第93話、光明(微か)

「づっがれだ・・・」


 訓練場の端で昨日と同じく、むしろ昨日よりもぐでーんと伸びて転がる賢者。

 何故こうなっているのかと言えば、当然二人分の手合わせを終えたからだ。

 しかもかなり必死になっていたので、疲れは相当のものになっている。


「いやはや勉強になりました筆頭殿」

「ええ、とても。やっぱりナーラ様は凄いですわ」

「役に立ったなら何よりじゃよ・・・」


 ただし相手の二人は余裕綽々といった様子で、賢者だけが疲れ切っている。


(交互に何回もとか聞いておらんかったぞ!)


 賢者は今回の手合わせに関して、正面からまともに勝負すると勝ち目がないと思っていた。

 事実老人にはほぼ間違いなく勝てず、メリネ相手でもかなり怪しい所がある。

 というか土の結界を突破出来ないなと素直に判断していた。


 だが自分は筆頭精霊術師。そして一応『強い』と思われておかねばならない。

 となればどうにかして誤魔化す必要があり、その結果制限付きの勝負を提案した。


『普通に勝負をしたのでは意味が無い。なのでここは魔力量を制限して、お主達の勝負と同じく一撃当てたら勝ちという形にせぬか。ただし儂は攻撃せん。時間制限以内に儂に一撃でも当てられたらお主らの勝ちじゃ。魔力量はそうじゃな・・・常にこのぐらいの量を維持せよ』


 そう言って賢者は幾つもの土の塊を浮かべ、全ての魔法に均一な魔力を込めて見せる。

 ほぼ誤差無しの魔法を複数浮かべるその光景に、精霊術師の二人は目を輝かせた。

 何て綺麗な制御なのかと。これが筆頭の技量なのかと。


 そんな訳で賢者の策にはまった二人は、喜んで賢者の提案に乗った。

 尚この時の魔法は全力ではなく、かなり魔力を抑えめにしている。

 二人が魔力量を上げた際に対応できる様、万が一に備えて余裕を持たせていた。


(よっし、これで何とかなるじゃろ!)


 と満足げな笑みを見せていた賢者だが、その結果がこれである。

 一応賢者は一度も制限時間内に当てられる事なく勝利した。

 だがその結果二人に更に火がついてしまい、もう一戦とねだられる。


 だが次も、その次も、魔力の制御という一点では賢者がそう簡単に負けるはずもない。

 結果賢者が完全に疲れ切るまで続き、現在の状況になったという訳だ。


(全く、ムキになりおって。まあ儂も良い訓練にはなったがの。熊は少々儂に気を使い過ぎる所があるからのう? 多少の怪我ぐらいは仕方なかろうに)

『グォウ・・・』

(拗ねるな拗ねるな。解っとるよ、お主の優しさは)

『グォン!』


 どれだけの魔法を放たれようと相殺し、相手が魔力量をブレさせた場合は即座に合わせる。

 更には最後の方は二人がかりで賢者に挑み、それでも賢者は対処して見せた。

 熊相手の訓練も行ってはいたが、熊はどうにも賢者を気遣ってしまう。


 故に『当てない』熊との訓練よりも『当てに来る』二人との訓練は賢者の糧になっていた。


(制御に関しては問題ないが、どうにも反応が遅い気がする。儂の反射神経の問題じゃな。以前熊が助けてくれなければ不味い時もあったが、やはりあれは油断以外にも理由があったか)


 賢者が二人との鍛錬で解った事は、自分の反射の鈍さだ。

 以前から薄々本人も理解していたが、幼い身なせいか上手く動けない時がある。

 疲れが溜まっていくとそれが顕著になり、最後の方は必死になって対応していた。


(ローラルとの時とは感覚が大分違ったが・・・あの時は背中に死を感じておったからの)


 しにものぐるい。その言葉が相応しい程に、昨日は必死になって対応していた。

 それに比べれば今日の『必死』はそこまででは無いのかもしれない。

 何せ途中で『もう疲れた! 終わりじゃ終わり!』と本人が告げたのだから。


 青年と戦った時程の集中力は、命の危機を感じていない今は発揮出来なかったらしい。


(つまり気が抜けとる普段の生活が一番危険という事じゃな・・・)

『グォン!』

(いや、普通の相手なら良いが、ローラルが襲って来たら対処できんじゃろう?)

『グォ・・・』


 熊は『その時は任せて』と鳴くも、賢者の頭に在るのは熊が対応できない相手だ。

 暗殺者相手が一番の問題。結局の所ローラルが一番の天敵という事になるのだろう。

 熊に頼れず、自力で戦うしかなく、けれど本気で潜まれたら気が付けない。


(常に魔法を展開しておく訳にもいかんしのう・・・うーむ)


 先日の水の魔法は、大きな水球に意識を向けさせたからこそ上手く行った。

 けれど日常的に魔力を垂れ流していれば、確実に警戒心を持たれるだろう。

 となれば余計に相手が万全の手を打つ可能性が高く、危険度が上がるとも考えられる。


 一番良いのは此方は気が付いているが、あちらは気が付いていないという状況だ。

 そういう意味では一方的に有利を押し付けられるローラルは恐怖でしかない。

 その事実を改めて実感したせいか、青年の笑顔を想像してゾクリと背筋が冷えた。


(ままならんのう)

『グォン』

(お主が悪い訳ではないじゃろう。すべて儂の未熟故じゃ)


 まだまだ未熟。そう、まだ自分は未熟だ。この身はまだまだ幼児。

 ならば鍛え続ければ先が有ろう、と思わねばやってられない。


(じゃが、一つだけ正解を見つけたがの。儂が格上に素の力で勝つ方法は一つじゃ。物量で押すしかない。今の儂に出来る最大の武器は、大量の魔力と生前に鍛え上げた制御能力か)


 制限をして魔法を使わせた形ではあったが、その結果二人の隙が幾つも見えた。

 このタイミングで打てば当たる。おそらく躱す事も防ぐ事も出来ない。

 そんな瞬間が何度もあり、この二人相手にその隙が見えるならば勝機がある。


 青年が相手の時はそれ所ではなかったが、相手が普通の魔法使いならば。


(ま、最大火力でいきなりやられたら・・・いや、行けなくはないか? 休んだ後で少々試してみるかのう。いや、これは山の中でが良いか。儂の切り札になるやもしれん)


 かすかな光。本当に上手く行くかは解らない、微かな勝機。

 それを掴みかけた感触を、けれど今確かめる事は止めておいた。

 何処に国王の目が在るか解らない。出来れば奴には隠しておきたいと。


「お嬢様、お水をお持ち致しました」

「おお、すまんなザリィ」


 そう結論に至った所で丁度よく侍女が水を差しだし、ごくごくと飲み干す。

 それでもまだ足りぬとお代わりを飲み、ふぅと息を吐いた所で瞼が落ち始めた。


「あ、いかん、これは・・・」


 昨日と同じ事になる、と思った賢者は抵抗して目を開けようとし――――――。






「うむ、なーんも抵抗できとらんな!」


 目を開くとベッドの上だった。また本日もほぼ訓練で潰れた賢者であった。

 因みにローラルは夕食の誘いも断って、翌日本気で謝りに来たので許した。

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