第95話、感謝(愛情)

「父上、母上、婆上、ただいま帰りました!」

「お帰りナーラ」

「お帰りなさいナーラちゃん」


 領地に辿り着いた賢者が真っ先にした事は、当然ながら父と母へと祖母の帰還の挨拶。

 子供らしく荷車から降りると、三人の下へとかけて抱きついた。

 中身がジジイの身としては若干恥ずかしくは在るが、両親や祖母が喜ぶので仕方ない。


 等と自分を誤魔化してはいるが、本気で出迎えてくれる家族を嬉しく思っているのも確か。

 両親にすり寄る様に抱きつき、両親も嬉しそうに賢者を抱きしめる。

 祖母はそんな親子を一歩引いた位置で、優しい笑みをたたえながら見つめていた。


「無事に帰って来てくれてありがとう、ナーラ」

「ええ、本当に、本当に無事で良かったわ。ありがとう、ナーラちゃん」


 両親は賢者が無事である事に感謝を告げ、その声が震えている事に気が付いた。

 けれど賢者はそれを指摘せず、むしろ自分も泣きそうになっている事に気が付く。


 こんなにも心配をしてくれていた。こんなにも愛してくれている。

 二人とて自分がどれだけの魔法使いなのか、頭では理解しているのだろう。

 それでも愛する娘を戦場に送り出すのは、それこそ断腸の想いだった。


「父上、母上・・・!」


 そんな二人の想いを感じ取れた賢者は、子供らしく泣いて喜んでしまった。

 胸の内から溢れる感情が、いつもの理性を取り去ってしまう。

 賢者ではなく『ナーラ』という女児として、無事帰ってこれた事を喜んで。


 護衛達も使用人も、そして祖父とザリィも、優しい顔でその様子を見守っていた。


 そうして感動の帰還をする事暫く、ようやく落ち着いた所で家へと入る。

 泣き止んだ賢者は先程の自分が若干恥ずかしく、照れくさそうな様子になっていた。

 とはいえ嬉しそうに自分を抱える父や、優し気に見つめる母に何か言えるはずもない。


 むしろ心の何処かでは嬉しいと、愛されている子供である自分が幸せだと感じている。


(何じゃろうなぁ。ボケたら幼児退行する奴も居ると聞いておるが、儂もしかしたらその口じゃったのかもしれんなぁ。ちょいと恥ずかしくとも嫌な訳じゃないのが困りものじゃわい)


 わざと子供らしいふりをする事は在る。その方が良いと思った事もある。

 けれど無意識に子供らしい行動をする事がある自分は、一体どうなっているのだろう。

 何て疑問も今更な話で、儂実際子供じゃからしょうがない、などと何度も開き直っているが。


(まあ今の儂幼女じゃし。良かろう)


 今回もこの通りである。開き直って父に抱き着く熊耳幼女であった。

 そんな賢者へ笑顔を向けていた父は、途中で祖父へと鋭い目を向けた。


「ところで父上、帰還が予定より少々遅かった事ですが、何か問題が?」

「うむ? いや、問題は特には無かった。少なくともお前が心配するような事は無い。もし問題が有って遅くなったのであれば、帰還前に連絡を入れている」

「そうですか。ではなぜ?」

「なに、ナーラちゃんに教えを請いたいという者が居てな。人の良いナーラちゃんはそれに応えている内に、気が付けば少々帰還のが伸びてしまったという訳だ」


 賢者はそんな会話を聞いて、やってしもうたと今更な後悔をし始めていた。

 両親が心配している事は、少し考えればすぐに想像がつく事だ。

 ただでさえ見送りの時も心配していたのだから、帰りが遅ければ余計に不安だろう。


「す、すみません、父上、母上・・・」


 しょぼんとしながら両親へ謝罪をする賢者だったが、二人はそんな賢者に苦笑を見せる。


「謝る必要は無いよ。ナーラ、君は私達の娘だが、その前に貴族で精霊術師だ。そして今は精霊術師筆頭という立場もある。なら君がやらなければいけない仕事もあっただろう。私達は心配を盾に責めるつもりなんて無いし、可愛い娘が無事に帰って来たらそれでいいさ」

「そうよナーラちゃん。叱られる事なんて何もないわ。貴女が無事であればそれで良いの。無事でありがとうって言ったでしょ。私達はそれだけで嬉しいのよ」

「父上・・・母上・・・ありがとうございます・・・!」


 余りにも優しい両親の言葉に、泣き止んだはずに賢者の瞳にまた涙が溜まる。

 そして心が突き動かすままに抱き着き、自分こそが感謝していると告げる。

 こんな両親を持てて幸せだと。そして二人の事が誇らしいと。


「それでも連絡を怠った父上は許しませんが」

「うぇ!? 何故じゃ!? 今回は仕方なかろう!?」

「帰還予定の連絡は入れていたのに、遅れる連絡を入れられなかった理由がおありで?」

「あ、いや、それは・・・面倒、じゃなー、なんて・・・」


 でかい図体を小さくしながら、胸元指を合わせて目を逸らす祖父。

 そんな祖父に父は冷たい目を、母は若干の苦笑を、祖母は笑顔だけれど何故か怖い。


「あなた、こちらに」

「ま、待つんじゃ、儂も遊んでいた訳じゃなくてじゃな!」

「ええ、解っておりますわ。だからこそ、連絡は必要ですわよね?」

「ま、待って、待ってくれ、た、助けてナーラちゃー----ん!!」


 祖父は賢者に助けを求めるも、父に抱きかかえられた賢者には何も出来ない。

 そのまま祖母に肩を掴まれ、ずるずると引きずられていった。

 あの体を引きずる祖母も凄いなー、などと明後日に思考が飛ぶ賢者である。


「さ、お爺ちゃんへの説教は御婆ちゃんに任せて、私達はのんびりしようか、ナーラ」

「そうね。家族でのんびりお茶にでもしましょう。お婆様もすぐに戻って来るでしょうし」


 本当に放置して良いのかなーと思いつつも、あの光景とて割といつもの事である。


「はい、参りましょう、父上、母上」


 サクっと祖父を見捨てた賢者は、両親と優しい時間を暫く過ごすのだった。

 なお暫くして祖母と共に居間にやって来た悲し気な祖父は、一回り小さく見えた。


「すんすん・・・ナーラちゃんが助けてくれんかった・・・」

「爺上・・・」


 暫く祖父のご機嫌を取ったのは言うまでもないだろう。


ー------------------------------------------


ナーラちゃん描きました。ラフだけど。

https://kakuyomu.jp/users/yotume/news/16817139554853618653

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る