より良い悪夢
古地行生
トリックスター・プリズン
「詐欺はビジネスとして優れています。だからこの先も社会から消えるなんて有り得ない。売春と同じですよ。どちらもはるか昔から存在してるビジネスだ。なくなりませんよ。これは事実です。真理と言ってもいい」
「過去と現在に関しては君に同意する。しかし私は今後については君と異なった意見をもっているよ」
「
「その通り。すぐにとは言えないが、効果が見込めることは確信している」
あまりに楽観的だ。思わず笑ってしまった。
「君がそういう反応を示すのも無理はない。だがこの新制度はうまくいく」
「失礼しました。取り締まり強化は詐欺を減らすのには役立つかもしれません。現に俺は捕まってここに送られてきているわけだし。しかし今は社会全体が詐欺を煽ってるようなものだ。減少と増加はプラマイゼロかも」
俺のこのふざけたレスポンスに対しても怒りの片鱗も見せずにいつも通りか。ハゲちらかした白髪頭も大きすぎるメガネもコミカルなのに眼差しだけは裏の人間かというほど冷たく鋭い。刑務所の所長だけのことはある。しかも医師でもある。俺たち受刑者の主治医。
この部屋は詐欺罪で有罪判決を受けた者が送られる特別刑務所の一室で通称カウンセリングルーム。室内は中央を占めるテーブルをはさんで座っている俺たちのほかに刑務官が二人。彼らは俺の後ろ側の壁の両隅に無言で突っ立っている。
俺たち受刑者はみな独房に入れられている。他と一緒に会話ができるのは昼休みの一時間のみだ。午前も午後も刑務作業は一人でおこなう。安っぽいパーティションに囲まれてのデスクワークだ。それから3日に一回は所長をはじめとする医師との面談がある。俺たち詐欺師が集まる時間は少ない方が良いという御配慮だろうか。
俺は詐欺師だ。今はこの通り服役中だから「だった」と過去形にすべきか? しかし俺は出所したらまた同じビジネスをするつもりだ。今は休業してるだけだし過去形にする必要はないだろう。
詐欺は良いことづくめだ。直接に人を殺したり物を壊したりしない。頭を使うが体はそうでもない。大金が稼げるしスリルもある。人の心を読んで引っかけるのには駆け引きがいる。すぐに刑務所に入りたくてやる犯罪としてはもっとも不向きだが、入らないようにやる犯罪としては良い部類だ。だが最高ではなくなった。所長の意見は楽観的すぎとはいえ全くの根拠なしではないのだ。
詐欺はその構成要件から立証が難しかった。それでいて一番重くて懲役十年。色々と予防線を張れば捕まるリスクを格段に下げることができる。俺がキャリアを積んでから独立し詐欺師としてのんびりやっている内に、この国はいつの間にか国民総出の投資バブルに突入した。衰退期の国家でバカ騒ぎとは奇妙なことだが、俺が知らないだけで意外と人類史ではよくあることなのかもしれない。ともかく投資バブルによってまだ比較的豊かな高齢者層の貯蓄が狩り放題になった。俺は詐欺をやってて良かったと震えるほど感動した。投資詐欺には最高の流れだ。
年寄りと子供は多くの面で似ている。人は子供に戻って死んでゆくという言葉は俺のお気に入り。真理だ。公的な老後の保障がゼロ同然になり不安に駆られた奴らがやったこともない投資に走った。知らない場所で迷子になって不安にかられた子供はわけもわからず知らない大人についていく。老人も同じ。そういう迷子を見つけることができたら、あとはやさしく不安をとりのぞいて心地よい夢を見せてやればいい。夢の代金としてまとまった金を支払ってもらうと考えるなら、詐欺は慈善事業とさえいえるかもしれない。
俺は浮かれて儲けまくった。同業者はみんなそうで切磋琢磨して売り上げをあげまくった。俺たちが客に提示した土地に建物それから事業計画はどれも飛ぶように売れた。もちろんすべて存在しない。現実と
詐欺が他人事の社会問題をこえて皆の生活問題になって少しして、大規模な法改正が行われた。これにより詐欺罪の立証は容易となり懲役は最高三十年に引き上げられた。詐欺の大きなメリットの一つである捕まりにくさはハッキリと潰され、取り締まりは格段に厳しくなった。で、俺はあっさり捕まった。やってる感だけのパフォーマンスだと思い込んでいたからだ。今振り返ると儲かりすぎて脳が酔っぱらってたんだ。警察の取り調べで見せられた資料で、俺の隠し口座のほとんどが潰されていたのを知った。法改正前から警察は用意周到に動いていたのだ。
俺の裁判は始まるまでは長くて警察検察の連中と延々顔を突き合わせていたが、開廷してからは3日で終わってしまった。しかも裁判の時間の半分は被害者が証言台で俺に恨みつらみをぶつけることに費やされた。不毛だ。俺に向かって「こいつのせいで家族がバラバラになったんです」と声を張り上げると、一家はまた元通り幸せになりましたとなるのか? 騙される奴が悪い。それだけだ。
で、一審判決は懲役20年。冗談じゃない。俺は上訴したがすぐ棄却された。弁護士が言うには詐欺罪は一審判決が事実上の確定判決になったらしい。20年! 俺はまだ三十歳前なのに!
