押し売りはよく考えてから

朝凪 凜

第1話

「さあさあ、この薬! つけてみればあら不思議。あの頃の自分になれる特別な薬! 老いや老けともおさらば! いつまでも続く美貌。私もこれで30年変わらない肌! まるで赤ちゃんのよう!!」

 我が家の門戸を叩いたのは押し売り師だった。

 明らかに胡散臭い売り文句で買わせようとする。しかもものすごく高い。一年分くらいの食費はしそうな怪しい薬。

「いや、私はそういうのは……」

 と何度も断っているのにぐいぐいと押され、

「ほら、30年前の私、こんななのに今と全く変わってないんですよ」

 と、射映魔法で記録された映像。確かに30年ほど前で、「あー、なるほど、すごいですねー」などと相手をしてしまったのが運の尽き。更に畳みかけられて、とうとう購入してしまった。


 そんな薬を使おうか使うまいか、1日ほど悩んだものの、「ま、いっか」と生来の楽観主義が災いして使ってしまう。

 ちょっと大きい丸薬を5粒も飲むのは大変だったものの、飲んですぐは何か変わったこともなく、数日して、腹痛に苛まれることが多くなった。

 そんなモノを飲んだからだろうと、押し売り師に返品をしようとしたのだが、

「いやいや~、開けて飲んじゃったらそりゃあもう返品なんて出来るわけないじゃないですか~。まあほら、私みたいにいつまでも年を取らなくていいじゃないですか~?

 まあ、私は見ての通りエルフなので50年くらいは見た目変わらないですけどね~」

 そう言ってこれ見よがしに耳を見せつけてそのまま笑いながら去って行った。

 偽物を掴まされた。

 そう分かってからも何か出来るわけでも無く、やっぱり楽天的な性格もあって、

「お金をドブに捨てたと思って明日からまた働こうじゃないか」

 と後ろを振り返らないことにした。



 そうして、そんな薬があったということも忘れて10数年が経った。

 20代前半から30代前半になり、30過ぎると曲がり角、という話を聞くものの、毎日見ている自分の顔に変化があるのかどうか気づかないまま。

 しかし、久しぶりに会った友人は年相応というか、年季が入ったというか、まあそういう感じなのだ。自分はまあ元々童顔ということもあって若作りをしている、くらいな感じだったし、そう思われていた。

 そんな頃、友人の一人から

「若作りっていうにはおかしくない? どっかの高級魔法で施術とかしてもらったんじゃない?」

 高級魔法は使える人が少なく、それを生業にしている人もいるけれど、とてもじゃないけれどそんな高価なものは払えない。

「もしくはエルフの生き血でも飲んだとか?」

 エルフ? そういえば昔にエルフの押し売りで変な薬を買わされたことを思い出した。

 といってもそんな薬はもうどこにも――と思っていたら押し入れの奥に薬箱と一緒に保管されていた。中を開けるともうなく、いつ割れたのか瓶の欠片だけが残っていた。

 その欠片から商人ギルドに連絡をして問い合わせるものの、その薬は無い。知らないの一点張りで、聞こうにもうやむやにされて終わってしまった。

 結局、その薬なのか、単にあまり老けが来ない体質なのか分からないまま、帰宅したのだった。いや、体質とかそんなことはないと思うのだけれど。

 それはさておき、どうも多分永遠の若さを手に入れてしまったようだった。

 しかし他の人に言っても信じてもらえず、買ったギルドですら無いことになってるのだからそのまま内緒にしてさらに10数年過ぎた。


 本当に見た目が変わらないまま40代も過ぎるとさすがに周りからは不気味がられてしまうし、まるでエルフみたいだと言われる始末。

 さすがにこれは困る、と保管していた薬の破片から商人ギルドに連絡をすると、

「あぁ、そりゃあ多分、あいつの仕業だな。だいぶ昔に問題を起こしてばっかりのエルフがいてね。うちのギルドでは扱っていない薬とか使い捨て魔法を売ってはクレームをもらってくるっていう奴がいたんだわ。

 しかも勝手にうちのギルドの名前を使って売ってたから、さすがに問題だという話になってだいぶ前に追放したから今は分からん」

 と、商人ギルドからも見放され、困り果てていたものの、エルフってことにして生活すればいいんじゃ……?

 という思いつきから、名前と街を変えて移り住む。こんなことが出来る自分に感謝をしつつ生活をしていると、何やら戸を叩く音が聞こえた。

「すいませーん! ちょっとこの薬を見てってくださいよ! 腰や首が痛くなるこの時期、しかも寒くてなかなか外に出るのも大変! そこでこの薬を飲むと、不思議なことに体が暖まって筋肉の痛みも引く万能薬!」

 そう言って出てきたのが、忘れもしない。いや、20年くらいは忘れてたかもしれないけれど、この言い回しで思い出した顔だった。

「あらあら、なんか随分お久しぶりじゃない?」

「えっ?」

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