第47話、自認(他認)
お披露目が決まって以降の賢者はそれはもう忙しく・・・という事は特になかった。
忙しいのは準備をする者達ばかりであり、本人は特にこれと言ってする事は無い。
一応国王から多少の指示を受け、衣装合わせに時間を使った程度だ。
なのでその間賢者が何をしているかと言えば、暇さえあれば魔法の訓練に費やしていた。
今まで大っぴらに鍛錬は出来なかったが、今の自分であれば訓練場を借りる事が出来る。
むしろ精霊術師が鍛錬に精を出すのは歓迎され、王家の指示もあって貸し切りに近い。
「うーむ・・・・数だけは出せるんじゃが威力が足りんな。防御も脆弱じゃし・・・一か所に数を重ねれば多少は防げるか? いやでも高威力の魔法はやっぱ防げんよなぁ」
『グゥ・・・』
そんな賢者の周囲には無数と言って良い数の火の玉が浮かび、だが賢者は不服そうに呻く。
何故なら数だけは多い物の、その一つ一つに込められた魔力が小さい。
込められた魔力が小さいという事は、その分威力も小さくなるという事でもある。
この程度の魔法では精霊に傷一つ付けられず、それではこの先不安が残ると考えていた。
熊としても生前の賢者の強さを知っているが故に、今の弱さに少し心配そうに呻く。
勿論いざとなれば勝手に精霊化して守るつもりだが、それでも余りに弱体化しすぎている。
と、一人と一匹は不満そうだが、護衛の騎士達は化け物を見る目を向けていた。
(あんな物が兵列に投げ込まれたらそれだけで大惨事確定だな。これが精霊術師というものか、それとも姫様が凄いだけなのか・・・不満そうな様子から察するに、まだ高みを目指しておられるのだろうな。つい最近まで少し手のかかる可愛らしいお方でしかなかったというのに)
危ないので少し離れていろと言われており、賢者の様子は表情しか察せない騎士達。
彼らは賢者の護衛の為に居るのだが、その存在価値を自分達で疑問視しそうになっている。
それだけ賢者の使う魔法は一般人から見れば規格外と捉えられるものだった。
何せ賢者は魔力だけは多い。その多さでごり押した大量の魔法が今の光景という訳だ。
一撃の威力は確かにどの精霊術師にも劣るだろう。キャライラスの風の防御も貫けない。
その点だけを考えれば確かに賢者と熊の意見は正しいと言える。
だが一般人からすれば『訓練場の空を覆いつくす程の炎』という時点で脅威でしかない。
「随分な事をやっておきながら余裕そうな表情だね、我らが精霊術師筆頭殿は凄まじい。いや、お前にとっては可愛い婚約者だったか。かなり入れ込んでるそうじゃないか、ローラル」
そして毎日鍛錬をしていると聞きつけ、見物に来た国王も騎士達と同じ気持ちだった。
もし彼女と相対した時、あの数の炎を突破しなければならないのか。
しかも彼女の様子から察するに、間違いなく底はまだまだ深い所にあると。
元々賢者を脅威だと思っていた国王だが、前日の件も重ねて尚更危機感を感じていた。
だからこそ友誼を持とうとしている息子に対し、成果はどうだと揶揄いつつ訊ねている。
「可愛い事に否は在りませんね」
「まったく揶揄い甲斐がないな、お前は」
「父上に揶揄われる心当たりがありませんので」
ただ隣に立つ息子、王太子であるローラルはその光景に笑みを浮かべていた。
その余裕そうな表情が少々気に食わず、揶揄ったつもりが全く通じない。
つまらない、と表情に出しながらの言葉も躱される始末だ。
「それだけ彼女との仲に自信がある、と思って良いのかな?」
「少なくとも父上よりは仲が良いですよ」
「・・・仕方ないじゃないか。あの子の危険性を考えれば」
青年は自分の父が可愛い婚約者を脅した事を知っており、仕返しとばかりにそう言い返した。
これは分が悪いと思った国王は、不愉快そうな表情で良い訳を口にする。
ただすぐに表情を真剣な物に変えると、対する青年も少し表情を引き締めた。
「それでローラル、実際の所はどうなんだい。ここ数日政務を後回しにしてまで会いに行ってるんだ。成果が無いという結果は聞きたくないけどね」