「懲役20年は確かに長いです。だけど
「気休め言ってくれなくていいですよ。模範囚だから早く出られるなんてもうないらしいじゃないですか」
「よく知ってますね」
「5年前くらいに友人が刑務所の中から送ってきた手紙で知りました。今は中での待遇が多少良くなるだけだそうで」
「その方は詐欺罪ではなさそうですね」
「ええ。殺人で懲役500年です」
「なるほど。王河崎さん、そのご友人は本当のことを書かれています。しかし詐欺は別枠なんですよ」
「別枠……?」
聞き流すのをやめて説明に耳を傾ける。
詐欺は重大な犯罪とされるようになったとはいえ、殺人や強盗と同じとは見なせない。そこで詐欺罪で長期の懲役となった人間は、更生が認められれば懲役の年数を大幅に減らすことができる……
「刑期は最大で十分の一まで短くなります。だから王河崎さんの場合は……」
「二年にまで縮めることが可能」
それなら耐えられる。希望がある。しかもそのために模範囚を目指す。装う。面白いじゃないか。
「今日は君に読んでもらいたいものがある」
所長は俺に封筒を手渡してきた。もちろん封は開いている。確認済みということだ。俺は中に入っている三つ折りの手紙を引き出して読み始めた。こういうお手紙タイムは時々あるからすっかりなれた。
俺宛ての手紙の書き手は多い。その割にバリエーションがなくてつまらない。みな俺の詐欺に引っ掛かった奴だ。裁判で聞いた話を何度も読まされると考えれば拷問だ。だがおそらく非常に重要なんだ。俺たち詐欺師が反省しているかの判断材料がこの手紙を読んだ後の反応だと俺は予想している。だから手紙が来るたびに徐々に改心が窺える方向の演技を考えて実行している。
今回の書き手は何度も俺に送ってきている婆さんだ。俺から架空の土地を買って貯金がなくなり、それを知った旦那がショックで倒れて寝たきりになり後悔にとらわれてという可哀想なお年寄りだ。達筆な筆文字で書かれた恨みつらみを読み飛ばしていくと中ほどで目がとまった。
『夫は死にました』
症状が良くならずそのまま衰弱して死んだらしい。婆さんの方は犯罪被害者支援型特別老人ホームに入所すると書いてある。その後はまた恨みつらみの文言。最後の方で俺に改心してほしいと書かれているが、果たして本心だろうか。俺の改心がひと一人の命と釣り合うとは到底思えない。別に自分を卑下してるつもりはない。事実だ。真理だ。
手紙を読み終わった俺は元の三つ折りの形にして封筒に戻し、所長の顔を見た。いつも通りの不愛想な顔つきだ。
「どうかね。思うところを自由に言ってごらん」
「予想外のことが書いてありました」
「ふむ。旦那さんのことかね」
「はい」
「それに関してどう思う」
「どう言っていいか……取り返しのつかないことを俺がした結果だと。うまく言えませんが」
と、俺は因果と自分の罪深さへの自覚についてながながと語った。
三日後、俺の出所日が決まったと刑務官に知らされた。懲役2年での出所だ。頑張って努力した甲斐があった。報われた。
出所してからの俺は順調すぎるほど順調だった。仮想空間でニュースキャスターもどきの配信者を演じてフォロワーを集めてから有料ニュースレターを開始すると、固定ファンは増える一方になった。持ち出す話題はいくらでもあるが俺の経験を活かせるのはやはり投資話だ。客の食いつきは二年前と変わらないどころかむしろさらにヒートアップしている。余裕のなさがそのまま反映されているのを感じる。
人気が高まるにつれ、アンチも増えた。だが俺は気にしない。というより嬉しい。アンチは対策を間違えなければ最高の盛り立て屋だ。場合によっては探りをいれるつもりで金を払ってまでにぎやかしをしてくれる。
だが一つだけ気にかかるものがある。俺の投資解説動画のコメント欄への単発の書き込みだ。
『あなたは以前と同じ過ちを繰り返そうとしている。警告です。』
経歴を誤魔化してる俺の以前など誰も知らないはずだ。ネット上でもリアルでも身バレには細心の注意を払っている。どういう人間か予測できないことはないだろうが特定は不可能なはずだ。もっとも可能性が高いのはブラフだろう。だとすればこのコメントには下手に反応しないのが最善だ。
