第61話、合流(半数)

「ああ、ナーラ様、ナーラ様ですわ! このぷにぷにほっぺは相変わらず人を魅了するいけないほっぺですわ! お可愛らしいというかその可愛らしさは最早犯罪ですわね!」

「・・・変わりない様で何よりじゃの、メリネ」


 賢者が暇を持て余した行軍からまた数日後、合流予定の場所でメリネが待っていた。

 当然挨拶として賢者と青年、そして賢者の祖父も彼女の下へと向かう。

 勿論メリネとて待ち構えているはずがなく、むしろナーラの存在を察知して飛んできた。


「メリネ嬢、元気そうだね」

「ごきげんよう王太子殿下。殿下もご健勝のようで何よりです」


 王太子殿下を放置してナーラに構っていたが、流石に挨拶をされては返さざるを得ない。

 と言うか本来なら彼女から挨拶をするべきなのだが、本人は特に気にした様子も無い。

 むしろ何故賢者との時間を邪魔をしたのか、と言わんばかりの表情を浮かべている。


 ただ青年の横に立つ人物に目が行くと、ニコッと柔らかい笑顔でほほ笑んだ。

 ほほ笑まれた相手は賢者の祖父であり、同じように優しい笑みを返した。


「お久しぶりです。お元気そうですね」

「ナーラちゃんが成人するまでは元気で居るつもりじゃからな。そちらも元気そうで何よりじゃ。いや、今の儂は当主でも何でもないのじゃし、この口の利き方は失礼か。申し訳ない」

「お気になさらず。人生の大先輩に気を使われてもこちらが困ってしまいますわ」

「そう言ってくれると助かる。此度はよろしく頼む」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いしますわ」


 穏やかな、それこそ貴族らしい立ち振る舞いで会話する様子に、賢者は目を見開く。

 それはメリネだけの事ではなく、祖父もこんな風に振舞えたのかと。

 何せ普段の祖父は結構雑な所が多く、余り貴族らしい感じがしないので。


「メリネは爺上と知り合いじゃったのか?」

「ええ、何度か。大体は戦場ですけども。ギリグ家は余り夜会に出席されませんし、開催する事もありませんから。王家主催の夜会ぐらいでしか顔を合わせる事はありませんね。それも大体奥様と踊りになった後は娘さんと踊るか、端に寄って何か食べてらっしゃいますけど」

「儂は嫁と娘と孫意外とは踊る気は無いのでな」

「ふふっ、変わりませんね」


 何とも祖父らしい話だなと思うと同時に、祖父が踊れたという事実に少し驚く賢者。

 だが祖父とて先代ギリグ家当主だった身であり、それぐらいの教養は身に着けている。

 単純に賢者が侮り過ぎなだけだ。孫の前でそういった姿を見せないのも原因とも言えるが。


 何せ祖父は父か祖母に叱られているか、母にあらあらと苦笑されてる事が多いので。


「爺上、ちゃんと貴族してたんじゃな・・・」

「ナーラちゃん酷い! 儂の事なんじゃと思っとるんじゃ!?」

「愉快な祖父と思っとった」

「それは・・・うーん、良いのか悪いのか悩むところじゃのう」


 祖父としては孫に嫌われてない事にホッとするものの、若干納得がいかない所もある様だ。


「ナーラ嬢、すまない、少々挨拶が遅れた」

「お、リザーロ。気にするでない。連絡は貰っておったしの」

「そう言ってくれると助かる。殿下もご機嫌麗しゅう」

「うん」


 そこにリザーロも挨拶に現れ、青年は彼の言葉に頷いて応える。

 此方も挨拶は賢者が先だったが、立場的にはそれで正しい。

 そう青年も思っているからこそ特に文句は無い。メリネの様に無視するなら別だが。


「ブライズとグリリルは居らんのじゃよな?」

「ヒューコン卿はグリリル嬢と共に先行している。予定通りに進んでいれば先に陣を敷く準備をしているはずだ。流石に宣戦布告の文言を破るとは思えないが、今回あちらは頭に血が上っているからな。あの老人なら合流まで持ちこたえる事は出来るだろう」

「キャライラスは?」

「連絡通りなら戦場の手前で合流するはずだ」

「まあ、サボりでなければ構わんか」

「そんな馬鹿であれば扱いが楽なのだがな。確実に来るだろう」


 相変わらず嫌いなのだなと、賢者は苦笑で返してしまう。

 賢者の存在により少女は少し大人しくなったが、その本質は変わらない。

 それが解っている以上は、今大人しいからといって好意的にはなれないのだろう。


「戦場で喧嘩は勘弁しとくれよ?」

「そんな馬鹿な事はしない」


 思わずそんな事を言ってしまった賢者だが、実に気真面目に返答するリザーロ。

 こういう所があの小娘とは絶対的に合わないのだろうなと、やっぱり苦笑を漏らしてしまう。

 その後リザーロも賢者の祖父と挨拶をし、けれどこちらは事務的な挨拶だけだった。


 お互いやる事をやればいい。むしろ祖父はあまり会話したくない様子に見える。

 ただリザーロは気にした風もなく、挨拶を終えると自陣へ帰っていった。

 もしや祖父とリザーロに軋轢があるのかと、少々危機感を感じる賢者。


「爺上はリザーロに何か思う所でも有るのかの?」

「いや、そういう訳ではないんじゃが・・・余計な事言うと怒られそうな気配が有るじゃろ、彼。話してると嫁や息子に叱られてる時の気分になるんじゃよ・・・」

「爺上・・・」


 だが思った以上に下らない理由だったので、肩の力が抜けるどころか脱力した。

 まあ言ってる事は解らなくない。とりあえず問題が無いなら良いかと納得する事に。


「・・・あと少しで戦場か・・・さて、どう出てくるつもりかの」


 微かに感じる魔力の気配。それは単純に偵察か、それとも暗殺を諦めていないのか。

 どちらにせよあと数日でけりが付く。戦争を長引かせて疲弊させる気も無い。

 もし戦場のどさくさで暗殺を狙っているのであれば、それごとぶち破ってやろう。


(熊がな!)

『グォン!』


 自力じゃどうしようもない事に、最早やけくそに開き直っている賢者である。


「・・・ところでそろそろ自陣に帰らんで良いのかメリネよ」

「もうちょっと、もうちょっとだけ・・・!」

「・・・リザーロに叱られるぞ」


 尚ここまでずっと、メリネは賢者を抱えてほおずりしていた。

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