「悪くはない、という程度です」
「微妙な答えだね」
無理を通して入れあげた結果がそれか、と少し厳しい判断を下す国王。
「元の印象が悪い事を考えれば、良い方に傾けられただけ褒めて欲しいですね」
だが青年はそれに真っ向から反論した。王家の印象を悪化させたのは貴方だと。
ともすれば喧嘩を売ったと思われかねない問答は、国王の笑顔が答えとなる。
「その通りだ。よくやった」
「良くやったではありませんよ。父上に対する彼女の印象は酷いものなんですから」
「そんなにかい?」
「そんなにです」
国王としては致し方ない判断ではあったが、それでも賢者にすれば脅されたのと変わらない。
更に言えば良い様にされたという想いもあって、賢者の中ではかなり印象が悪い。
という事を賢者本人の口から聞き出すまでに至った青年は、呆れた様子で父に告げた。
「まあ幸いにして、父上には何時か仕返しをしてやる、という程度の様ですが」
「いや、それは何も幸いじゃないよね。恐ろしくて堪らないんだけど」
「大丈夫ですよ。彼女の性格上、理不尽でない限り力でやり返す事は無いですから。多分」
「そこは断言して欲しかったなぁ・・・」
息子を揶揄ってやるつもりが、逆に揶揄われている事に気が付きつつも国王は嘆く。
実際賢者が国王に牙をむけばと考えると、本人は恐ろしくて堪らないだろう。
命をとして賢者を討つ覚悟はあるが、それが必ず出来るとは限らないのだから。
ただ息子の発言から、今すぐ命の危機は無いだろうとは判断している。
「それに彼女のおかげでキャライラス嬢は下手に動けなくなり、ヒューコン卿も随分と静かな人物になりました。彼女の影響は良い方向に向いていますよ」
「私にはそれが逆に怖いがね」
「父上がそうしろと命じたのではないですか」
「それはそうなんだけどね」
国王としては、賢者程の実力があれば問題児を抑えられるだろう、という程度の考えだった。
だが蓋を開けてみればそれ所ではなく、一人の精霊術師の在り方を変えてしまった。
まさか彼があんな風になるとはと、流石に国王も予想外が過ぎたらしい。それに。
「リザーロもかなり慎重になっているね」
「封印術がかなり強烈だったようですよ、彼には」
「その様だ」
封印術を施された後、リザーロはその事を国王へ報告している。
基本的には『賢者に下手な扱いをしない方が良い』と言う類の内容だ。
勿論それは国王も同意しており、けれどリザーロの目にはそれ以上の何かが宿っていた。
「あいつはいざという時に、どうやってナーラ嬢を下すかを練っているね」
「恐れが悪い方に動きましたか」
「どうかな。私としては下手に一方的な力関係じゃなくなるのは歓迎だよ。それにいざという時の切り札にしか使わんだろうさ。普段は抑制になるだろう」
「その結果突然リザーロが暴走したら面倒じゃないですか」
「それはそうなんだけど、それこそ今更だよ」
ははっとどこか気楽な様子で笑う父に、いったい何を考えているんだと半眼を向ける青年。
だが国王はその答えを口にせず、相変わらず桁外れな鍛錬を行う賢者から視線を外した。
「さて、私はそろそろ戻る。お前は愛しの婚約者のご機嫌でも取って来ると良い。お披露目では隣で婚約者らしく振舞わねばならないんだしね。幼女趣味の噂が流れそうだけど」
「そうですか。ならせいぜい仲睦まじい姿を見せつけますよ」
「本当にお前は揶揄っても面白くないね」
「父上を楽しませる為に居る訳ではありませんので」
父のつまらなさそうな表情に満足しながら、青年は言われた通り鍛錬場へと足を進める。
「・・・悪いね、ローラル。彼女の事は頼んだよ」
国王はその背中に向けて、重責を押し付けた事に謝罪しながら思いを託していた。
因みに託した息子は、賢者に挨拶するなり耳を堪能していたが。
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