俺はアンチたちに感謝しつつ、有料ニュースレター利用者の中から特に投資話に乗ってきそうな奴を数人ピックアップし、投資詐欺を再開した。今回は投資させる先を仮想空間内に特化してより調べにくくした。
『あなたは以前と同じ過ちを繰り返した。失望しました。でも今ならまだ間に合います。警告です。』
公開した新動画にすぐコメントがついた。無視だ。……まだ誰も気づいているとは思えない。持ちかける相手は念入りに選んだし、どいつも今日付けで感謝のメッセージを送ってきている。気にすることではないのかもしれない。しかし……すこしクールダウンしよう。
新しく購入したマンションの一室から出てエレベーターに乗り込み、1Fのボタンを押す。
「あなた王河崎さんですよね」
先にエレベーターに乗っていた若い女がいきなり話しかけてきた。どこかで会った気もするがわからない。
「王河崎さんでしょう」
「あんた誰?」
「あなた詐欺師さんでしょう」
女を見ないようにして開くボタンを連打する。扉は開かない。女は俺の背後からしつこく呼びかけてくる
「詐欺師さんでしょう」
「王河崎さんでしょう」
「詐欺師さんでしょう」
「うるせえ!!」
俺は振り向き、女を張り倒そうと両手を前に突き出した。が、女は予想していたのか、逆に俺の両手首を素早く掴んで握りしめた。
「イッ、ヒイッ、やめろ」
「詐欺師さんでしょう」
これが女の力なわけあるか。いや男でも有り得ない。女に掴まれた俺の手首はボキボキ砕けて血を吹き出し、一瞬遅れてから激痛が腕から肩へ伝わってきた。
「いたいいたいいたいやめてくれいたいたたいたいたいたあああああああ」
激痛と恐怖で俺の意識はぷっつり途絶えた。
…………夢……? 助かった。クソ。ああなんだ。夢か。ここは、俺の独房だ。体中あせまみれだ。窓から差し込んでいる朝日に手首をさらして確認する。両方ともなにもなっちゃいない。ああ夢だ。良かった。
俺にも罪悪感があるのだろうか。
「いや、君にはそんなものはない。ただ欲望と恐怖に駆られただけだよ。無邪気で残酷な子供の様にね。そして子供は夢見がちなものだ」
独房内に置かれた椅子に所長が座っている。いつも通りのハゲちらかした白髪頭に大きすぎるメガネに冷たすぎる眼差し。
「なんであんたがここにいるんだ」
「ここの所長で君の主治医だからだよ」
「そういう意味じゃない。からかうな」
「からかってはいない」
「じゃあどういう意味だ」
「法令上、君を観察した結果を伝える義務があるのでね」
「……?」
「君は更生の可能性がないと見なされた。よって懲役20年が確定する。今後の減刑はなし。また残る受刑はすべて仮想空間内でおこなうと決定した」
「俺は出所したんじゃないのか」
「良い夢だったろう」
まさか……
「いつから俺を騙してたんだ。勝手に仮想空間に放り込むなんて」
「君のその質問はなんの意味があるのかね」
「なんだと」
「君は物心ついたときから騙されていたと私が言えば信じるのかね」
「ばかばかしい」
「その通り。馬鹿馬鹿しいことだ。君が騙されているとして、それは逮捕され警察署に連行されてからか。裁判にかけられてからか。この刑務所に送られてきてからか。出所してからか。君がどの時点で
「こんなやり方許されるか。ふざけるな! 国がこんな事をしていいのか! 詐欺だ!」
「詐欺ではないと私は考えるが、だがもし詐欺だとしても何の問題があるのかね。君が言っていた通り社会からまだ詐欺がなくなっていない。それだけのことだ」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……」
「そろそろ時間だ。君は刑務作業につきなさい。老人ホーム入所者の慰問だ。裏切りの上に裏切りを重ねられた被害者の方々が最後に求めるのは復讐なのだ」
「20年続けるのか」
「その通り。補足として時間は伸び縮みするものだ。仮想空間内では特に。実質的に君は死ぬまで、いや永遠に慰問を続けることになる」
所長が独房の扉を開けると、外から聞き覚えのある声がゆるやかにすべりこんできた。
「詐欺師さんでしょう」
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