第48話、実力(他力)

 お披露目のパレードをするという周知と、その為の準備が整った。

 そう連絡が入った翌日、早速朝から侍女に着飾られる賢者。

 抵抗する理由も無いのでしっかりと磨かれ、そこには可愛い熊耳女児が出来上がる。


「うむ、今日も儂は可愛いな」

『グォン!』


 熊の同意も得た賢者は機嫌よく出発し、案内に来た兵士と共に部屋を出る。

 今回は侍女と自領の護衛も共に連れて行き、そして到着した場で驚くものを見た。


「まーた仰々しい物が出来上がっとるのう・・・」


 パレード用に組み上げられた土台を見上げ、感心半分呆れ半分な気分で呟く賢者。

 そこには精霊術師が全員揃っており、皆も同じように土台を見上げていた。

 明らかにその辺の一軒家より広い足場のあるそれは、足元に車輪がついている。


 つまりこの土台の上に賢者が乗り、そのまま街中を移動するという事だ。


(何やらえらくゴツいのが大量に繋がれとるな)


 ふと視線を下に向けると、これを引く為に居るのかと思う獣が繋がれている。

 賢者は初めて見る類の獣ではあるが、重い物専用で使われる獣と侍女に説明された。

 大型の牛と呼ぶのが一番しっくりくるそれは、図体に見合わず随分大人しくしている。


 世話をしているらしき人間に顔をこすりつけ、むしろ犬かと思う仕草だ。

 暴れたら大変な事になるのは目に見えているが、あの調子ならおそらく大丈夫なのだろう。

 むしろ大丈夫じゃないのであれば、こんな事には使えるはずもない。


「おはよう、ナーラ」

「うむ、おはよう」


 そこで賢者の到着に気が付いた青年が声をかけ、賢者も快くそれにこたえる。

 となれば当然他の精霊術師も気が付き、それぞれに賢者へ声をかけてきた。

 指示待ち精霊術師のグリリルだけは特に動きは見せていなかったが。


 ただ皆が挨拶をした後に、改めたようにリザーロが声をかけた。


「ナーラ嬢、今日はよろしく頼む」

「あー・・・まあやるだけやってみるが、リザーロや陛下の期待に添えるかは解らんぞ?」


 事前にリザーロに、というよりも国王の指示で民に解り易く力を見せる約束をしている。

 なるべく被害が出ない様に、けれどその力を示すような事をしてくれると助かると。

 やって欲しい事は何となく解るが、指示が曖昧な事で賢者は少々困っていた。


「構わんさ。流石に私とて、自分に無理な事をやれと言うのは気が引ける」

「そうか、ならば多少は気が楽じゃな」


 一応賢者も案は在るが、それとて上手く行く保証はない。

 結局やって見なければどういう印象を持たれるかなど解らないのだ。

 なので彼の言葉で本当に気が楽になり、無茶を言った国王へまた不快を募らせている。


(・・・今日はもう普通の様子じゃの。気にし過ぎじゃったかのう)


 ただ当たり前のように話すリザーロの様子が、余りにも普通過ぎて少し気になった。

 あれだけの過剰反応と様子のおかしさを見せていたのに、今は初対面時と変わらない。


(まあ、良いか。普通にやっていけるならそれが一番じゃろう)


 微かに残る不安はあるものの、何が不安なのか賢者自身上手く言葉にできない。

 ならば気にしすぎても仕方ないと、今の良好な関係を良しと判断する。


「さて、それじゃ行こうか。ナーラ、お手をどうぞ」

「うむ」


 リザーロとの話を終わらせ顔を上げると、青年がスッと手を差し伸ばす。

 その手を賢者が素直にとると、そのまま慣れた調子で抱えられた。

 賢者としては少々の補助を願う程度のつもりだったが、いつもの事かと諦める。


「落とす気は無いけれど、念の為にしっかり捕まっていてね」

「うむ」


 青年は賢者を抱えたまま土台の上へ登り、メリネは悔しそうにその後追いかける。

 何せ指示に従った賢者はきゅっと抱き着き、そのさまが余りにも可愛く見えて。

 上手くやれば自分が抱えられたのにと、ぐぬぬと呻きながら登っていく。


「グリリル、貴女もメリネ嬢の後について行きなさい」

「はい」


 老人はそれに苦笑しながら指示を出し、目線だけでキャライラスにも指示を出す。

 少女はフンッと鼻を鳴らしつつも反論はせず、老人とリザーロは最後に登った。

 この順番には多少理由があり、少女の気性を考えての順番だ。


 城に勤める以上少女の気性は知られているが、それでも馬鹿をやらかす者は居る。

 例えば高所に登るご令嬢の下着を覗こうと、彼女達の足元に近づいたりだ。

 一応賢者の忠告で大人しいとはいえ、今まで許容されて来た事の矯正は難しい。


 頭にきて反射的に暴れる、などという事が無いとは言えないだろう。


(とはいえ、この程度で筆頭殿の手を煩わせる事も無い)


