の色であり、差し色として使われる黄色がかった栗色の刺繍は髪の色。

 最初っからがっついたら引かれますよ、とあれほど忠告したのに、最終のデザイン画を確認しなかったことを王妃は少し後悔していた。


「いえ、迷惑だなんて。それでなくても私はよそ者ですから。王太子殿下の色をまとわせていただけるなんて名誉なことですし、円満アピールも重要ですわ。」


 そう言って軽く裾をつまんでみせるリリー。その様子は女性から見ても可愛らしいが、同時にロビン渾身の独占欲も、リリーからすれば、政治的なアピールに見えたらしい。王妃は思わず心の中で息子に「まあ、頑張れ」と呟いた。


「さて、といつまでもあなたを独占しているわけにも行かないわね。彼女達もあなたとお話したがっているわ。私は少し挨拶する方がいるからあちらへ行ってらっしゃい」


 少しお話したあたりで、そう言うと、楽しげに語らいながらカップを手にする集団を示す。王妃の言う通り今回の会の目的は若い貴族女性たちと交流を深めること。リリーは王妃の気遣いに感謝し、礼を言ってから彼女達のもとへと進んだのだった。


 リリーが王妃のもとから離れたのを合図にしたかのように会話の中心にいた一人の令嬢がこちらへ視線を投げ、そして周りの令嬢達と共にこちらへと来る。主賓に挨拶をするのは当然とも言えるが、それ以上に魔法の国、とされる隣国からここトレシアへ来て、そして王太子妃になる、という人物がどういった者か見定めようというのだろう。


 あっという間に令嬢達に囲まれたリリーはしばし彼女たちの質問攻めに会うことになる。いくらそれなりに社交慣れしている彼女でも疲れ始めた頃に、リリーを救ったのは予期せぬ訪問者の来訪だった。


 それまでリリーを囲んでいた令嬢達がその姿を認めた瞬間、急に不自然な程の静寂が庭を包み、そして人々が一斉に腰を低くし、礼を取る。お茶会に現れたのは王太子ロビン。予定外の訪問に出席者たちから徐々にざわめきが広まり始めた。


 少し特異な空気も介せず、まず王妃の元へいき挨拶した後は、真っ直ぐにリリーの元へ向かう王子。そして周りと同じく深い礼を取るリリーを立たせるとなにか声をかける。そして今度は出席者たちに対しても歓談を続けるように声をかけてから、リリーを令嬢たちの輪から連れ出した。


「まさかいらっしゃるとは思いませんでしたから驚きましたわ、殿下」


「それは済まないことをしたね。彼女たちにも悪いかな、とは思ったのだが、少し時間が空いたから君の顔が見たくなってね。それに、未来の王太子夫妻の中が良好だ、ということを知らせるにはこういった女性が多い場はもってこいだからね。」


 突然、この場に現れたのにはそういった思惑もあったらしい。やや彼女を自分の方に引き寄せてエスコートしつつ、彼女のドレスを見た王子は話を続けた


「自分で言うのは照れくさいけど、今日のドレスもよく似合っているね。姫の清楚さをよく引き立てている。それに私の色をまとってくれているのもすごく嬉しいよ。」


「お褒めいただきありがとうございます。それにこんな素敵なドレスをいただきとても感謝しております。来たばかりでここまで色々していただいて、嬉しいですけど申し訳ないくらいですわ。」


「私が好きでしているんだから気にしなくて良いよ。それに姫からも色々頂いている。お礼が遅くなってしまったけど、昨日は手紙とそれから花をありがとう。本当に不思議な花だね。先程見たらまだ、昨日と全く変わらない美しさだったよ。」


「そんな、ほんのちょっとしたものですわ。魔法もかかっていないようなものですし。でもこの国へ来てからの感謝を伝えたかったので良かったですわ。」


 その言葉に本当に一瞬固まるロビンだが、リリーにバレないうちに持ち直し、穏やかな笑みを作るとまたゆっくりと話しながら庭を歩く。執務の合間に来たらしいロビンはそう長居もできない。ロビンがいなくなったら先程以上の質問攻めに会うだろうことは予想されるね、と彼は少し申し訳なさげにしたが、自分たちのイメージのためにも少し頑張って欲しい、とリリーにお願いし、せめてこちらに自分がいる間は、リリーを連れて会場を周り、彼女の盾となるつもりのようだ。


 実際、王子が一緒にも関わらずそこまで不躾な質問をする者はいない。会話の負担が少し減り余裕画出来たリリーは庭を見渡す。洗練された庭を眺めると心も安らぐのだが、そこでふ、となにか違和感を感じた


 昔は馴染んでいたのに最近はそういえばあまり感じない違和感、あまり考えを巡らせるまでもなくたどり着いたその答えにリリーは焦りを覚える。 


「誰かの・・・・・・魔法だわ」


 とはいえ、ここはほとんど魔法が存在しないトレシア王国。魔力が殆ど無い彼女でも気付ける程大きな魔力は早々あるはずもない。悪い企みとは限らないが、とにかく誰が魔力を使っているのか、こういったことが得意なクレアに探らせなくては、まずは自身をエスコートするロビンに声をかけようとした瞬間、急に彼女が感じる魔力が大きくなった。


 まずいわ、と思う暇もなく突然不自然な程の突風が庭を翔ける、その風は出席者が休めるように、と簡単に作られた東屋を意思を持っているかのように直撃する。


 つるを巻き付けた木と布を用い、庭に溶け込むよう飾り付けられた、即席の東屋はこの季節にはまずありえない風にあっという間に崩れる。その下にはちょうどお茶の用意をしようとしていた侍女がいた。


「巻き込まれるわ」


 あちこちから悲鳴が上がる中、彼女もそう声を上げながら、とっさにドレスの隠しに一応、と持ってきていた魔石の箱に手をかける。留め金を片手で開け転がり出る石をギュッと握ると、目をつぶる。すると今にも侍女を巻きこんで瓦解しようとしていた東屋がほのかに光り、まるで芝居のように一瞬固まる、そしてまた直ぐに大きな音を立てて崩れた。


 突然の風と轟音に慌てて東屋から飛び出でようとした侍女は崩れた東屋の直撃は避けたものの、完璧に避けることも出来なかったらしい、崩れた木や布に足元が埋もれているのを慌てて別の侍女が助けに行く。


 一方護衛に配置されていた軍人たちは何が起きたかは理解できていないようだが、それは別として何らかの異常が起きたことは確実であり、慌ててさらなる異変に備えて警戒する。


 こんなことが起きてはもちろんお茶会は続けられない。騎士たちが周囲を警戒しつつ、出席者を一旦宮殿へと避難させる。リリーも騎士や侍女たちに伴われて宮殿へと戻る。一旦そのまま私室へ戻った彼女だったが、どうやってそこまで戻ったのかわからなかった。

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