第7話「結婚詐欺師」

 明明めいめいと心中を試み、失敗して一人生き残ったはずの呉開山ごかいざんを発見した袁閃月えんせんげつであったが、その開山は別の女性と談笑しながら食事をとっていた。


 これを見た閃月は、嫌な予感が頭をよぎるのを止められなかった。


 別に死を試みたならば、生き延びた後もずっと悲しみに暮れていろ、とまでは思わない。


 食事をしている相手は、親類なのかもしれない。


 だが、そうでなかったとしたら?


 真相を突き止めるべく、閃月は開山の後をつけて行った。既に鬼となっている閃月は、生者から見られることは基本的には無い。そのため、大した尾行技術は持っていなくても、容易く追跡する事が出来た。


 落ち着いた雰囲気の区画にある飯店を出た開山は、素早い足取りで通りをどんどん進んで行く。彼は一見優男の書生だが、意外と上背があり、かなり体格が良い。閃月の見た所、服の下にはかなり鍛え上げた筋肉が隠されていると思われる。


 開山が進んで行ったのは、閑静な住宅街ではなくボロボロの建物が立ち並ぶ、旧市街でもかなり治安の悪い地域だった。この地域には盗賊やら任侠の徒、果ては淫祀邪教の集団が蔓延り、官憲ですら入り込むことが難しいと言われている。


 この様な地域に自ら進んで行くのは、普通の輩ではない。


 しかも、一般人がこの地域に迷い込んだなら、ものの一刻で命を失うか、良くて身ぐるみをはがされて放り出されるだろう。それを開山は煌びやかな豪奢極まる衣装を身につけたまま、堂々と闊歩している。有り得ぬ事だ。


 そして開山は、とある建物の中に入って行く。手入れする者がおらず、かなりボロボロになってはいるが、元は何かの神仏を祀る寺院だったらしく、かなりの敷地を有している。


 門をくぐり敷地内の御堂に入って行った開山は、すぐに複数の人影に取り囲まれた。その人影は、むさくるしい髭面で、何日……どころか何か月も洗ってはいないだろう襤褸ぼろを身につけた男達で、腰には剣や手斧を差している。


 どう見ても野盗の類だ。善良な市民がこの様な輩に出くわしてしまったなら、命だけは助かる事を祈るより他に無いだろう。


 だが、開山を取り囲んだ男達は、襲いに来たのではなかった。


「お頭、お疲れ様です」


「おう、おめえらもな。って近寄んな。くせえんだからお前らは」


「おっと、失礼しやした」


 この光景を見た閃月は、即座に理解した。開山はこの破落戸ごろつきどもの仲間、それも頭目なのだ。


「それで、今度のすけはどんな具合なんすか? 結構ふんだくれそうっすか?」


「まあな。俺の目に狂いはねえ。今度のはさる商家の未亡人だ。家の財産としてはこの前の女と比べたら大したことはねえが、今度のは全部自分の財産だ。いちいち持ち出させるとか、しちめんどくせえ事は無しだ」


「さすがっすねえ」


 開山が言うところの「この前の女」とは明明の事なのだろう。これを聞いた閃月の耳がぴくりと動いた。


「で、もうそろそろ俺達にも分け前を下せえよ」


「あ? 何言ってやがんだ。おめえら、まだ何にも役に立っていねえだろ」


「ひっでえな。筋書きだと、前の女の時は俺達が襲って、頭が助けに入る段取りだったじゃないっすか」


「確かにそうだけどよ。あの女、そんな事しなくても俺にぞっこんになっちまったからな。なら、全部俺の手柄だろ?」


「そりゃそうっすけどね。しっかし、あの女、頭に騙されているとも知らずに、ホント馬鹿っすねえ」


「馬鹿野郎。その馬鹿さ加減のせいで、おりゃあ、死ぬかと思ったんだぞ。いきなりこの世で一緒になれないならあの世で一緒になろうとか言いだしてよ。おまけに紐をきつく縛りやがって、あの時は本気で死にそうだったぞ」


「へへ、色男はつらいっすね」


「ま、今度の女はそんな事にはならないだろうさ。あと何日かしたら、店に引き込んでやるから、一切合切金目のものを奪い取ってやろうぜ。分け前はそん時だ」


「うす!」


 開山たちの邪悪な企みを聞いていた閃月は、そのあまりの内容に、気が遠くなる思いだった。





「と言う訳なんだ。残念ながら、開山は普通の奴じゃない。明明さんを会わせない方が良いだろう」


 現世から冥界に帰還した閃月は、彼の形式上の妻である劉陽華りゅうようかと、冥界の役人である疫凶えききょうに事情を話していた。今回の件の当事者である明明は、別の部屋に待機させている。


 この様な事態を、閃月は全く予想していなかったのだが、陽華にとってはある程度想像の範囲だったらしい、冷静に閃月の話を聞いていた。疫凶が何を思っているのか、そちらは全く見て取る事が出来なかった。


「それで、獲って来たの?」


「すまん。獲ってこなかった」


「何でよ。子供の使いじゃないのよ?」


「いや、無理だったんだよ。すり抜けてしまって」


 閃月の話を聞き終えた陽華は、唐突に閃月に質問をした。この質問の内容は、色々と言葉が欠けていて趣旨や内容が分かりにくいものだったが、閃月は何故か理解したようである。


「あの……お二人さん。さっきから獲って来るだとか獲れなかっただの。一体何の話ですか?」


 疫凶には陽華達の会話の内容が理解出来なかった様だ。まあそれが普通だろう。


「決まっているでしょう。呉開山の首よ」


「俺も開山の様な奴は生かしておけないと思ったんだが、殴ろうとしても、その辺にあった刃物を持とうとしても、体がすり抜けて上手くいかないんだ」


 事も無げにとんでもない事を言う夫婦である。これを聞いた疫凶はあきれ顔だ。


「いや、首を獲っちゃだめですよ」


「駄目なのか?」


「悪鬼じゃないんですから」


「仕方ないですね。他の天罰を与える手段を考えましょう」


「いや、そうじゃなくてですね」


 閃月と陽華は、あくまで冥界の理を正しく世界に体現させる事が、与えられた役割である。つまり、生者に直接罰を下すことは任務外だ。今回は、あくまで水落鬼と化した明明を、大人しく冥府の審判に向かわせる事が目的である。


 もちろんその辺りの理屈は二人も十分理解しているだろう。それにも関わらず悪人を発見した瞬間、首を獲る事を選択肢の最上位に持って来る辺り、この二人は結構似たような思考をしているのかもしれない。


 似た者夫婦と言えるだろう。


 死んでから冥婚により夫婦となったので、生前の性格は未だに不明な所はあるのだが。


「まあ仕方ない。呉開山の事は上手く明明さんには黙っておいて、何とか……」


 そこまで言った閃月は、明明が扉を開けて三人の方を見ている事に気付いた。


 一体、いつから話を聞かれていたのだろう。


「明明さん!」


 閃月は明明に声をかけたが、明明はそれを無視し、部屋の外に走り去った。それを閃月達は追いかけるが、水落鬼と化し妖の力を身につけた明明は見た目からは判断できない程素早い。たちまち引き離される。


 それでも何とか追いつこうと屋敷内を探すが、明明の姿は無かった。そして、明明が向かって行ったと思しき部屋の中には、冥界と現世を結ぶ宝貝パオペイである冥現鏡めいげんきょうが転がっていた。

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