シンデレラ・スパイラル
泪泪
出会い
昼下がりのカフェ。
わたしの真正面の席に座るのは大好きな彼。
いつもはすぐに触れたくなっちゃう、愛おしい焦げ茶の髪の先からこぼれる水滴。
今はただ、呆然と眺めることしかできなかった。
今日は付き合って半年の記念日。
二週間近く悩みに悩んだコーディネートに、いつもより一時間早く起きてばっちり決めたメイクや髪型。
それでも全然時間が足りなくて、少し不安な気持ちで向かった待ち合わせ場所。
いつも先に待っていてくれて、私を見た瞬間「今日も世界一可愛い」なんて言ってくれるのは、世界一格好良い自慢の彼氏、隼人くん。
いつも通りの待ち合わせをして、思い出の水族館に行って、私のお気に入りのカフェでお茶して、ショッピングでお揃いのものなんか買ったりして、隼人くんが予約してくれたお店でディナー…なんて、最高に私達らしいデートプラン。
予定通り、上手くいくはずだったのに。
「マジ信じられない。最悪。お前何してるの?ねえ」
何とか言ってみろよ、と彼を睨み付けているのは、突然現れた見知らぬ女性。
その斜め前に座る彼は怯えた小動物のようにがたがたと震えている。
いきなり女性にコップの水をかけられて寒いのか、暴言を吐かれて萎縮しているのか、それとも何かやましい秘密事が白日のもとに晒されるのが怖いのか。
もしかして、これが噂でよく聞く”修羅場”っていうやつ?
そう気が付くのに時間はかからなかった。
「美羽、とりあえず落ち着こ?」
「お前のせいでこうなってんだけど」
隼人くんの弱々しい声は、美羽と呼ばれた女性の放った冷たい言葉にかき消されてしまった。
美羽はまるで何も聞こえなかったかのように淡々と咎め続ける。
ーーというか、この子は呼び捨てなんだ。
私のことはちゃん付けなのにな。
「白昼堂々と浮気なんて、あたしのこと舐めてるでしょ。バレないとでも思った?」
「…すみません。」
「男4人で集まる?サッカー観戦?全部嘘。実際は大して垢抜けてもない女とデート。何?隼人って本当はこんなのがタイプだったの?」
そう吐き捨てると、美羽はこちらを一瞥して見下すように鼻で笑った。
腹の奥から憎悪の感情が沸き起こる。
「ちょっと、何なんですか。」
「は?黙っててくれる?」
上ずってしまった声を、またもや冷たい言葉がかき消す。
小刻みに震える手でぎゅう、とロングスカートを掴み、負けるものかと美羽の方を向く。
派手なミニスカートから覗く細い足、甘ったるい香水のにおい、精巧に作り込まれたメイク…図々しくも隣に座ってきた美羽の出で立ちは全てが煌びやかで美しく、また、どことなく夜の雰囲気を感じさせるものだった。
そう、負けるものか。
あなたは結局、せっかくのデートをぶち壊した招かれざる客なのだから。
「黙りません。いきなり現れて隼人くんには恥をかかせて、私のことも侮辱して。全部がめちゃくちゃです。私達のデートを返してください。そもそもあなたは誰なんですか。いったい、隼人くんの何なんですか?」
言い切るや否や、美羽は堪えきれないように大きな声を上げて笑い出す。
どうして笑っているか分からなくてきょとんとしていると、馴れ馴れしく肩に手を置かれて、また頭の中がかき乱される。
ーー意味が分からない。
「何が面白いんですか」
「アハハ、ごめんごめん。この状況で何にも分かってないんだって、おかしくて。お育ちが良いのは結構なことだけど、もう少し色々な経験をした方が良いかもね、なんてこれも侮辱になるか。フフッ」
「……はぁ」
「何にも知らなかったのなら仕方ないか、教えてあげる。はっきり言うと二股。あなたが隼人のこと考えてる間、隼人はあたしと会ってあたしの部屋で色んなことしてたってこと。あたしだけを愛してるって、言ってくれてたのになぁ」
美羽は自嘲気味に笑う。
「あーあ、そう考えると本っ当にキモい。キモくない?許せないんだけど」
「…許せないです」
顔を上げて、隼人くんの様子を確認する。
空の花瓶に刺さったお花みたいに元気をなくして、しおれているように見えた。
さっきまであんなに元気だったのに、さっきまであんなに愛おしかったのに。
どれほど枯れても、もう水をあげたいとは思わない。
「…前から気になってたんだけど、隼人くんってーー」
*
「もう、まじウケるんだけど!」
嘘つき男・隼人の糾弾のためその場で手を組んだ女二人は、目的を達成しすっかり仲良くなっていた。
「出て行く時のあの男の顔見た?泣いて謝るくらいなら二股なんてするなって感じ!あー面白い」
「あれは笑っちゃいました。全部自分のせいなのに」
涙を流して笑う美羽のことは、もう敵だとも怖いとも思わない。
むしろ屈託のない笑顔が可愛らしいと思う。
「ていうか、すみれちゃんだったっけ?全然タメ口にしていいのに。25歳なら同い年だし。」
「いや、悪いですよ!それに、急にタメ口で話したりとか出来ないです。なんか難しいというか…」
「えー、真面目!最初会った時も感じたもん、あたしと正反対だって。ていうか、あの男にすごい勢いでキレてるところを見るまで、絶対に仲良くなれないタイプだろうなって思ってた!」
「ちょっと、やめて下さい!それを言うなら美羽ちゃんの理詰めだって凄かったじゃないですか。普通、あの場であんなに冷静になれないですって」
「だってあたしは割と慣れてるもん、ああいうの」
そう言った瞬間、美羽のスマホのバイブが鳴った。
通知を見て顔をしかめているのが、少し気になってしまう。
「…大丈夫ですか?」
「…あー、うん。これから仕事あるの忘れてただけ。じゃあ、あたし行かなきゃ」
「そっか…」
結局美羽とは連絡先を交換して、その日はすぐにお開きになった。
あの男から来ていた長文は読まずに削除した。
カメラロールに沢山並んだ思い出を眺めながら、ふと考える。
次の恋愛は、どうなるんだろう。
ーーどちらにしても、今日は部屋を暗くして一人で泣きたい。
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