 まだ幼女と言える子にそこまで気を遣え、という方が難しいと老人は判断している。

 よって本人に口を出す事なく行動して、少女という年になって覚えれば良いと。

 そこはリザーロも同じ判断らしく、老人の行動に理解を示して何も言わなかった。


 皆が土台の足場に乗ったのを確認すると、伝令らしき人間が走っていく。

 そうして暫く待つと、遠くからファンファーレの様が曲が流れるのが耳に届いた。

 楽曲が流れるのが合図だったのだろう。ゆっくりと土台が動き出し、城の正門へと向かう。


 そしてゆっくりと城の門が開かれると、大きな歓声が鳴り響いて賢者の体を揺らした。


「おー・・・流石王都、人が多いのう」


 とはいえその歓声は比較的好意的に感じられたので、賢者は気楽な様子で呟く。

 呟きだったことで歓声にかき消され、賢者を抱いている青年にすら届いていなかったが。

 ただそんな歓声の中でも、不思議と歓迎されない言葉というのも耳に届く。


「おい、本当にあれがすごい精霊術師なのか?」

「ただの子供じゃないか」

「筆頭って・・・大丈夫かよ、あんな子供にやらせて」

「王子殿下が抱えている所を見るに、もしかして王子殿下の我が儘か?」

「ローラル様ってそういう趣味だったんだ・・・」


 それはおそらく歓声の中でも会話しようとして、声が大きくなったが為だろう。

 王族相手にも恐れじらずだなと思ったが、人が多すぎて発言者など特定できない。

 本人達もそれが解って言っているのだろう。もしくは何かの意図があるのかもしれないが。


「殿下、幼女趣味ですって。言われてますわよ?」

「メリネ嬢は既に知れ渡ってるから話題にも出ないね」

「・・・王都ではまだ知れ渡ってませんわ」


 これ以上変な噂が立たない内に代わりましょう、と続けたかったメリネは撃沈した。

 何を言っても変わる気が無い青年の様子と、実際に言い返せない噂が立っているので。


「ローラル、下ろしてくれても良いんじゃぞ?」

「なぜだい。むしろ私が君に入れあげていると思われるなら好都合じゃないか。民にすら周知される程、君と僕が繋がっていると思って貰えるならその方が良い」

「・・・そうかのう?」


 その結果『王太子は幼女趣味』といううわさが流れる方が問題だろ思う賢者。

 とはいえこの調子の青年に何を言った所で曲げない事は、この短い間でも理解している。


「筆頭殿、そろそろ宜しいかと」

「あ、うむ、解った」


 暫く進んで広場の様な所に差し掛かり、そこで老人に声を掛けられ賢者は慌てて応える。


(熊よ、宜しく頼む)

『グォン!』


 熊は喜んで応えると、大きな声で鳴き精霊化と同時に水の魔法を使う。

 突然小熊となった賢者に民は驚き、その驚きが落ち着く前に巨大な水球が生まれる。

 家を幾つも飲み込みそうな程の水球。その水球から何かが飛び出してきた。


「な、なんだあれ!?」

「何か出てきたぞ!」

「水の、龍・・・!?」


 水球から出てきたのは巨大な水の龍。実際は水球が形を変えた姿だ。

 その水の龍は水球が無くなるまで竜の形に変わっていき、空を自由に泳ぎ回る。

 先日王都の民が見た雷の龍と同じように、今度は民の目の前で同じ様に魔法を見せたのだ。


(水ならまあ、家屋にぶつけん限り大丈夫じゃろ。熊よ、その辺り気を付けて頼むの)

『グォン!』


 言われずともという様子で応えながら、王都の民全員が見える様にと竜を泳がせる。

 その圧倒的な力の前に、先程までの騒ぎは消え去っていた。

 皆声も無く空を見上げて、あの場に居る者がまさしく筆頭の力を持つ者だと理解して。


(最後は上手い事、被害がでん程度に雨にしてくれ)

『グォン』

(・・・結局儂何もしとらんし、何かこう、ちょっと納得いかんな)

『グォウ?』


 賢者の指示の下竜が雨に変わり、精霊術師筆頭のお披露目は大成功に終わった。

 ただし賢者だけは自力でないという想いから、少々の不満があったが。

 そして大成功であるという事は、国内に放たれている他国の諜報員も目にした事になる。


「今回の事は早急に報告を。本国が信じるかどうかは解らんがな」

「はっ」


 そして老人の忠告通り、賢者の存在は他国へと知れ渡る事だろう。

 

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