隣の騒音だあれ

踊り場で涙目

第1話

新しく住みだした賃貸の部屋。


部屋を静かにしていると外の雨や犬や車の音はもちろんのこと、側道の自販機からペットボトルが落ちる音さえも聴こえてくる。


嫌なのは、その音自体のストレスもあるが、この音でこんなにも聴こえているということは、自分が出す生活音も相当お隣さんに聴こえてしまっているのだろうと危惧してしまう二重のストレスが発生することだ。


もちろんお隣さんの生活音もこちらに筒抜けで、

一度インターホンが鳴ったと思い外に出てみると、お隣さんに届いた宅配ピザだったことがある。


テレビの音やシャワー、台所の音が聴こえるのなんて当たり前。

トイレ、いびき、情事の声など聴きたくもない音・声が毎晩のように隣から聴こえてくる。


そこまで思い出して俺はふと1つ疑問に思う。


「おはようございます〜」


突如階段から現れた男。

誰だ。


「あっ、おはようございます」


一応俺も挨拶を返し頭を下げる。


「あっご挨拶が遅れました。

僕、103の山根と申します」


103号室は俺の部屋から見て、問題の部屋の逆隣である。


「あっ、どうも105の荒木です」


「どうしたんですか?

そんな部屋の前で立って。

考え事ですか?」


「いや出かけようとしたら、ふと疑問に思うことがありまして」


「何です?大丈夫ですか。顔色良くないですよ。」


「いや〜、あまり大きい声ではいえないんですが、ここの部屋って壁が薄いじゃないですか。隣の部屋の生活音がうるさくて悩んでるんですよ」


「え?お隣さんってそこですよね。」


山根は104号室の部屋を指さし小声で言った。


「いや、うちには何にも聴こえてこないですよ。」


「え!?」


「そもそもそこ、誰も住んでないと思いますよ。

電気ついてるのも見たことないし、最初に挨拶伺ったときも一週間くらいずっと留守だったんで諦めたんですよ。」


「そんなはずはないですよ。

こっち側には毎日毎日聴きたくもない生活音がたれ流し状態で夜うなされているんですよ」


「うーん。おかしいなぁ。

…荒木さん、眠れてますか?」


「はい、眠れてはいるんです」


「なら良かった。

でも一応、本当にお隣さんが住んでるか、管理会社に確認してみてはどうですか」


「そうですね、一度聞いてみます。

では」


俺は部屋に戻ったが管理会社に電話しなかった。


先程浮かんだある考えが確信に近いものになっていたからだ。


隣から聞こえてくる生活音。


台所の音。

風呂の音。

トイレ、寝室、リビング。


何故だ。


何故全ての部屋の音がこちらの部屋に聴こえてくる?


そして先程逆隣の部屋の山根さんは1つも、生活音が聴こえてこないと言っていた。


そして全ての部屋が俺の部屋側に隣接してるなんて構造はあり得ない。


考えられることは1つ。


隣の部屋の家主がわざと俺に生活音を聴かせているということだ。

つまり過度なイタズラだ。


では誰がそんなことを、しているか。



その答えもほぼ分かった。



人間とは愚かで浅ましい生き物だ。


必ずイタズラをしていたら、されている人の顔を見たいと思うはず。


だが俺はもちろん逆隣の山根さんも、隣の住人の顔を見ていない。


しかし。


俺は一人だけ隣の部屋に入っていく男と会ったことがある。


つまりその男には見られたことになる。



そう、宅配ピザの男だ。

あいつが隣の空き家に忍び込んで毎晩毎晩生活音を出して俺に不快な思いを!


次に生活音が聞こえたら、すぐ隣部屋に押し入って警察に突き出してやる。



俺は隣部屋の壁の横で今か今かと耳を澄ませていた。


すると数分後。


カシカシカシ カシカシカシ



歯磨きの音だ。


こんな微妙な時間に歯磨きをするだけでもあり得ないのに、この音量。


いくらなんでも歯磨きの音がこんなに大きいわけがない。


きっと機材で流しているに違いない。


そしてその歯磨きの音が消えたその刹那。


ジャーーーーーー。


トイレを流す音が聴こえた。

歯磨きの後すぐに流れるわけがない。


俺は我を忘れて隣の部屋の玄関に走った。


そして鍵が開いているかも確かめずにドアにタックルし突き破って中に入った。


「俺をおちょくっているのは、どこのどいつだ! 出てこい!」


静まる部屋。


真っ暗な部屋。


そこには人どころか、物一つすら置いていなかった。


「何故だ。

何故誰もいない」


電気のスイッチを入れてもつかない。


トイレのレバーをひねっても水は流れない。


テレビをつけようにも、テレビもリモコンもない。


「何故だ」


俺はしばらく放心状態になった後、自分の部屋に戻り自然と布団で横になった。


目が覚めると俺は知らない部屋にいた。


見たこともない天井。


口と頭に繋がれた機具。


何処だ、ここは?


病院か…?



「やっと、起きられましたか?」


入り口から医者のような人がやってきて言った。


「ここは、病院ですか?

僕はいったい…どうなったんですか?」



「貴方は過度なストレスで、約12日間寝れていなかったのです」


「え?12日間も?

あれ、でも記憶では寝れていたはずですが」


「あなたはこの病院に来られてから丸2日分ほど寝ていました。

その記憶はおそらくそのときに見た夢です。

寝たいと思い過ぎた願望が叶っても、まだその強い願いが夢の中で残っていたのでしょう。

おそらく夢では現実と空想や願望が混ざっていたと思われます」


「そうなんですね。

言われてみたら少し記憶が紐解かれてきた気がしてきました。

でも、おかしいですね。

騒音がうるさくて眠れなかったという記憶はない気がします。

うーん。

どうなってるでしょう。


そもそもですが、僕独り身なんですよ。

部屋で気絶していた僕を、誰が見つけて救急車を呼んでくれたのでしょう?」



「それはですね、お隣に届いたピザ屋の店員さんです。


お隣のインターホンを鳴らしたら何故か先に昏睡状態のあなたが出てきたらしく、様子を察して救急車を呼んでくれたのです」


あぁそういうことか。


どんどんさらに記憶が蘇ってきた。


だがこの記憶は俺にとってあまり具合がよくないのではないだろうか?


再び強烈な睡魔が襲ってきた。


蘇る記憶と共に薄れゆく意識の中で、結局隣に住んでいるのは誰だったんだろうという疑問がうずまき出した。


瞼を閉じる。



そして意識が途切れる直前、俺は全てを思い出した。

夢の内容と現実は全く別のものだった。

すぐさま焦りの感情が出てきたが、睡魔はそれをあっさりと凌駕した。



「おやすみなさい、山根さん。


もうお隣さんを困らせたら駄目ですよ。」



主治医の声が薄っすらと聴こえた。

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